Program4.まだ知らないことばかり
「おーい、
「ん……、あと5分」
「リアルにそんなこと言う子見たのは初めてなんだけど」
修学旅行3日目。
たぶん
その次の瞬間、昨夜のことを思い出して、また気持ちが沈みかけたけど。
結局、
普段はあんなにいつも傍にいるのに、ちょっと知らない部分を突き付けられただけで――まだ今年出会ったばかりなのに――そのことが変に頭の片隅で引っかかって、うまく言葉が出せなかった。
普段なら絶対にしないような遠慮を、せずにはいられなかった。
もしかしたら、由梨にも変に思われたかもしれない。
今日会って、ちゃんと話せるかわからない。
いつもよりずっと一緒にいたはずなのに、距離が遠くなったような気がする。
そんな、旅行にくる前には考えもしなかったような不安に、心が騒ぐ。今日は私が1番楽しみにしていた日程のはずなのに、何だか心が重くて、できればこのままホテルの一室でじっとしていたいくらいの気分だった。
「おーい、今日は佳乃がずっと行きたいって言ってた水族館の日でしょ~? ジンベイザメ見るんでしょ? ほら、この子も会いたがってるよ~、うりうり」
顔を洗って、服を着替えてもぼんやりモードから抜け出せない私を見かねたように、友紀がジンベイザメのぬいぐるみを頬に押し付けてくる。ていうか、いつの間に私のカバンを見た?
そんな困惑も手伝ってどうにか気持ちを立て直せたから、この場合は友紀にお礼を言うべきなのかどうか、ちょっと迷ったけど。
「でも、ほんとに意外な一面だよね~。佳乃ってけっこう可愛いぬいぐるみとか好きだよね、昔から。知っててもけっこう半信半疑だもん。由梨とか
そう言っておかしそうに笑われると、そういう気持ちも薄れてくるんだよなぁ、不思議と。この幼馴染は私のことなんだと思ってんだろう。
「ていうか佳乃、もう朝ごはんの時間」
「あっ」
「まったく、ほんとにこういうところでは世話が焼けるなぁ、佳乃は」
「ちょっと待って、ここオートロックだから先行かないで!」
そうして、私たちの慌ただしい朝は過ぎていった……。
案の定先に起きていた由梨や
それはもちろん、私たちも同じことで。
「じゃあ12時にショーやるからさ、それまでにここ回って……」
「それ見たらお土産買って、その後どこ行く?」
「近くにたこ焼きあるって! 行ってみる?」
「へぇ、行ってみよっか」
私が個人的にとても楽しみにしていた全国的にも有名な水族館と、その周りを回るプランを再確認…………
……しても、トラブルというのは付き物で。
「えっ、圏外?」
「う、うん……。さっきまで電波通ったんだけどなぁ」
珍しく焦った様子の由梨。携帯をいじる手も覚束ないし、目もそのまま遠泳にでも出てしまいそうな泳ぎ方をしている。
たぶん、急な電波トラブルなのかも知れない。周りにも、私たちと同じように首を傾げている人が多い。ただ、今の――水族館の中で友紀と御影さんとはくれてしまった私たちには致命的だった。
『あっ、ねぇねぇ、このヒトデかわいくない?』
『あ、由梨。あんまり止まってるとはぐれるよ? ん、どれ? それ?』
『そうそう!』
『あぁ、何かよく動いてる……?』
『なんか、このぴくぴくしてるのが可愛い』
『う~ん』
私にはそれを楽しそうに見ている由梨の方が……と言いかけてやめておいたのは、何だか色々、私の中で整理がついてなかったからかも知れない。それと、私たちが止まったのに気付かずに友紀と御影さんが先に行っていることに気付かなかったのも。
『あれ、そういえば
由梨が気付いたときには、もう遅かった。
「とりあえず、2人を探さないと!」
「うん、でもどこ行ったんだろう……」
水族館の中にはたくさんの水槽があったり、季節ごとの展示(今は深海魚展ということで剥製だったり映像だったり、連れてきて大丈夫だったらしい種類は水槽でその姿を見せてくれている)が行われていて、人の入りは平日とは思えないくらいある。
そんな中で連絡も取れない中たった2人を探すのはかなり大変……というかほぼ不可能だから、ただ探すのは却下として……。
「どうにかして携帯使えるようにしないと……」
「あっ、じゃあさ電波通じるとこないかな? この中で撮った写真上げてる人とかよくいるし、たぶんどっか行けば通じるよ!」
と言いながら電波を求めて歩き出した由梨を追いかけながら、きっと同じような思い付きからだろう、ふらふらと動いている人たちの中を歩く。いろんな生き物を脇目に通り過ぎながら、ただ由梨の背中だけを追いかけて。
「あっ、通じた」
「おぉー」
早速、とかけた通話はすぐに通じて『ちょっと今どこ!?』と半ば怒ったような安心したような友紀の声が聞こえてきた。どうやら今、2人はちょっと離れた場所にいるらしい。
『今から行くからちょっとそこで待ってて! 見つけたらまたかけるから』
その声で通話は切れて、嵐のようだった耳元が静かになった。
「どう? 連絡とれた?」
「うん、もうちょっとしたら来るって」
「そっか。心配かけちゃったかもね~」
「ね」
そんなところに由梨の声が聞こえたから、つい意識してしまって会話を続けられない。「ねぇねぇ」と尋ねられたのにも気付かないくらい落ち着いてなくて。
「よーしーのー」
「――――――っ!?」
いきなり目の前に由梨の顔が!? 思わず悲鳴に近い声を出してしまった私に「かわいい~」と笑いかけて、由梨は尋ねてきた。
「ねぇ佳乃、何かあった?」
「えっ?」
「昨日寝る前に会ったとき、ちょっと変だった」
「そう?」
「うん」
即答で頷く由梨の瞳は、まるで私の心まで見通すみたいにまっすぐで、私は思わず溜息をつきながら降参した。
「やっぱり由梨にはバレちゃうね」
「伊達に親友やってないからね」
「そっか~」
「あれ、他人事?」
不覚にも、ちょっと照れそうだった。というか照れた。
頬が熱くて、まともに由梨の顔を見返せない。そういうことを臆面もなく言える由梨が、本当に眩しいし羨ましいし、やっぱり大好きだ。
「おんなじだね」
そんな頬にふと当てられた少し冷たい柔らかい指の甲に、その場では「そっか」と返すのが精一杯だった。
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