第17話 狂気の爆発
オスの軍勢はおよそ二百人。対するメスの男衆は五十人ほどしかいない。まともにぶつかりあってメスに勝機などないように思われる。いや、断言する。勝機などない。なぜなら、メスの国民はモナド法を破ることが出来ないからだ。それはつまり、オスの人間を、殺すどころか傷ひとつ付けることすら許されないということだ。
しかし、勝機がないからと言って、それ即ち負けであるというわけではない。男衆は専守のエキスパートだった。女子供を守ることに特化した兵隊。敵の攻撃から身を守ることに特化した兵隊。それが男衆であった。
彼らは一滴の血も流すことなく、女子供を守り抜いてきた生え抜きだという。それは彼らの誇りとなり、存在意義となった。そんな彼らでも、いつまでも国民を守りつづけられる訳ではないとジョイルは語った。いつかは、その誇りを奪われる時が来る。
まずもって、兵力に差がある。メスの国は本質的に人を傷つけることができない。だから、兵力は一向に高まらない。
一方で、オス国には殺意があった。
彼らはむき出しの殺意でもって、メスに襲いかかる。これまでのメスとオスの戦の歴史において、多くの犠牲者を出したメスに打って変わって、オスは一人の犠牲も出さなかった。当然だ。メスの人には殺意がないのだから。
ぼくは王城の門扉の傍で、男衆がぞろぞろと出兵するのを見守っていた。ジョイルがぼくのもとにやってきて、
「戦争が始まる。セージ、リツィとフィユリアのもとへ急げ。女と子供だけでは危険すぎる」
「ああ、そうだな。急いで帰るよ」
ぼくは内心不安に駆られていたが、必死に押し殺した。こういう時には感情を包み隠さなければならない。ジョイルとの約束だ。
「絶対にリツィを守り抜いてくれよ」
「大丈夫さ。何も心配しなくていい」
ぼくは断言した。根拠はない。ただ、守らなければならないという事実だけがそこにあった。それは男衆であるジョイルも、ぼくも同じことだった。守るべきものがあるから守らなければならない。――それだけだ。
そして、ぼくが本当に守らなければならないものは……。
ぼくは国の外れを迂回して、辺境にある本拠地に辿りついた。小屋の扉を開けると、攻撃の構えでラサが待ち構えていた。そして、ぼくに猛烈な蹴りを入れようとする。
「ちょ、ちょっと待って、ラサ! 俺だよ!」
ぼくは慌てて怒鳴る。その蹴りが炸裂したら、多分、ぼくの首は吹き飛んでいたかもしれない。彼女の脚は殺傷性抜群の凶器なのだ。
すんでのところで、動作を制止させたラサは居住まいを正して、申し訳なさそうにはにかんだ。
「ご、ごめん! セージだと思わなかったの」
「い、いや、いいよ。とりあえず、二人とも無事でよかったよ」
ぼくはラサと、リツィに視線を移しながら言った。
「セージがいなくたって、わたし一人いれば、リツィちゃんは絶対安全だよ」
「自信満々だな……」
悠長な物言いに半ば呆れながら言う。
「わたしの実力を舐めてもらってはいけないよ」
そう言って、ふふんと偉そうに胸を反らす。ああ、なんだか気が抜けるな。
「ラサ。それ、馬鹿っぽいよ」
「ば、ばかってわたしのこと!?」
心外だとばかりにぼくに反発の視線を向けてくる。っていうか、こんな馬鹿なやり取りをしていていいのだろうか。外では戦が始まろうとしているのに。これぞ平和ボケだ。
すっかり緊張感が緩んでしまったぼくは、ひとまず麻の座布団に座り込んだ。
「それでこれからどうするんだ?」
「どうしよっか?」
ラサはさらりと言う。いや、どうしよっか、じゃないだろう。
「まあ、俺はここに籠っているのがベストだと思うけど、絶対に安全ってわけじゃないしな」
「じゃあ、いっそのことオスに殴り込みに行っちゃう?」
「何を言っているんだ。そんなの出来るわけないだろう」
「できるよ。わたしなら」
急に真面目な顔つきでそう言う。その自信は一体どこから来ているんだ。
「お願いだから、変なこと言わないでくれ。俺たちはリツィを守らなくちゃいけないんだぞ」
ぼくは責めるように言った。ぼくの言葉に、ラサが急変した。怒りを伴った声で、
「守るだけじゃ、守れないものもあるんだよ!」
ラサの激した声音に、リツィのみならずぼくまでびくついた。
「……どういうことだ?」
「少しは察してよ……。わたしのお母さんのことだよ」
今度はたちまち威勢が萎れたように弱気な口調になる。そういえば、ラサの母はオスにさらわれて、殺されたと聞いた。となると、ラサが彼らを恨んでいても不思議ではない。
「もしかして、ラサ、本気でやつらを殺したいと思ってるのか?」
その言葉にラサがびくっと体をわずかに震わせた。
「わからない……。わたしは自分がどうしたいのかがわからない。あの夜、セージと気持ちをぶつけ合ったよね。あれ以来、自分のことがますますわからなくなっちゃった……」
その声は震えていた。それでも、言葉は止まらないようで、
「わたしは多分、あの夜、感情を手に入れたんだと思う。今まで乾いていた心が急激に潤うのを感じた。でも、今度はその感情がわたしを邪魔するの。いままで、考えたことはすぐに行動に移せたのに、今はそれができない……。感情が濁流みたいにわたしの意志や考えを押し流して行っちゃう」
その話を聞いて、ぼくは冷静にも、やっぱり人間ってままならないなと考えていた。感情という宝物を探し求めて、それをやっと見つけたと思ったら、それがパンドラの箱だった。
「そうか……。でも、そんなに難しく思いつめる必要はないよ。案外、感情に素直になるとうまく行ったりするものさ」
「感情に、素直に?」
「ああ、ラサの素直な気持ちはなんなんだ?」
「わたしの素直な気持ち……。それは……お母さんの敵を討つこと……」
その言葉を聞いてぼくは落胆した。――が、
「じゃなくて、これ以上オスの国のせいで誰も辛い目に遭ってほしくない!」
ラサは力強く言った。
「その為に、わたしはやっぱり戦わなくちゃいけない」
それなら……。
「うん、それがラサの本当の気持ちなら、俺は尊重する」
「ありがとう。じゃあ、皆をたすけてくるね」
安らぎに満ちた笑顔でラサは飛び出していった。ぼくはラサを信じて、待つことにした。そして、ぼく自身もリツィを守り抜かなければならない。
ラサにはラサの、ぼくにはぼくの、男衆には男衆の「守り方」があった。そして、ぼくが何よりも守りたかったのは、ラサだったのだと思い至った。今の彼女の心はとても不安定な状態だ。だから、ぼくが守ってあげないといけない。ラサの心を。
ぼくたちの会話を黙って聞いていたリツィが心配そうに、
「ねえ、おねえちゃん、どこにいっちゃったの?」
「おねえちゃんは、リツィのお父さんを助けに行ったよ」
「だいじょうぶかな?」
「ん? 何が?」
「おねえちゃん、人を殺しそうな目をしていたから」
ぼくの体温が急激に下がるのを感じた。
……いや、大丈夫だ。ラサは絶対に人を殺せない。だって彼女はメス出身なのだから。ジョイルもリツィに変な言葉をふきこむなよな……。ぼくは呑気にそんなことを考えた。
ラサが飛び出して、幾ばくかだったころ。突如として、乱暴に扉が開け放たれた。最初、ぼくはラサが帰ってきたのかと思った。が、小屋に入ってきたのは見たことがない大男だった。その男は、室内を軽く見回して、
「ちっ。男が一人に、ガキが一人かよ。女はいねえのかあ! 女はよお!」
ぼくは反射的に小屋の奥に、リツィと一緒に逃げ込んだ。ぼくの心臓は高速で拍動していた。落ち着け。大丈夫だ。ストロングマンがあれば、こいつを無力化できる。
大男は巨大な棍棒を肩に担いでいた。
「おい、男! そこのガキをよこせ。俺の言うことにしたら、痛めつけたりはしねえ。俺にも良心があるからなあ」
「だ、だれが渡すか! ふっ。俺をなめてると痛い目にあうぞ?」
ぼくはびくつきながらも、脅し文句を突き付ける。
「ああ!? なんだとお。てめえ、ぶっ殺されてえのか!?」
「殺せるもんなら、」
ぼくはストロングマンを構え、流れるような動作で、スマートグラスを起動した。
「殺してみろよ!!」
強烈なレーザー光線が大男の顔面にクリーンヒットした。男は言葉にならない獣のような悲鳴を上げる。――ふん。馬鹿め。
これで大丈夫だと思ったのも束の間。大男は棍棒を無造作に振り回し始めた。そのひと振りひと振りが、小屋の壁や家具にぶつかるたびに、凄まじい破壊音とともに木っ端みじんにしていった。
なんだ、こいつは……。視力を失っているはずなのに、どうして……。
大男はあらゆるものを破壊しながらこちらへ迫りつつあった。ぼくたちは部屋の角に追い詰められて、逃げ場がない。下手に動くと、乱暴に振り回される棍棒を食らいかねない。
リツィがぼくの衣服の袖を引っ張っている。どうすればいい。
ぼくには人ひとりを守り切る力も無かったのだ。ぼくは絶望とともにその場にへたり込んだ。
ラサの声が響く。
「セージ! リツィを守り切りなさい!」
ぼくははっと見上げる。すると、ラサが戸の前に立っていた。ご自慢の戦闘服はかなりぼろぼろで、ところどころ肌が露出している。息を弾ませながら、
「こいつはわたしが何とかする! セージはリツィをかばって!」
ぼくは自らに活を入れる。ストロングマンを地面にたたきつけて、拳で自らの胸を叩く。
「わかった。リツィは俺たちが守る!」
「うん!」
ラサが明るく答える。
大男がラサの声に反応する。
「女か!? そこに女がいるのか?」
「そうよ! お望みの女がここにいるっ!」
その言葉とともに、無作為に振り回される棍棒を華麗によけながら間合いを詰める。そしてラサはある一点で立ち止まり、左足を重心にして体を捻らせてる。そこから間を置かず、その捻りを用いて、右脚を軽く蹴り上げ、勢いを増加させる。フィニッシュとして、勢いそのままに左脚を高く蹴り上げた。その強烈な一撃は大男のあごをぶち抜いていた。
うがあ、といううめき声とともに、男はその場に倒れこんだ。あんなのを食らえば、いかなる大男と言えどもひとたまりもない。ぼくは冷や汗とともに、その流れるような一連の動きを見守った。
「ふう。……馬鹿ね。おとなしくつぶれていればわたしの蹴りを食らわずに済んだのに」
「す、すごいな。あれ、旋風脚っていうんだっけ」
「そうだよ。よく知ってるね」
「いや、ラサに怒られた後、中国武術について少し調べたんだよ」
「そうなんだ。セージもやってみたらどう? 楽しいよ」
「いや、俺には絶対無理だ。体幹が終わってるんだよ」
ぼくは片足立ちすらおぼつかないくらいには体幹が悪い。
「あはは。それなら厳しいかもねー。……無事だった?」
深刻そうな表情でぼくとリツィを気遣う。
「ああ、二人とも平気だ。ありがとう、ラサが居なかったら、どうなってたことか……」
「良かった……。二人を守ることが出来て、良かった」
ラサの瞳からは一すじの涙が零れ落ちていた。
メスの危機はラサによって救われた。小屋を出て三人で、国の中心部に行ってみると、至る所に、巨躯の男がくたばっていた。すべて、ラサが自慢の蹴りで、のしたという。それがラサの底知れない力の証だった。この娘、ひょっとして相当やばいのでは。
「こいつら死んでるのか」
「わからない。生きてるかもしれないし、死んでるかもしれない」
「おい……」
「冗談! 誰も殺してないよ。……でもこいつら、どうしようか」
「そうだな。こいつらって話の通じる人間なのか?」
「うーん、それは厳しいかも」
「本当にこいつら、どうしたらいいんだろうな」
ぼくは途方に暮れてしまった。男衆が気絶する巨漢を国の広場へと集めている。あまりの図体のデカさに一人では運べない程だ。
一先ず安心とみて、リツィをジョイルに託して、ぼくとラサはその作業をただぼんやり眺めていた。ぼくの心はすっかり緩み切っていた。
殺さなければならない命が確かに存在していた。
本当に守りたいものがあるなら、あらゆる犠牲を払ってでも、守り抜くために、殺さなければならない。
人を殺したくない、殺してほしくないというぼくの考えは甘かった。
オスの男たちは、拘束されて広場に集められていた。未だに気絶している者もあれば、恨めし気に見張りをしている男衆に眼を飛ばしている者もある。
現在、レシグ王がこの男たちの処遇を考えているところだそうだ。ぼくとラサは、拘束されている二百人ほどの大男の塊を遠目に窺っていた。
「こいつら全部をラサが倒したのか……。こうやって見てると、ラサの凄さを認めざるをえないな」
「やっとわかってくれた? わたしは凄いのよ。まあ、この程度、大したこと無かったよ」
「はいはい、ラサは凄いですよ。俺なんか、リツィすらまともに守れそうになかったからな」
ぼくは自分の無力さに幻滅していた。そして、それ以上にラサの偉大さを痛感するのだった。ぼくは長いため息をついた。はあああ。
「まあ、ひとまず何とかなってよかったな」
「そうだね……。これで、メスは当分は安全だと思う。もうオスにはまともな戦力も残っていないはずだからね」
「それにして、メスはこんな狂暴な男たちに襲われてたのか……。メスの人たちと全然性質が違うよな」
メスの人々は概して温厚であり、端的に言えば良い人たちばかりのように思える。それに引き換え、あの男たちは存在そのものが「悪」を象徴しているかのような威容だ。
そんなことを考えていたら、ラサが衝撃的なことをさらりと言う。
「彼らはみんなオス国王の子だよ。だから奴らはみんな兄弟ってことになる」
「へ? あいつら全部がか? いやいや、ありえないだろ」
「どうして? 別におかしいことじゃないんじゃない。王には数十人の側室がいるといわれているし」
「いやいやいや。おかしいだろ! ラサもよくそんなあっさり言えるな」
「仕方ないじゃない。ここが私の生まれた世界なんだから。わたしの普通はここにあるんだよ」
そう言われると、ぼくも強く反論できない。忘れていた。この世界は彼女のアイデンティティが宿る世界であったことを。
「ごめん……」
「いいよ」
ラサはなんだか素直になったような気がする。
日が暮れてきたころ。異変が起きた。男たちが騒がしくなり始めた。奇声を上げたり、拘束具を解こうともがいている者もある。
そして、次第に場の空気が変わり始めた。まるで、狂気が男たちから立ち込め、国中を蔓延しているかのようだ。隣を見ると、ラサが苦しそうに呻いている。
「うう。苦しい……。なに……これ……!」
「ど、どうしたんだ、ラサ!?」
ぼくは慌てて声を掛ける。
「わか……らない……。急に頭が痛くなって……、体中が苦しくて……」
ぼくはそこで、周囲の様子を見回した。メス国の中心の広場に男たちが拘束されていて、それを見物するメス国民があちこちに佇んでいた。そして、善良な市民はラサと同様に苦しんでいた。
なにが起こっているのかわからなかった。ぼくだけが平気で、周囲の異変をただ茫然と見渡している。
そして、男たちが一斉に咆哮を上げた。その爆音に心臓が縮み上がる。それから間もなく、男たちの群れは爆発した。彼らは剛腕で自力で枷から脱し、怒声を上げながら、国中へ拡散したのだ。
ぼくは茫然から立ち直り、即座に危険を認識した。そして、意識が覚束ないラサの手を引いて、逃走を図った。
男たちは……、苦しみながらもなんとか逃走する市民を無慈悲にも捕らえ、その剛腕で殴り倒し、集団で群がり、リンチし、……貪り食った。
奇声を上げながら、人を食う人の姿がそこにあった。狂気。この場を支配しているの狂気だった。世界が狂気と化している。
「コロス! クウ! オンナ! ドコジャア!」
「ハハハハハ!!」
「ブッコロス!!」
「ウメエ! ウメエ! ヒトノニクハヤッパウメエ!」
男たちの狂った奇声と善良な市民の悲鳴がないまぜになって、狂騒の極致となり果てている。
ぼくはラサの手を固く固く掴んで、当てもなく逃げ迷った。
そして、ぼくは王城へと走った。あそこなら、男衆の人たちがまだいるはずだ。ジョイルとリツィは無事だろうか。その時、走る背中を男の声が叩く。
「オンナ!! ニゲンナーー!!」
やばい! 目をつけられてしまった。ぼくは全力で疾走する。
王城の門扉は開いており、まだ事態を把握していない男衆が、異変に気付き始めた頃合いだった。ジョイルがリツィと供に前提にいるのを捉えた。ぼくは大声で怒鳴った。
「門を閉めろ!!!」
ぼくの切羽づまった声に男衆を含めジョイルがぼくに注目した。
「殺されるぞ!」
その言葉にジョイルがすかさず反応する。
「おい、門を閉めるぞ!」
長髪のもう一人の傍付きに声を掛ける。二人は急ぎ足で、門へと向かう。しかし、一歩間に合わなかった。三人の巨漢が王城へと侵入した。ぼくは苦し気に悲鳴を上げる。そして、リツィへと視線を移す。ぼくは、また彼女を危険な目に合わせてしまった。罪悪感、無力感がまたしてもぼくを苛んだ。
ぼくは男たちの危険性をわかりやすく伝えるために、こう怒鳴った。
「こいつら人を食うぞ!」
その言葉に、男衆が戦闘態勢へと入る。怖気づかないその姿にぼくは感服する。この男たちの誇りは本物だ。誇りが彼らを突き動かしていた。多分、彼らは誇りという世界を生きている。そして、そんな彼らと対峙するのは、狂気に突き動かされた、暴漢である。
巨漢がラサを狙って、こちらへとひた走る。しかし、それを庇うように、男衆が立ちふさがった。ジョイルも急いで、リツィのもとへ駆け戻っている。
男衆が装備しているのは、心もとない木の棒一本。対する、巨漢は武器こそ持っていないが、その剛腕の威力は凄まじい。人数に差こそあれ、敵は巨大すぎる。
ぼくは庇われる形で、彼らの戦いを見守っていた。頃合いを窺って、ストロングマンで無力化を図ろうとしていたが、ほとんど期待していなかった。さきほど全く役に立たなかった。自らの力は当てにできない。それがとてつもなく悔しい。守りたいものがあるのに、どうしようもない。
男衆は専守防衛に努めた。しかし、その連携が凄まじかった。彼らは一本の木の棒を巧みに扱い、巨漢の攻撃を受け止め、いなし、はじき返し、強烈な攻撃を防いだ。ある時はは二人の「騎士」が木の棒を交差させて、その交点で攻撃を受け止めた。ある時は、交差させたV字のところに男の剛腕を挟み込み、そのまま互いの棒をスライドさせて、受け流した。そして、果てには、彼ら自身のその体を盾にした。それが騎士の最期だった。人を殺すことが出来ない騎士の、誇りを捨てなかった最期であった。一人、また一人と騎士は死んでいく。ぼくは叫んだ。
「こいつらは人じゃない! こいつらを殺してください!」
男衆の一人が答えた。
「それはできない! 俺たちは人を殺すわけにはいかない」
気付いた。彼らにとって、敵も味方も関係ない。ただ、人を殺してはいけないという彼の摂理に従っているだけなのだ。そこに正義心などないのかもしれない。じゃあ、どうするんだ?――ああ、そうか。彼は自分が死ぬことでその摂理から解放されるのだ。
なんて世界だ。ままならなさすぎるだろう! ふざけるな!
巨漢の一人がリツィに目をつけてしまった。こいつらは狂ってる。どうして、女や子供という弱い存在ばかり狙うんだ。お前らの力なら、男でも簡単に殺せるじゃないか。ぼくは混乱で、怒りで、悲しみで巨漢を呪った。それしかできなかった。
「リツィには手を触れさせない!」
ジョイルの雄々しい声が聞こえる。ああ、かっこいいなあ。
「ドケェ!! ブッコロスゾ!」
「絶対にどかん!! リツィだけは奪わせんぞ!!」
「ナラバ、キサマトモドモブッコロス!」
男たちの怒号が響く。その巨漢は、男衆の盾である木の棒を握っていた。そして、それを武器として乱暴に振り回した。ジョイルはその猛攻を自らの腕で庇った。見る見るうちに痣ができる。痛々しくてぞっとしてしまう。
「うああああ! 守るんだ! 俺がリツィを守る! リツィの笑顔が……俺の生きる意味なんだ!!!」
ジョイルの叫び。彼が見つけた答え。ようやく見つけた答えだという風に、確固とした自信に満ちた響きを持っていた。
巨漢に異変があった。連撃の最中、うめき声をあげた。そして、その場に
それはセレーネおばあさんの時と同じような唐突さだった。
――そうか、属性素に殺されたのだ!
巨漢は、自らの持つ何らかの属性素の暴走によって死んだ。それはほかの巨漢も同じであった。突如として、攻撃が止まり、崩れ落ちた。
静寂。そして、安堵。
ジョイルは息絶え絶えで、その場に屈みこんだ。リツィが心配げに父の顔を覗き込む。
「だいじょうぶ? おっとう……」
その声を聞いたジョイルはにっこり笑い、
「ああ、大丈夫だ……」
と答える。
「よかった!」
リツィも相変わらず人を殺してしまうのではないかと思う笑みである。
しかし、ジョイルの容体は急変する。
「ぐあっ」
彼の体は痣と傷だらけだった。その身は、文字通りぼろぼろだった。
二人の笑顔は一瞬だけ咲いた花だった。直後には、枯れていた。
そして、その花弁の一つが落ちるように、また、ジョイルもその場にくずれる。
泣くことを知らない、リツィはただただ茫然と動かない父を見つめていた。ぼくは苦しくて苦しくて、声がでなかった。それはラサも同じだった。唖然として、口をあけながら、ただひたすらにその様子を見るしかなかった。
リツィは……笑った。どうして笑うんだ。ぼくは泣きそうだった。狂ってる!こんな世界狂っている。
しかし、ぼくはリツィの言葉を聞いて息を飲んだ。
「ありがとうね、おっとう。……だいすきだよ!」
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