第11話 想いに受難ありて

 ◇49


「そこで大人しくしていろ!」


 イリアやユヌが捕まる最中、王子は自分を王子だと主張したが聞き入れられず4人揃って牢に入れられた。


「王子、お怪我は大丈夫ですか」


 頬に擦り傷を負った王子は力なく微笑む。


「全く、逃げろと言っても聞かないなど王たる器じゃありませんぞ」

「マルボウ! 王子の勇敢さがわからんのか!?」


 涙目で睨むリュナにマルボウも謝罪を口にした。


「でもこれじゃどうしようもない。そもそも何で私たち捕まったのよ」

「俺の考えじゃ、恐らくこの惨状につけて犯人をでっち上げるつもりなんじゃ無いのかあ?」


 マルボウが退屈そうに王子の頭で寝転がる。


「なんじゃそれは!? リュナたちが大都を襲ったと言うのか!?」

 

「もしの話ですぞ、リュナ様」


 ぴしっと立ち上がって顔を赤くするリュナに敬礼しているマルボウはすっと力を抜いた。


「リュナ様? 記憶を取り戻しませんか、さすればこのようなところ造作もなく抜けられるでしょう」


「待って、言いにくいんだけど……リュナが本当に殺人の犯人だったとして私たちに危害が及ぶ可能性はないの?」


 困惑した様子のイリアとリュナは自然と王子を見た。

 王子は変わらない表情で穏やかに告げる。


「リュナの好きにするといいよ。それよりも僕たちを捕らえた兵はサクファスの軍だったよね。それなら王もいるっていうことだと思うんだ」


「王子、意外とタフですな」

「流石ですっ、王子」


 ◇50


 それから昼夜問わず、捉えられた王子は見張りの兵に王への謁見を求めた。

 手紙を書きたいと言うとその達筆な文字に対応が変わり、王子だけが解放を許される。


「王がお前に会いたいと仰った」


 リュナとイリア、マルボウは喜んだが王子だけは神妙だった。


「もちろん、ルム様だけだ」


 王子は兵に連れられ地下を抜けると小さな城砦に通され、その奥にいる厳つい初老の男に出会う。


「おお、紛う事なきフォンテーナの子だ」

「お久しぶりです、ミデウス様」


 煤けてしまってはいるものの、王子は礼儀に乗っ取り挨拶する。

 ミデウスの中でより確信が強まったのか、王子に謝辞を述べた。


「お主がフォンテーナの仇を取ると言ったのはあの草臥れ王の戯れ言かと思うとったが、よもや本当だったとはの」


 王子は何か違和感を感じたように眉間を寄せながらなるべく声を大きくする。


「はい、一時の感情でつまらぬことをしたと……今は後悔しております」

「父は息災か?」

「はい、ですが母上の交渉がなくなった今、僕は無事に帰れたとしても隣国に婿入りすることになるかもしれません」


 指を見た王子はその指が初老の指ではないことに気がついた。

 そもそも漂う臭いが老人のそれではない。

 何か花のようなきつい臭いであった。


「なればこそ、お主が例え復讐を果たせずと死んだとて本望というわけか」

「あの、そのことなのですが――」

「分かっておる、お主と共に旅をしておる者だろう」


 王子は訝しむしかなかった。この場には初老の男と王子しかいない。

 ふと壁に目をやると剣や槍が掛け軸にあった。


「どうしてそこまでご存知なのですか……?」


「この惨状を体験し、何も知ろうとしない方がおかしいとは思わぬのか? 王はそこまで愚昧ではないぞ」


 ミデウスの打ち手に合わせて兵が外から現れる。


「牢に居る者の処刑を執り行え」

「お待ち下さい……なぜですか」


 兵は王に会釈し去って行く。


「フォンテーナを殺した本人がおるからに決まっておろうに。全員殺すことを言っておるのか?」

「いや、あなたはミデウス様じゃない」


「これは異な事を。しかし誰がそのようなことを信じるか? 儂を偽物だというのならば、証拠はあるのか? 疑わしきルム王子よ、国にお主の所在を聞いても良いのだぞ」


 ごくりと王子の喉が鳴った。


「大罪人の処刑が執行されるまで、余興といきましょう。王子、そちらが勝てば王子の望むものを、私が勝てばあなたの命を頂きます」


 ◇51



 城砦を案内される王子はミデウスの格好をした男と階段を上る。


 無言のままテーブルに着かされた王子は盤上に並ぶ駒を見た。

「王子の望みは」

「3人の命を助けて下さい」

「いいでしょう王子、ついでに申しますとあなたがここへ来たのはまったくの偶然ではない。私が刻印に命じたことはただ1つ、この世界に平和をもたらす者をこの目で確かめるということ。そしてその為にこの姿……ミデウス・サクファスを得たのです」


 一手目を指す褐色の手に黒い刻印が幾何学模様として映えていた。

 

「まあ、黒の勇者を欺くことは叶いませんでしたが……一手目はゴブリン、G-3」


 盤上の黒い駒が1つ進む。

 邪悪な笑みを浮かべる駒は王子の側にいるポーンを狙っていた。

 王子に拒否する選択肢はない。


「E-5、ポーンです……」


「刻印とは、呪いであり、恩寵でもある。人の願いは常に人の行動を束縛し、幸にも不幸せにもする。トロールF-3」


 対局が進むと同時に縄を掛けられた3人が城砦の外に出される。

 処刑台を前に並ばされた3人は王子を見上げた。


 ◇52


 盤上の駒は白が圧倒的に少なかった。

 王子の敗北は近い。


「リュナ……」


「|敗北(リザイン)宣言をなさらないのですか? 今すぐにでもあなたの命を貰い受ける準備はできておりますが――」


 空が暗くなる。

 晴天の陽が闇に閉ざされ海の底にいるような錯覚にミデウスは立ち上がった。


「なんだこれは……?」


 ミデウスが城砦の騒ぎに下を見た瞬間、そこに走る影があった。


 その少女は数多の兵を退けながら駆けている。


「なぜたった1人の小娘を止められんのだっ! 相手はただの魔力の無い小娘だぞ!」


 しかし、ミデウスがよくよく目を凝らせば少女の魔力はゼロではなかった。


「王子! 聞こえますか! リュナをもっと想って下さい! 魔力が流れるように、もっと――!」


 城砦の屋上に叫ぶリュナの声。


 兵たちは少女の影を止めようと甲冑と体格に物言わせる如く突進する。


 首を締め上げられれば両脇を蹴り胴を破壊し、肩を掴まれれば振り向きざまに敵の顎を突き首を折る。


 リュナの戦闘技術は対人にして最強を思わせるほどに卓越していた。


「まだ、もっと……」


 リュナの腕を掴むと同時に捻り上げられ、地に伏した兵士は兜ごと膝で潰される。

 城砦前まで来ると素手では敵わないと知った男たちが槍と剣を持ち出し立ち塞がった。


 リュナの脚が止まった。


「王子……」


 目を瞑り胸の前で手を握ると体内を巡る魔力がリュナには感じられた。


「リュナ……」


 天の黒を払うようにリュナは王子の元に駆けた。


 ◇53


 ミデウスとリュナが対峙していた。

 嘲笑を浮かべるようにミデウスがリュナを見下ろす。


「お前は昔から心に問題があった。暗殺者としては出来損ないではあったが、人心を集めるのがうまく孤立することがなかった。暗殺には不要な才能に恵まれ、そして最後の1人となり、フォンテーナを殺す命を受けた……」


 リュナの額の模様が風に吹かれて露わになる。

 その佇まいに迷いはない。


「今は、王子の友達です」


「友達……? はははは! 何が友達だ! 殺人鬼として産み落とされたお前が全ての魔力を擲ってようやく手に入れるほど凄惨な記憶を持つお前が友達を持つなど片腹痛い」


「あなたはリュナの知り合いなのでしょうね……しかし、王子に仇なすなら――」


 突如としてミデウスの胸に黒剣が生えた。


「ぐふっ!?」


 ぽつりとミデウスの頬に雨が滴る。


「カンナ!?」


 倒れたミデウスの背中から現れたのはカンナの姿だった。

 血糊を振り払って刃をリュナに突きつけるカンナは感情のない瞳を向ける。


「王子に仇なすのはあんたよ、リュナ」


 雨脚は互いの髪を濡らしだし、黒の勇者とリュナは王子を間に立ったまま雨に打たれ始めた。

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