Program3.とても星が綺麗で
「ありがとね、あの子と仲良くしてくれてて」
宵闇の風に紛れるように突然かけられた言葉。
私はそれに何て返せばいいんだろう? どこか寂しげな声音に戸惑いながら
「えっと、どういたしまして」
突然そんなことを言われてしまったらなんて返せばいいかわからなくて、思わずそんなことを言ってしまって。御影さんからも何か面白いものを見るように「にしし」と笑われてしまった。
夕日が遠くに沈んでいき、海が見える町並みは段々暗い赤色に染まっていく。
隣で笑っている御影さんの顔は、どこか物言いたげに見えて、私は「いきなりどうしたの?」と尋ねていた。
わからない、たぶん私が知りたかっただけかも。
だって、御影さんから
彼女とは1年から同じクラスで、決して友達と言えるほど近くはないけど、他のクラスメイトとよりは付き合いがある――という感じ。背が高くて典型的な「美人」という見た目にどこか冷めた雰囲気が特徴的で、去年の文化祭でやった演劇では満場一致で『王子』役に抜擢されて複雑そうな顔をしていた。
今年も同じクラスになって、だけど由梨と昔からの知り合いだったんだと気付くのにはけっこう時間がかかった。2人とも敢えてそれを言うことがなかったし、それどころかどこか距離を感じる節さえあったから。
どちらかというと、私が共通の知り合いみたいな感じで話しているうちに御影さんの口から昔の由梨を知っているようなところが窺えるようになってきてその関係を知ったというところだ。
由梨からも御影さんからもあまり昔の話は聞かないし、そもそも普段はそこまで2人の間で何かやり取りがあるわけでもない――ただのクラスメイトという感じの雰囲気だけど、それでもやっぱり2人は前からの知り合いなんだなって感じることはある。
たとえば由梨がちょっと盛り上がり過ぎて周りを引かせてしまっているとき。
由梨が何か悩んでいそうで、だけどそれが何なのかわからずにいるとき。
そんなとき、御影さんが見せる顔は由梨のことをよく知っていて、心から思いやっているのがわかるもので。
たぶん、今のクラスで1番付き合いがあるのは私だし、今の由梨にとって「親友」と言ってもよさそうなのは私だと思っている。
今年このクラスで知り合ってから2人でいろんな場所に行ったし、2人でいろんな所に行った。
それでも、私が知っているのは今年の春に出会ってからの由梨だ。
春よりも前の由梨を知っている御影さんからの「ありがとう」には、普段私たちが使っている同じ言葉よりもどこか重さがあるように思えて。
「いきなりどうしたの?」
尋ねずにはいられなかった。
「やぁ、まー、何だろうね。ちょっとそんなこと思ってさ~」
何かをはぐらかしたくて笑ってるんだってことは、見ればすぐにわかる。だけど、それを問い詰められるほど私たちの距離は近くない気がして、その先を聞くのを躊躇ってしまう。
だけど、どうしてだろう。
たぶん今しかない。
普段とは違う時間、違う場所、違う服装……学校で会っている時とは何もかもが違うこの状況で一緒にいる今じゃないと、いつもみたいなばっちり防御されている状態に戻ってしまったら、たぶん聞けなくなる。
そんなことを思って何か聞こうと口を開いたら、「わかってるよ」と言いたげな笑みを返されてしまった。
御影さんを見る私はどんな目をしていたんだろう。
私の目を見た瞬間、「やれやれ」とでも言いたそうに目を細めた後、静かに口を開いた。
「わたしってさ、一応由梨の昔からの知り合いじゃん?」
「うん、知ってる」
「だからたぶん、あの子自身が人前では絶対に言ってほしくないようなことまで何となくわかるんだ。まぁ知ってるわけだしね」
「……そうなんだ」
「だから、前に比べたら全然由梨も落ち着いたなって思うんだ。たぶんだけど、今年、
「大変?」
「そ。いろんなことがあった子なんだよ、一応」
それだけ言った後、別の話題をしようとする御影さん。
「ねぇ、御影さん」
だけど、もうそんな手は通じなかった。
私だってそんなことを言われたら気になるに決まってるのに、どうして黙っていようなんて思うんだろう。
「由梨にあった大変なことって……」
「あー、それはさすがに由梨がいいって言わなきゃ、わたしからじゃ言えないかなぁ。だってたぶん、」
「おーい、2人とも遅いよ~!」
御影さんが何事かを言いかけたとき、私たち2人を見かねたらしい由梨の声が聞こえてきて、「もうわたしと
屈託なく見える笑顔。
『色々大変だった子だから』
『いろんなことがあった子なんだよ』
さっき御影さんから聞いた話が脳裏をよぎる。
由梨に、いったい何があったんだろう。
もちろん、今が楽しい。大事なのは今とこれから、なんて陳腐なドラマとかだとよく言われてるし、実際昔――それもまだ由梨のことを知らなかった頃のことを知ったところでどうすることもできない。
だから由梨も敢えて言わないのかも知れない。そう思っていても。
――親友でも教えてもらえないようなことなんだ。
そんな拗ねた子どもみたいな言葉がふっと浮かんできて。
「わかったわかった~、今行くから」
そう返したとき、私がちゃんと笑えていたかはわからない。
学年全員で集まって、いよいよ宿泊先のホテルに到着する。
ホテルでの部屋割りは、行動班よりも少人数になる。私がいる2班も、2組に分かれることになった。私と友紀、由梨と御影さんという組み合わせでホテルには泊まることになっている。
といっても、あくまで就寝時間に部屋に分かれていればいいわけだから、それまではどこかで集まっていてもいい――というのはきっとみんな思ったのだろう、私が来たホテルのロビーには、4,5人くらいいた。
その中には、由梨の姿もあって。
何てことのない話をしているうちに、みんな少しずつ部屋に戻っていく。
「あれ、もうみんな戻っちゃったんだね」
由梨のそんな言葉で、ロビーにいるのが私たちだけになっていることに気付いた。
「じゃあ、そろそろ戻らないとだね」
少し寂しそうに言う由梨に、私は小さく頷いた。
「じゃ、また明日ね。おやすみ」
そう明るく言って、部屋に戻っていく由梨の背中に「おやすみ」とだけ返して戻った部屋では友紀が待っていて。いつもは自己中なくせにこんなときだけ「お疲れ」なんて言ってくれる彼女の隣で眠る夜は、少し長かった。
修学旅行、残り2日。
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