Program9.桜流れる

「初めて会ったとき?」

 由梨ゆりが小さな声で言ったことに、思わず訊き返していた。由梨は慌てたように、「あ、今は全然違うよ?」と訂正してきた。う~ん、その否定のしかたは却って怪しいような……。もしかして私、日頃ちょっと怖いのかな?


「今はもう、佳乃よしのが優しい人だってわかってるし、何だかんだ心配症だったり、可愛いもの好きだったり、うん。あのとき知らなかったいろんなことがわかってきたけど、最初はさ。どっちかっていうと近寄りにくい雰囲気あったっていうか……」

 言い訳がましく目を泳がせながら、由梨が静かな口調で言う。

 それは、何となくわかるような気がした。

 由梨と初めて会ったとき――学年が上がって今のクラスになったとき、私は人付き合いなんてどうでもいい、とかそんなことを思っていたから。


 理由は、思い出したくもない。

 とにかく、あの頃はできるだけ波風立てず、誰にも深入りなんてせず、信用なんてとんでもない。ただクラスの中で中立みたいな立ち位置でいて、何があっても放っておこう――そんなことを思っていた。

 2年生ともなると、他のクラスメイトたちはそれぞれのグループを持っていたし、去年のことを知ってくれている友紀ゆきとか御影みかげさんとかは、私のそういう態度にも、色々思っていたかも知れないけど、あんまりあからさまに何か言ってきたりとかそういうのはなかった。

 たぶん、色々心配はされてたと思うけど。


 できることなら、そういう前から付き合いのある人だけと過ごして、静かに1年を過ごしたい……そう思っていたときだった。


『あっ、あなたもヒメカワさんなの?』

 そう嬉しそうに声をかけてきたのは、私の1つ前の席に座っていた媛川ひめかわ 由梨という、とても元気なクラスメイトだった。

 姫河ひめかわ 佳乃という私の名前に何かシンパシーみたいなものを覚えたみたいで、とても親しげに話しかけてきたのを覚えている。

『そうですね』

 たぶん、4月くらいだとそんな愛想のない返し方をしていたんだと思う。でもきっと、それにもめげずに由梨は話しかけてくれていた。

『わたし、媛川由梨っていいます! よろしくねっ』

『姫河佳乃です。よろしくお願いします』

 これが、きっと私たちの交わした最初の会話。今思い返すと味気ないにもほどがあるし、こんなの私だったらすぐに拒絶を感じ取って距離を置くに違いない。


 どうして、そんな私なんかとここまで仲良くなってくれたのだろう? 不意にそれが不思議に思えてきた。たぶん、そういう顔をしていたのだろう、由梨はすぐに言葉を続けた。

「でもね、けっこう近寄るなオーラ出してたけど、わたしがそういうクール路線?に合わせようとしたらちゃんとそれを止めてくれたんだよ?」

「止めた? 私が?」

「うん。『別にそんな無理されても嬉しくないからそのままでいれば?』って」

 ちょっとだけ頬を赤くして言う由梨の言葉に、私は恥ずかしくなってしまっていた。あぁ、確かにそんなこと言ったかも知れない。でも、それはたぶん由梨が好意的に捉えてくれているような意味じゃなくて、構ってくる由梨と距離を置きたくて出た拒絶の言葉だったんだと思う。そんなことしても無駄だよ――みたいなニュアンスの。

「えっとさ、由梨。たぶんそれ、ほんとに近寄るなオーラの言葉だったと思う」

「あ、そうだったんだ~」

 由梨がちょっとだけ苦笑いを浮かべる。「何かあの頃の佳乃ってちょっと怖かったもんね、確かに」と続けられる。うーん、この数分間で何回怖いって言われたかな、私。


「でもね、そのときにわたし思ったんだ。あぁ、この子ならじゃなくても仲良くしてくれるかも知れない、って」

「……そっか、なんか嬉しいかも」


 一瞬。

 と言った瞬間に、由梨のキラキラした目が痛みを堪えるように細められたのがわかったから、そこで何か気になったって訊けるような感じなんかじゃなくて。

「んっとね、だからそんな佳乃のことが、わたしは大好きです」

 そう言ってくれた笑顔は、路地裏に差し込んでくる陽光よりもずっと明るかった。不覚にも、違う意味のと思ってしまいそうになる。

 もちろんそんなことないのはわかってるから、一瞬浮かんだ妄想は振り切って、私も同じ気持ちを返す。


「私も、由梨のそういう思ったことを素直に言ってくれるところ、いいなって思ってる。私も、そういう由梨のことが、好きだよ」

「あのさ……。何か告白し合ってるみたいになってる」


 ………………。ちょっと今は無理だけど、あとで由梨に言おう。

 そんな顔を赤くされながら言われると、こっちまで恥ずかしくなるって。

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