5 魔法少女2

 鏡に映る少女は人形のように美しかった。

 その肌は全く化粧をしていないにも関わらず、白磁はくじうつわよりも透き通っていた。

 金色の瞳の奥には神秘的な模様が浮かんでおり、それをじっと覗き込んでいると徐々に現実感が薄れていくようだ。

 髪の毛はほとんど白に近いピンク色をしており、可愛らしいリボンによって頭の左右でまとめられている。髪束を指でいてみると、きぬよりも滑らかで一切の引っ掛かりがなく、いつまでもそうしていられるほど触り心地が良い。

 遠目からでも注目を集めそうな衣装は、フリルやレースを多用し、白とピンクを基調とした服。いわゆる甘ロリと呼ばれるファッションに近い。袖がないため肩がむき出しになっており、スカートの丈もやや短めだが、ひじ上まである長い手袋とオーバーニーソックスがそれらをカバーしている。胸の真ん中にある大きなリボンには赤い宝石がめ込まれており、ここだけいかにも魔法少女らしさを演出しているようだ。

 顔や体のバランスは完璧に整っているものの、その見た目の年齢はおよそ中学生程度とやや幼かった。これは私の記憶にある魔法少女アニメの対象年齢が低かったためだろう。致し方ない。

 ……ささやかだが、胸の膨らみはしっかりとあった。


 軽く十分以上は鏡を見つめていただろうか。

 ようやく私は、鏡の隣で手持ち無沙汰に立っている空手の魔法使い様の存在を思い出した。


「願いは、叶ったっすか?」


 私の視線に気付いた彼女は、神妙な面持ちでそう問うた。


「……はい。叶いました」


 言葉にし尽くせない万感の思いを込めて、私は答えた。

 それを聞いた空手の魔法使い様はようやく、ホッとしたように笑った。


「何か、気になることや質問はあるっすか? 答えられることなら何でも答えるっすよ」


 聞きたいことはたくさんあったような気がしたけれど、いざそう言われると、なかなか出てこない。

 そしてそんな時に胸に浮かぶ疑問は、本当にどうでもいいことだったりする。


「あの、かなりどうでもいいことなんですけど。私が着ていた制服って、どうなったんでしょうか」

「変身前に着ていた服っすか。それなら今もちゃんと着てるはずっすよ」

「……それはつまり、あの制服が変化してこの衣装になったということですか?」

「いやいや。その服は全て魔力で作られたものっす。元の制服を分解してその服に作り変えたワケじゃないっすよ」

「ちょっと良く分からないんですけど……」

「ふむ。簡単に言うとっすね、元の体や服などには何も変化は起きていなくて、ショウさんは今、自分の魔力で作った新しい体に乗り移っているんすよ」

「乗り移って……?」

「契約の儀式では眠っていた魔力を発現させることの他に、二つのことが行われるっす。一つは、願いに応じた新たな肉体を作ること。もう一つは、自らの魂を取り出すことっす。ここで言う魂とは便宜べんぎ上のもので、自分自身を形成する要素――人格とか記憶とか――をまとめて魔力で固定したもの、それを魂と呼ぶことにしているっす。この魂を新たな肉体に宿らせることで、変身は完了するっす。変身とは字のごとく、宿ということっすね」


 これまでの私なら、きっと意味が分からずに混乱するばかりだっただろう。

 しかし魔法少女となった今の私には、空手の魔法使い様の言っていることが感覚として理解できた。


「つまり、今の私は自作の人形に取り憑いた幽霊みたいなものなんですね」

「イメージとしてはそうっすね。ただし、普通の人形ではないっす。この世界に一つの生命として具現化している特別製っすよ。怪我をすれば血が出るし、首をはねられれば死ぬっす」

「……それじゃあ、私の元の肉体はどこに行ったんですか?」

「元の肉体は、ショウさんの固有領域にあるはずっす」

「固有領域?」

「魔力で作られた亜空間的なものらしいっすね。本人だけが開けられる金庫みたいな……。契約の儀式によって作られた新たな肉体は、まず始めにそこに格納されるっす。で、変身すると元の肉体がバトンタッチでそこに入るというワケっすね」

「なるほど……理屈は分かりました。……どうでもいいですけど、説明がちょっと他人事っぽいのはなぜですかね……?」

「あー……実は自分は固有領域を持っていないので、フワッとした説明になっちゃうんすよ」

「えっ、魔法使い様なのに持ってないんですか」

「自分は、っすよ。魔法使いの中にも固有領域を持っている者はいるっす。有名な所だと【除湿の魔法使い】なんかはめちゃくちゃデカい領域を持ってるっすね。アホみたいに水を貯められるらしいっす。他にも【投擲の魔法使い】とか……彼はどこから持ってきたのか分からないような昔の兵器を大量に格納してるって噂があるくらいっす。ただ、自分みたいに領域を持っていない魔法使いも多いっすから、変身するタイプの眷属たちに説明する時ちょっと面倒だな~っていうのは皆言ってるっすね」

「あ、説明、面倒でしたか」

「おっと失言っす。自分はむしろ説明するの好きっすよ」

「それはなんとなく分かります。……それじゃあもう一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

「魔法の使い方というか……私、どうやって害獣と戦えばいいんですか?」

「おっと、これは奇遇っすね。自分もそれを聞きたかったっす」

「え?」

「ショウさん、武器は出せないっすか? 自分の眷属たちは皆何かしらの武器を持っているはずなんすけど……こう、戦うぞーって気合を入れてもらっていいっすか?」

「た、戦うぞー……?」


 なんとなく手に気合を込めてみたり、意識を集中してみたりしたけれど、全く何も起こらなかった。


「……何も出ませんね」

「うーん……まあ、実戦じゃないとその気にならないタイプかもしれないっすね。どちらにせよ今日は駆除の日っすから、そうとなれば善は急げっす」

「えっ、うわっ」


 ふわりと、体が宙に浮く。

 こうして空手の魔法使い様の魔法で空を飛ぶのは三度目になるが、魔法少女になってみてようやく、これがどういう魔法なのか分かった気がする。

 どうやら足元に見えない力場のようなものが出現し、それが私を乗せて移動しているらしい。

 変身する前はすぐにバランスを崩して体が回転してしまったため、ぐるぐると目が回っているうちに移動が終わっていたが、今はバランスを崩さずに、立ったままの姿勢で空を飛んでいられる。

 この程度の高さなら空の害獣も襲って来ないようだ。


 空から見下ろす街は、まるでおもちゃのように小さく、どこか偽物めいて見えた。

 精巧なジオラマが足の下をどんどんと通り過ぎていく。人間たちが作った最後の砦はこんなにも狭く……儚いものだったのかと思う。

 空の道は貸し切り同然で、あっという間に街の終端まで来てしまった。

 そして私は、人の身では決して越えてはならない壁を、あっさりと越えた。

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