4 空手の魔法使い2

 眷属とは、魔法使い様から力を分け与えられ、魔法の才を発現させた者のことだと参考書で読んだ覚えがある。

 この街に常駐しているのは【空手の魔法使い】様。主に街の外で害獣の駆除や探索を行っている。

 ――という知識はあったものの、まさかこんな外見をしているとは思わなかった。


 人類を救った英雄、伝説の存在などと言われていても、こうして実際に会ってみると普通の女の子にしか見えない。

 しかし私をこのビルの屋上まで一瞬で移動させたのは紛れもない事実で、それはつまり彼女が百年以上の時を生きている本物の魔法使い様であることの証明だった。


「願いは……例えば人を生き返らせることはできますか?」

「残念ながらそれは無理っす。ついでに言っておくと人を殺す願いもお断りさせて頂いてるっす」


 まあ、そうだろうなと思った。

 魔法使い様は人類を救済する存在だが、元々は同じ人間なのだ。万能ではない。

 それにもし、先輩を生き返らせることができたとしても、私はもうあの世界に戻ることはできないのだ。だからこれは最初から無意味な問いだった。

 それでも、自分の中で一つの区切りがついたような気はした。


「それじゃあ……」


 それならば。私が願うことは一つしかない。


「僕は女の子になりたい」


 ずっと、心の奥底で、それだけを願って生きてきたように思う。

 この十五年の人生、合わない靴を履き続け、脱げないきぐるみを着続けてきた。

 この世界に来てようやく平穏な毎日を手に入れられたけど、それでも私は変われないから、やっと掴んだ大切なものでさえ底の方から音を立ててすり減っていくのを、笑顔で見送るしかない。これから先、ずっと。ずっとだ。そんなのとても耐えられる気がしない。


「その願いは……自分の魔法では叶えられないっす」


 はっきりと魔法使い様は言った。

 絶望は感じなかった。

 神秘なる魔法に期待していなかった訳ではないが、最初からなかば無理だろうという気持ちがあった。

 だからこそ、「それでも」と魔法使い様が続けた時、今度こそ私はわらにもすがる思いというやつを抱いてしまった。


「自分には無理っすけど、あなたの力でなら、叶うかもしれないっす」

「……どういうことですか?」

「我々魔法使いの力なんて微々たるものっす。それはきっかけに過ぎない。自分自身の力をどんな形に創造するかは、あなたたち次第ということっす」

「よく、分からないんですけど」

「魔法の力を発現させた眷属は、己の理想の力とそれに付随する姿を得ることができるっす。あくまでもキャパシティの範囲内、っすけど。つまりあなたの願いが心の底から湧き出たものならば、きっと願い通りの姿を獲得することができるはずっす」

「心の底から願えば、僕は女の子の姿になれる……?」

「たぶん。おそらく。今までそんな例はなかったっすけど、結構見た目が変わる眷属もいるっすから、きっと大丈夫っすよ」


 願いの強さが姿を変えるというなら、私は間違いなく理想の姿になれるはずだ。これ以上に強い願いなど、そうそうあってたまるものか。


「なります。眷属に。ならせて下さい」


 これ以外の答えなどなかった。大丈夫、きっと上手くいく。

 もし失敗したら……その時は、諦めがつくだけだ。

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