7話ーanotherー

 なんで、誰もわかってくれないんだ!

 なんで、俺はこんなに弱いんだ!

 わかってる。

 全部、自分が悪いことくらいわかっている。

 でも、どうしようもないだろう!

 どうしていいかわからないだ!

 全部全部、わからないだ!

 俺は葵と別れた後、一人暮らしをしていた。

 両親に言ったら二つ返事で、学校近くの一件屋をくれた。

 すぐに引っ越してそれからずっと俺は、ここで、一人ベットの中で自問自答して泣いていた。

 何が変わるわけでもない、全くの無駄だとも知っていながら。

 何をしていいのかもわからない。

 本当に情け無い。

 こんな俺が。金持ちの家に転がり込んだだけのクズな俺が。

 あの時なんて声をかけてあげればよかったのか全然わからない。

 人はネガテイブになるとどんどん落ちていくっていうけど、本当だな。

 俺は、何度か死のうと思ったが、勇気が出なかった。

 やりたいことも、やり残したことももうないのに。

 なんで、俺は生にすがりついているんだ。

 俺の心は、卵が落ちて割れしまって、そこから白身と黄身が漏れ出てきて、全てがごっちゃまぜになったかのように酷く荒んでいた。

 寝ても起きてもやっぱり、俺は何も変わらない。変わるどころかどんどん落ちていく。

 心もどんどんすり減っていく。

 まるでオズの魔法使にでてくるブリキの人形みたいだな。

 心がまるで削ぎ落ちたかのようにどんどん沈んでいく。

 それが、数日程だった時には、幻聴が聞こえてきた。


『心がいらないなら、僕がもらおう』っと。


『何も心配は、いらない。君の心は、僕が有効的に使うよ。例えば、心が欲しい誰かにとかね』


 とからかうように言ってきた。

 それは、天使なのか悪魔なのかわからなかった。

 だがそれでもいいやと思えてしまった。



 そしてーーー俺は意識不明の《昏睡状態》で病院に運ばれた。

 原因不明、何か突発的なものだったらしい。




 俺は、夢の中にいた。

 何もない白い世界だった。周りには、何もなく。誰もいない。


『ねぇ、今君はどんな感じ?心を失ってどんな気分?』


 聞かれていることの意味が、全くわからなかった。心を失うってなんだ?


『君は願ったじゃないか。心を捧げるって』


 願ったのか、俺が。


『そうだよ。だから、今、心を失って悲しんで人を探しているんだ。これがなかなか見つからないんだよね。何?後悔しちゃった?』


 後悔しているのか?俺は?


『わからないの?そうか、君には、もう心がなかったね。不自由かい?』


 いや、わからない。でも、もう何も考えなくてもう済みそうだ。


『そうかい。君はそうやって何もかも、失うまで逃げるんだね』


 お前は、何が言いたんだ。心をくれと言ったり。逃げるなと言ったり。


『別に、何かを言いたいわけでもなんでもない。ただ、退屈なんだよ。僕は、君達程何かを考えたりしないし、何か欲したりしない』


 気楽でいいな。


『そうかい?本当にそう思うかい?いいことなのかな?君にとっても?』


 わからない。でもこのまま、ここにいればもう何もしなくていいって思うと楽なのかもな。


『ふーん。君がそれでいいなら、いいけど。ここに長くいると、戻れなくなってしまうよ』


 なぁ、お前は、どこにいるんだ。ずっと姿を現さないけど。


『僕は、どこにもいないよ』


 じゃあ、どうやって俺と話してんだ?


『うーん。難しい質問だね。どうやってか。君は僕のことを見たいか?』


 話をしているからな、そりゃ、気になるな。


『そうかい。でも、残念。本当に僕はどこにも存在できないんだ。君みたいに現世への生への希望を失った相手に、突然声をかけるくらいにしかね』


 そいうもんか。


『そういうもんだよ。でも、君はまだ何かを信じたいんじゃないかな?』


 俺が?


『うん。君が!』


 何を、今更と鼻で笑いたかったがそれができなかった。


『やっぱりね。君の心はとっていないよ。あまりにも、綺麗だったから。他の人に渡せないんだよ』


 心に綺麗も汚いもあるのか?


『あるよ!憎しみ、後悔、悲しみなんかは、すごく濁っている』


 俺とそう変わらないな。


『いいや違うよ。全てを自分のせいだって決めつけ、そして、全て、自分でどうにかしようと、踠き続けているじゃないか?今は、それに躓いてしまっただけだよ?』


 だったら、どうしたらいいんだ?


『簡単だよ。皆んなとちゃんと話し合えばいいんだよ!行き場の失った感情を解き放つんだよ!そうすれば、君の思いは皆んなにちゃんと伝わるよ!』


 それで、全てが解決してくれるとは思わないんだが?


『うーん、難しいね?それはやってみないと分からない事だよ?現に、君はそれをしなかったから、また、ここに来てしまった』


 一つの扉が目の前に現れた。


『アレは、記憶の扉だよ。このまま、あそこの鍵を手放すかい?そして、ずっとここにいるかい?』


 その時、どこからか声が聞こえてきた。


「戻ってきてよ!芽依!」


 彩芽の泣き声が聞こえてきた。


「芽依君、あの時は、ごめん。一方的に帰ってしまってごめん。だから、謝らせて、お願い」


 今度は、葵の声だった。最後にあった時のことを後悔してるような感じだった。

 謝るのは、俺の方なのに。


「芽依くん!もう、嫌だよ!君を二度も失うなんて!お願いだから目を覚ましてよ!」


 最後に、昴の声がした。

 そうか、俺は前にもここに来たことがあったような気がする。


『少しばかり、記憶を思い出してくれたみたいだね?』


 あの事故の時かな?


『そうだよ。ここは、現世と黄泉の境界線上だよ』


 お前は、神様なのか?


『いんや。ただの記憶さ。僕は、昔の君さ。五歳時のね』


 そう言って、戯けた。

 薄らと輪郭が、見える始めた。

 そこには、確かに幼い頃の俺が立っていた。


『君は、今、色々な分岐点の上にいる。このまま死ぬか?また、記憶を空にして戻るか?はたまた、記憶戻して現世に戻るのか?さー、どれにする、僕?』


 確かに俺に見えたが、中身は全くの別物だ。

 もう、二度とこんな所に来ないように気をつけよう。




 それから、数日が経った。

 彩芽、葵、昴の三人は、毎日欠かさず芽依の病室に見舞いに来てくれた。

 この日も、彼女達は病室の前で何事かを言い争っていた。いつもの口論だ。


「ちょっとは、静かにしてくれよ」

「なんか、芽依の声を聞くと、こそ痒いね」


 彩芽はそんなことをのたまった。

 それに釣られて、他の二人も微笑んだ。


「確かにね?下半身が疼くような気がするよ!」


 昴は、前にも増してトップギアのようだな。


「隣の変態は兎も角、芽衣くんにまた会えてよかった」


 葵は、少し憂いを感じていた。

 彼女と昏睡前に会ったのは、あのデートが最後だった。

 彩芽と昴と違って、葵は人一倍後悔したのだろう。

 俺が、目を覚ました時、ひたすら謝りながら泣いていたのだ。

 自身の感情が、あまり面に出難い性格なのを気にして、デートを台無しにした思い、その負い目であの時は逃げ出してしまったのだと。

 俺も、考え事して上の空だった事を謝罪したのだが、何故かそのあと、何度もお互いに謝罪しあったのだ。


「それにしても、芽衣君は自分を追い詰め過ぎ。もう少し、未来の妻である私を頼って然るべき」


 まだ、本調子では無いが、少しは軽口を叩いてくれようになった。

 だが、そんな葵にめくじらを立てる者が二名いた。


「どうして、あんたが芽衣の妻になんのよ!」

「そうだよ!芽衣くんは、僕の夫になるんだから!」

「アンタも、どさくさに紛れて何を言ってるのよ!」


 そんな感じで、最近はいつも騒がしい。



 俺が、意識不明の昏睡状態で発見されたのは、葵とのデート後、一人暮らしを始めた一週間後のことだった。

 連絡のつかない俺を心配した三人が、一ノ瀬家へと連絡し、一週間前から一人暮らしを始めていた事を聞き、住所を教えてもらってすぐ駆けつけると、そこでは俺が床に倒れていたのだとか。

 急いで救急車を呼び、一ノ瀬夫妻も病院に駆けつけた。

 三人と両親が見守ること二週間で、俺は目が覚めたらしい。

 そして、目が覚めた、一週間後の今日が退院日なのだ。

 朝は検査があり、それが終わったら昼頃には退院していいとのことだった。

 一ノ瀬夫妻は、退院日に必ず迎えに来ると言っていたが、俺の育ての親である田中 明宏に諫められ、大人しく会社へと向かったのだ。

 だから、ここには三人と俺だけだ。

 倒れてる間と入院してる間に、もう五月になっていた。

 これからは、1日だって無駄にしないように生きよう。


「三人とも、いきなりいなくなってゴメン。これからは、何かあったら必ず相談する。だから、もう一度友達になってくれるか?」


「友達になるのは嫌かな?」

「恋人を希望する」

「僕は、夫婦がいいかな?」


 こんな三人との、楽しい毎日がまた始まる。

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こんな青春は間違っている 日ノ本 ナカ @kusaka43

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