第6話 ストロングマン

「ではまず湯山君の武器適正を審査してもらいましょうか」


 そう言ってぼくが連れてこられたのは、シンプルなつくりのコンクリートの平屋で、中に入ってみると、驚いたことに多種多様な武器が陳列されていた。Y字状の二本の台座には刀剣類が、眩く鋭い光を宿して鎮座している。どれもこれも逸品なのだろう。

 壁にはライフル系統の銃器が立てかけてある。小型の拳銃などは、セキュリティシールド――未来の技術で作られた防御ガラス。非常に硬いが一見して透明である――に守られている。

 そのほかにも、鉈や斧、薙刀、鎗、弓など、さまざまだ。ぼくはなんとなく思った。攻撃手段というものは時代が変わっても、いつもわかりやすいほどあからさまな形をしているなあ、と。いつの時代も、それは凶器であることを示す必要がある。殺傷性を誇示することで、抑止力になるからだ。だから、武器というものは、過去も未来も、異世界であっても、どれも武器の形をした武器なのだろうな。そこには、本当は人を傷つけたくないという思いが宿っているのだろうか。そんなわけないか。……いや、宿っていて欲しいな。


「やあ、シエル、とそれにラサ、今日も小さいね。こんにちはー」

朗らかな口調で黒い肌のお兄さんが声をかけてきた。坊主頭で無邪気な少年風の顔立ち。白いTシャツに迷彩柄のショートパンツと、服装もまた子供っぽい。しかし、かなりの高身長で不気味なアンバランスを醸し出している。いいなあ、五センチくらい分けてほしい。


「いや、それあなたが大きすぎてそう見えるだけよ!!」

ラサが激怒する。割とマジで。

「こんにちは、ボンさん。こちらは新入りの湯山世司ゆやませいじ君よ。早速だけど、適正審査をお願いできる?」

「ああ、オーケーだよー。セージの身体能力の詳細データはアントニーから上がってるね。……うーん、セージ、君、体つきは結構がっちりしてるのに運動神経が最低なんだね」

にこにこしながらそう言うから若干腹が立つ。

「ええ、まあ。ろくに運動してこなかったので」

「それで、セージには銃の才能があるとも聞いてるよ。ふうん、見かけによらないもんだね……」

ぶつくさと失礼なことを。


「……ところで、セージ。人を殺したいと思ったことはあるか?」

「え!?い、いや、ないです。一回も。……というか、殺したくないです。例えそれが極悪人だとしても」

「へえ?どうして」

「それは……俺が人を殺せるほどの人間じゃないからです」

「ははは。なんだそれは。いや、まあ、それでいいんだよ。武器だって多分そうだよ」


「きっと、人なんか殺したくないんだよ。だから、俺はいつだってお前を殺せるんだって威嚇し続けてる。それが武器の本質だと思うんだ」

――なんだかぼくと似たような、というかほぼ同じ考えだった。

「武器って可哀そうだよね。……まあ、そんなことはいいや。君にぴったりの武器がある。ファザーガンっていうんだけどね、これは人を殺さずに、無力化する光線銃の一種で、その光線を浴びてもなんの後遺症も残らないから安心していいよ」

ボンさんはそう言って、ひとつのセキュリティシールドのロックを解除して、小型の拳銃風のそれをぼくに示す。


「えっと、俺は別になんでもいいです。武器には興味ないので」

ふと、ぼくは思った。この人は、武器という存在を憐れんでいる。なのにどうしてこんな所で仕事を受け持っているのだろうか。

「そうなのー?じゃあ、これにしとくといいよ。それと、照準を合わせるときに便利だから、スマートグラスも」

 そう言って、彼はぼくにその小さい拳銃風のやつを手渡す。ちょっと待って、と言って、店の奥――厳密には店ではないが――から小型モニターを搭載した、メカニックな眼鏡を持ってきた。

「はい。じゃあ、所有者登録を済ませようか」


 ぼくは銃が嫌いだ。ただ人を殺傷する為に生産された、その黒い塊をなぜ、あの種の人たちは嬉しそうに所有しているのか理解できない。外国に行って、射撃を試したという自慢を聞いても全く羨ましくない。逆に、何がそんなに良いんだと思う。

 だけど、この銃は仕事だから仕方ない。ぼくは武術も、ほかの武器の才能もなく、ただ銃だけは素質があった。そして、この銃は人を殺さない。だから、我慢できる。そうだ、名前を付けよう。ぼくはそう閃いた。こいつは武器の本質を裏切った。どうあがいても人を殺せない。だけど、こいつは強い。そうだな、ストロングマン、略してSM……いやだめだ、ださい。ていうか、略さなくていいか。よし、お前はストロングマンだ。今日からよろしく……。


「本当に強い人は、人を攻撃しない。優しさとか熱意とかそういう人間性で屈服させるんだ」

そんな父さんの言葉が脳の片隅でリフレインする。銃をもって、にやついてるあいつらは弱者だ。ぼくの持論だった。綺麗ごとでも、そういう自分の意見を持っていることに満足していたいるから、それでいい。


 その後、手身近に携行品を整えた。

 ラサさんの携行品が保管されているという施設に向かう。名をキャビネットというらしい。

「キャビネットはね、調査員がドレスアップする場所なの」

「ドレスアップ?」

「ええ、私たちの任務において、ファッションが戦闘服よ」

「なにそれ」

ぼくは単純に疑問の言葉を口にする。意味が分かりません。

「え、えっと……。そこは深く突っ込まないで?」

ラサさんの困り顔。なかなか珍しい。まあ、いいか、ファッションは本能だ、ということにしておこう。


 ラサさんが、個室に入ってから、数十分……いや、長すぎるだろ。何をしているんだ?と思ったら、彼女が出てきた。――なんか、結構別人になって驚いた。

 紅のさらさらボブは両サイドを結んでいる。つまりツーサイドアップだ。瑠璃色の髪留めが際立つ。そのドレスのような衣装は、ぱっと見ではボディラインがくっきりしていて、エロティックに見えてしまうのだが、まるでモルフォ蝶のように優しいブルーのフリルと、腹部のブラックの鮮烈なコントラストが何とも美しい。一見デザイン重視だが、とても動きやすそうなスタイルを維持している。ドレスからは、黒のハイソックスを纏った、美しいラインを描く二本のすらりとした脚が屹立している。絶対領域が眩しい。目を向けられず、下へ下へ。と思ったら、そのソックスはブーツと一体化していた。サイハイブーツといったっけ、よく知らないけど。そういえば、いつもより身長が高く見えていたのだが、かなりブーツが稼いでくれている。


――いけない!またじっくり観察してしまった。やばいと思いつつ、視線を上へ上へ。怒気を大いに含んだ目ににらまれる。


「じろじろみないでくれる?」

若干冷気を含んだ声音だ。と思ったら、

「ま、まあ、私の戦闘服があまりにも美しいから仕方がないことね」

と、真顔で言う。これ、戦闘服なんだ、内心つっこむ。これから舞踏会にでも行くのかと思った。でもまあ、本人が戦闘服だと思っているからそれがベストなのだろう。


「それと、最後に重要なものを渡さないとね」

と言ってシエルさんがぼくに手渡したのは、何の変哲もない一枚の紙切れ――未来でも紙は現役なんだな――だった。そこには正に雑多な『単語』が列挙されている。しかも、英語で。ぼくの英語力は大学受験レベルだが、結構危うい。そこで活躍するのがスマートグラスである。

 早速、ぼくはメガネをボンさんに支給してもらったに付け替える。新しい付け替えるときのあの高揚感がふつふつと湧き上がる。シャキーンという擬音を発したくなる衝動を抑える。

「あははは。似合う似合う!」

笑いながらラサさんがそういうのだが、なんだが馬鹿にされているみたい。ここは別に笑いどころではないだろう。なんとも微妙に感情が不安定というか、ずれているところがあるなあ。

 さて、なんと書いてあるかな。おお、すごい!さっきまで訳がわからなかった――わけとやくのダブルミーニングだ――文字列が日本語に変換されていた。ぼくもここに列挙しようと思う。五十音順。


「愛 挨拶 育児 遺伝 命の価値 衣服 移民 医療 因果律 嘘 運 音 

 音楽 会社 海洋資源 会話 科学 家事 学校 家族愛 かね 過労

 感情 感染症 記憶力 気温 機械 季節 休息 教育 共感力 供給 

 兄弟姉妹愛 協調性 漁業 きん金融 筋力 薬 結婚 警察組織 芸術

 契約 検閲 言語 健康 工業 降水量 交通量 幸福度 合理性 高齢者 声 

 国際組織 国家権力 国家組織 国境 言葉 娯楽 昆虫 罪悪感 災害 菜食 

 裁判 酒 殺人 残虐性 視覚 時間の価値 色彩 識字率 自己同一性 自殺 

 自主性 死の恐怖 死亡率 銃規制 宗教 出生率 寿命 需要 商業 消防 

 食料 所得格差 触覚 私欲 人口 信仰心 人種 身体能力 審美眼 税 

 性格 性交 性差 精神力 生物多様性 世論 戦争 選民思想 水質汚染 

 数学 想像力 損得勘定 大気汚染 地下資源 知性 聴覚 賃金 通貨 痛覚 

 通信 貞操 鉄鋼資源 天候変動 統一性 賭博 日照時間 人間性 忍耐力 

 認知力 年金 農業 農林資源 能力主義 犯罪 反社会勢力 美意識 

 肥満度 武器 複雑性 腐敗 雰囲気 文化 文学 紛争 文明 兵器 

 兵役 法 貿易 放送 麻薬 味覚 未婚 水 民族 迷信 目的意識 

 問題意識 友人愛 夢 欲望 隣人愛 倫理 歴史問題 労働価値 論争 

 論理」


「えっと……、これがさっき所長が言ってた、一か百かを選択するパラメーターですか」

 思っていた以上に量が多かった。どういう基準で選ばれているのだろうか。

「そうよ、すべて人類が衰退した原因と推察されるものよ。勿論、これですべてカバーできているとは限らないわね」

「これだけを見ると人間ってままならない生き物ですね」

「まあね。……すでに多くの異世界がこれらをベースにして構築されて、調査員が送り込まれているわ」

 なんだか途方もないことをやっているんだな、と再認識した。これらは単体では問題にならなくても、組み合わさることで別の新たな問題を生み出すかもしれないのではないか。……ああそうか、とぼくは勝手に納得する。

「なるほど、修正案はそのために必要なのか」

 別の原因を一か百にすることで、元の原因から発生する問題を解決できれば、それはそれでオーケーだ。だけど、それで、失敗したとしてもそれはそれで学びになるからオーケーなのだ。また、次の原因を探せばよい。

 しかし、そう簡単に考えられるのは、その異世界を何度でもやり直しがきく、実験台だと割り切れるのであれば、という前提付きだ。

「そういえば、どうしてゼロではなくて一なんですか」

 ぼくは素朴な疑問を口にする。

「ああ、それはね、もともとあるものをなかったことにすることが不可能だからよ。でも、あるものを極限まで小さくすることは比較的容易なの」

「へえ……。そうなんですね」

 納得するほか無さそうだ。

 ぼくらはついに転送装置がある、小さな研究所まで来ていた。――研究所の中に研究所か。大元の研究所が大きすぎるので、小さいと言っても、程度が分からないな。その辺にあるスーパーマーケットくらいの大きさとしておこう。

 石造りの格式ある形式の建築物のように見える。

 シエルさんが、手動の扉に触れた。

 

「さて、ついに出発の時よ。心の準備はオーケー?」

「はい、大丈夫です。というか、やっとかという感じです」

 なんかここまでやけに長かったなと思った。とはいえ、ぼくは運動もろくにしてこなかったただの高校生に過ぎなかったのだ。そう考えると、逆に数か月の訓練は短すぎるくらいだろう。あとは実践で学べということか。

 ここではない世界。例え作られた世界だとしても、おそらくぼくの常識はこれまで通り見事に裏切られるのだろう。期待半分不安半分の心境。こういう時は、なにも考えないに限る。必殺奥義、思考停止発動。さあ、初任務始動だ。


「転送装置の上に立ったら、目をつぶってね。強烈な光で最悪失明するから」

 シエルさんが淡々と、説明する。

「転送先は、モナド。現在は情勢が悪化していて、二国に分裂しているようね。長らく放置されていたから、詳細はわからない。とても危険な状態になっている可能性もあるから厳重に注意して」

「オス国とメス国のうちのどちらかしら?」

 ラサさんが尋ねる。知っているようで知らない単語が二つ。

「大丈夫、メス国よ。人目に付かない林の中に座標を指定したわ」

「ありがとう……。よし!覚悟はできたわ。行きましょう」

 決意に満ちた口調で言った。えっと、もしかして、無茶苦茶危険な国に行こうとしてないか?


「さあ、セージ。しっかり目、つぶっときなさいよ! 失明したら二度とわたしの戦闘服も拝めなくなるからね?」

 ラサが冗談めかしく言う。ぼくは言われずとも固く目を瞑る。それを確認して、シエルさんが、

「では、ラサ、湯山世司両名を複雑性一世界モナドの現メス国領、百二十五、三十四地点に転送する」

 そう高らかに告げた。

 

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