Program2.夕焼け空の影に
「あー、何かけっこう遅い時間なんだね今」
「
「違うなー、それあたしが遅いんじゃなくてみんなが早すぎたんよ」
自由行動の日とは言っても、1日中そうしていていいわけではなく、夕方の6時にはまた決められた場所に集合しなくてはいけない。
公園で噴水を見終わった後、その近くにあった少しオシャレそうな雰囲気の喫茶店で昼食をとったらそこで愛衣――
喫茶店を出たら、集合まであと1時間ちょっと。もうそこからどこか別の場所を見に行くような雰囲気でもなくなっていて。
そのことをネタに笑い合っている
「わー、すっごいね
由梨はとても楽しそうな顔で、店内にあるものを物色している。確かに普段見かけないようなものがたくさん取り扱われているといっても、今の由梨ほど楽しそうにみられるだろうか。
興味津々なのがありありと窺えるその様子に顔が綻ぶのを感じながら、「んー、どうしよっかな……」と返す。危うく自分自身のお土産を買うという目的を忘れそうになっていた。
といっても、お土産か……。
少しだけテンションが落ち着いたのを自覚しながら、目の前の品物を物色する。雑貨店みたいな場所だから大体はそうなんだけど、正直な話、なくても困らないものがけっこう多い。
必需品じゃないと買いたくないとかそういうことを言うつもりはないけど……なかなか「どうしてもほしい」というものがない。せっかく遠くまで来たから何か買って帰りたいけど、どうしよう。
「う~ん……」
こういうとき、由梨みたいにいろんなのを見て「これにしよっかな~」とか候補をすぐに挙げられるのは羨ましい。まぁ、毎回後で絞り切れなくなってるのは見てて大変そうだけど。
候補が全く挙がらないのも、なかなか大変っていうか……。
可愛いものほしいとかそういうのはあるけど、別にぬいぐるみがほしいとかでもないしなぁ……持って帰るとき嵩張るし。
「あっ! 見て見てこれ!」
――ということを悩んでいたとき、急に袖を引っ張られた。
「え、なにどうしたの?」
「ほら、これ!
キラキラした目で由梨が見つめているのは、いまテレビで人気の『真顔猫様』のキーホルダーだった。
元々は小さい子……たぶん小学校低学年くらいを対象にしたアニメの次回予告に出てくるサブキャラクターだったけど、その愛らしい外見と裏腹にけっこうな毒舌で、そのギャップから人気が出たらしい。というか、たぶん人気モデルがSNSで絶賛したのがきっかけで。
それから真顔猫様語録だとかぬいぐるみだとか、アニメから独立したグッズ展開もされて、今ではそのアニメのことをよく知らない私でも真顔猫様は知ってる、というくらいにメジャーなキャラクターになっている。
ここにあるのは、そのうちのキーホルダーだった。
ご当地色を出す意味合いもあってか、猪に乗ったものだったり、港が近いからかセーラー服を着たものだったり、いわゆるご当地真顔猫様がズラッと並んでいた。
由梨も、そのファンの1人だ。それも、新グッズとかが出たら必ず予約するというくらい。
今も、目をキラキラさせてキーホルダーを見つめている。
そしてそのキラキラした目のまま私の方に向き直って、ぎゅっ、と手を握ってきた。
「ねぇ佳乃、これ一緒に買わない? お揃いにしようよ!」
「えぇ?」
「だって佳乃のカバンって何もついてないじゃん? いつも見てて何か寂しいな、って思ってたんだよね~。だから、ね? きっと可愛くなるから! おそろおそろ!」
キーホルダーか……。しかも意外といい値段するし、と躊躇していると、由梨がどんどん食い下がってきた。
「何かさ、みんな真顔猫様子どもっぽいって言って、付けてくれないんだよ? 友紀とか愛衣もさぁ~……」
うぅ、そうチラチラこっちを見るのやめて……!
何と返したらいいのかよくわからなくて、思わず違う商品に目を向けると、とうとう由梨が「お願いだから一緒に買ってよ~」とストレートに駄々をこねてきた。もちろん、近くにいた一般のお客さんも少し気にしている気配があった。
「わかった、私も由梨のと同じの買うからもう落ち着いて。どれにするの?」
「やった! えっとね……」
パッと顔を輝かせてから、キーホルダーをじっくり選ぶときの由梨の顔を見ると、「たまには普段買わないようなものを買ってみてもいいかな」なんて思えてきてしまうから不思議だ。
意気揚々とレジに並んでいる由梨を見ながら、予想外に高くなった買い物の中に、少し温かい気持ちが湧いてきたように感じた。
きっと、楽しそうな姿が見ていて愛おしいのと、さっき見た拗ねた顔つきが本当に子どもっぽくて少し可愛かったからかもしれない。ああいう風に感情を素直に出せる人っていいな、なんて少しだけ憧れたりとかして、私たちはお土産を買い終わった。
集合まであともう少し。
私たちも集合場所に向かって歩いている最中。
買えたのがよっぽど嬉しかったのか、さっきから前を歩く有紀にずっと猪に乗った真顔猫様のキーホルダーを見せている由梨。その後ろを歩いている私と御影さんは、段々夜の装いになってくる港町の様子を見ている。
私たちが生まれるより前にその装いを大きく変えたというこの町は、まるで洋画のセットに入り込んだみたいな姿をしていて。暗くなってきて、街灯についた暖色の明かりと、もうすぐ沈みそうな夕陽に照らされる町並みは本当に、私たちが普段暮らしているのとは別の世界みたいに感じられた。
そんな中、しばらく無言で隣を歩いていた御影さんがふと私を振り向いて、にっこりと微笑んできた。
「え、何どうしたの、御影さん?」
「ん~? 何かさ、楽しそうじゃない? ……ちょっと妬けるよね」
「あぁ……」
何となく何を指しているのかわかる気がして、前に向き直る。
確かに、前を歩く由梨と有紀はすごく楽しそうで、まるで後ろを歩いている私たち2人のことなんて見えてないみたいな風。まぁ、妬きはしないけど……ちょっと寂しいかな、とかは思う。
「って、いやいや! 何で私を見て由梨が出てくるの!?」
「あれ? 別に由梨のことなんて言ってないけど?」
「えっ」
「『楽しそう』で『ちょっと妬ける』としか言ってないけどなぁ~」
あれ、そういえばそうかも知れない。
何か勝手に自爆したみたいな感じになってない、これ!?
「ふふっ」
何だか気恥ずかしくなってしまった私を見て、御影さんがそれは楽しそうに笑っている。うぅ、何か負けた気分……。
「ふふふっ」
「もう、笑いすぎ……、」
「ありがとね、由梨と仲良くしてくれてて」
強く吹いた宵闇の風の中で、その声は少し寂しげに聞こえた。
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