前章

4 空手の魔法使い1

 放課後の帰り道にサイレンが響いた。害獣が街の中に侵入した時の警報だ。

 エコーのかかり過ぎたアナウンスがスピーカーから流れ、害獣が現れた場所を知らせている。

 最初にこのサイレンを聞いた時は驚いたけど、ここ数日は毎日のように鳴っているのでさすがに慣れてしまった。

 慌ててシェルターに駆け込む人も、今ではほとんど見かけない。

 アナウンスが一巡する頃には、害獣はとっくに魔法使い様に倒されてしまっているからだ。


 場所が近かったせいもあるけれど、その日はなんとなく、ほんの少しの好奇心に突き動かされて、私の足は帰り道と反対方向に進んでいった。

 だんだんとざわめきが近付いてくる。黒々とした人だかりが見える。きっとあの中心に、害獣の死骸と魔法使い様がいるのだろうけど……。


 そういえば、私は人の多い場所が苦手だった。

 こんな風に人が集まっていることは予想できたはずなのに、一体何をやっているんだろうか。

 もう帰ろう。そう思いきびすを返す一瞬、誰かと目が合ったような気がした。


 突如として強烈な浮遊感が胃を押し上げる。回転する視界。

 私は空を飛んでいた。


 声を出す暇もなく存外ふんわりと着地した場所は、ビルの屋上だった。

 下の方から、先程の人だかりの喧騒が小さく聞こえてくる。


「手荒な真似をして申し訳ないっす」


 突然聞こえた声に振り返ると、そこには中学生くらいの女の子が立っていた。

 白い道着にジャージのハーフパンツ。短めの髪を後ろで一つに縛っている。

 これでスポーツバッグでも持っていれば道場通いの子供に見えなくもないけれど、ここはビルの屋上なのだ。とんでもなく場違いな感じがする。


「お兄さん、なにか願い事はないっすか?」


 微笑をたたえたまま彼女は言った。


「何でも、とは行かないっすけど、もしかしたらその願い、叶えてあげられるかもしれないっすよ」


 願い。

 それは確かに私の中にある。

 けれどそれらは、この世界では決して叶わないものだと思っていた。


「申し遅れました。自分は空手の魔法使いと呼ばれてるっす。お兄さん、魔法使いの眷属になりませんか?」

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