Program7.ひかり
色々あった修学旅行もとうとう最終日。
班ごとに自由行動だった2,3日目とは違って、4日目はクラス行動。私たちのクラスは世界遺産になっているお城と、その近辺の街を見て回ることになっている。
つい何年か前に白く塗り直されたばかりだというそのお城は、単に世界遺産というだけじゃなくて他にも色々なものに登録されているらしい。それに、前に放送されていたっていう歴史もののドラマの影響もあってか、それから数年くらい経った今でも人気絶頂の観光スポットだ。
そして、どうやら
私はというと、昨夜は何だか眠れなくなってしまって、2時間寝たかどうか……。たぶん今5秒以上目を瞑ったら寝入ってしまいそうなくらいには眠い。
「わ~、すっごいよすっごい! ねぇ
そう言いながら見せてくるスマホの画面を覗いてみると、あぁ、確かにすごい。
画面の中では、城壁に開いた狭間から外を狙うように身構える鉄砲隊の姿が、まるで本当にそこにいるみたいに浮かび上がっている。もちろん、画面の外から狭間のところを見ても、いるのは観光客ばかりだ。
「へぇ~、こういうのもあるんだね……」
「ねっ、凄いでしょ!?」
「うん」
びっくりしながら、私は由梨を見る。
私が驚いたのは、このARだけじゃなくて、由梨自身のこと。
由梨って、こんなにお城とか歴史とか好きだったんだっけ……? こないだ歴史のワークが終わらないって泣きつかれたのをふと思い出したりしながら、「由梨ってお城好きだったっけ?」と尋ねてみた。
「んー、そういうわけじゃないんだろうけど……、あっ、ほら遅れちゃう、行こう!」
自分でもよくわからない、と言いたげに首を
と、由梨が小さく「ふふっ」と楽しそうに笑った。
「ん?」
「何か、いつもと逆だな、って」
「何が」
「いつもだとさ、移動教室とかわたしが遅れそうになって、それで佳乃がわたしを連れてってくれるじゃん? でもこの旅行だと、わたしが佳乃に色々教えてあげてる感じがするな、って」
そんなことを、とても楽しそうに言う由梨は、何だかいつも以上に……。
由梨が「んー?」とまた首を傾げる。
「どしたー、佳乃?」
あぁ、ほらそういうところも。
「ううん、何かさ。由梨っていつも可愛いな、って」
「えっ」
「え?」
「え、あ、ううん? えっと、うん。あ、進んでるよ?」
言いながら、また由梨はずんずん前に進んでいく。何だろう、さっき私を引っ張ってくれた時とはどこか様子が違うような……ん?
私、いま何言った?
思い返すと何かとんでもないことを口走ったような気もして慌てて由梨を追いかけたけど、結局由梨に追いついたのは、場所が相当離れたこともあって、大天守の上の方まで来た頃だった。
「あー、お城の中もうちょっとゆっくり見たかったのに、全然頭に入んなかったー。いろんな隠し部屋みたいのあるっていうからワクワクしてたんだけどー」
格子窓から外の街並みとかを見下ろしている由梨の、ちょっと拗ねたような声が私の羞恥心に刺さる。わ、私だってあんなこと口走るなんて思ってなかったんだよ、ほんとに!?
たぶん、寝不足とか昨日の由梨とのやり取りとか、そういうのが色々……あぁ、もう。
考えがうまくまとまらない。
「えっと、さ。由梨?」
今日は考えてもうまくいかない日なんだ。そう開き直って由梨の顔を覗き込むと、その小さくてあどけなく見える顔は今まで見たことがないくらい赤く色づいていて。
「あの、さ、佳乃。いま、ちょっと、こっち見ないで……」
漫画とかなら湯気でも出てるんじゃないか、なんて思ってしまうような表情で、由梨はまた外に目を向ける。私はというと、何故か内側に目を向けていて。所在がなくて、この最上階で祀られている神社の社をじっと見つめていることにした。
同じく最上階に来ている同級生たちは、みんな思い思いに景色を観たり、私の視線の先にある神社をお参りしたりしていて、私たちの周りには誰もいない。いても、互いが互いにとって空気のような存在。
そんな心地いい孤立感の中で、由梨が口を開いた。
「ねぇ、佳乃?」
「ん?」
「さっきさ、わたしにお城好きなの、って訊いてたじゃん?」
「……、うん」
その後に心が忙し過ぎて、ちょっと忘れてたなんて言えない。
「たぶんね、最近になって好きになって来たっぽいんだよね」
「あ、そうなんだ」
「何か、こういう今残ってるのを見て昔のことを想像できるのって、よくない? ほんとなら全然わかんないことなんだよ? それを手掛かり、っていうと大袈裟かも知れないけど、何かこう、うーん、わかる?」
「それは、何となくわかるけど」
でも、やっぱり由梨がそういうのに興味を持ってるなんて意外かも。そう思っていたら、由梨は私を振り返って言った。
「それって、“知りたい”って気持ちを認めてくれてるような感じしない?」
迷いのない強い瞳。
まだ少し赤い頬。
まっすぐ見つめてくる由梨に、私は小さく頷いて。
「うん、それなら何となくわかるかも」
周りに聞こえないような小さな声で、そう返した。
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