第8話 白き勇者は仲間となりて
◇37
「では、北の山賊は消滅したのですね?」
「そう」
「ありがとうございます、こちらが報酬になります」
ギルドの中ではちょっとした歓声が沸き上がる。
「なんだよ、北の山賊ってこの辺で一番強え集団だろ? 1人でやったってのか?」
「馬鹿、白の勇者だぞ!? 俺たちとは自力が違いすぎんだよ」
流し目で見られた男たちは白い少女の凍てつくような視線にすっかり身を凍らせて押し黙る。
少女が振り返った先に立っていた王子は少女とは対照的ではたから見ると白と黒のように映った。
「やあ、少し話がしたいのだけれど、いいですか」
「私は忙しい。簡潔にお願い」
「僕はここの町長に会いたいんだ。君が白の勇者なら僕との仲介をしてくれないかと思って」
そこで少女背中に受付嬢の声が掛かる。
「そこの坊やは自分のことが王子だとか言うのよ。笑っちゃうでしょ、気にしないでお仕事戻っていいわよ」
首だけ後ろに意識をやってから少女は王子に向き直る。
「王子……本当?」
「え、そうだよ。イヴガルムの王子だ、誰も信じてはくれないけれど」
たっぷり10秒ほどの見つめ合いが続いた。
その最後に少女は眉間にさっと皺を寄せて何かを見抜いたような弛緩があった。
「……いい」
「「「えっ?」」」
遠巻きに成り行きを見守っていたギルドの全員が一切声を上げなくなる。
「本当かい?」
「いい、私は嘘つかない」
受付嬢の元に戻ると少女を見下ろしてあからさまに怯えた色を浮かべた。
「何を考えてるのかわからないけど、あなたの信用問題になるわよ?」
「この人が王子じゃなかったらどんな罪も受ける。この人は王子。だから町長を呼んだ方がいい」
◇38
遠巻きに見ていた中年の男は吹き出した。
2人には聞こえないような声で呟く。
「ぶっ飛んだ奴だ、白の勇者と呼ばれるだけはあるな」
そのまま男は目を背けてギルドを後にしたが、連れとして後を行く男は不満感を露わにした。
「あの女、頭でもおかしいんですかね?」
「馬鹿野郎、あの女は信念を貫いただけだ。しかも女は間違っていない。半端な野郎にはできねえ、自分の信じるべき正しいものを見極める目を持つとはあの年にして出来ることじゃねえぜ」
「わかんねぇっす」
「てめぇも年を重ねればわかる」
男たちがギルドから離れていくのを背景にギルドから出てきた2人。
「ありがとう、町長に会う約束を取り付けてくれて」
「いい、それじゃ……」
「あ、名前。聞いてもいいかな」
「ユヌ……」
「ありがとう、ユヌ」
最後に「ん」と一言残して少女ユヌは王子の元から去って行った。
「王子ぃ!」
マルボウが王子の胸元に飛び込むとリュナの姿が道角から飛び出してきた。
「あ、王子! 申し訳ありません、躾をしていたらお待たせしてしまいました」
「もういいよ」
「え」
一瞬リュナの顔に陰が差す。
「町長さんが会ってくれることになったんだ」
「おお、王子、どんな魔法を使ったんだ?」
「本当ですか?」
「ああ」
この後にリュナがユヌの話で落ち込んだのは言うまでもない。
◇39
「まさか、リュナ様以外にも自称王子を受け入れる娘がいるとはなあ」
「マルボウっ、失礼であるぞ!」
「申し訳ありませんっリュナ様!」
王子は小さく笑った。
「情けない話だけど、僕はまだ国にいることになっているんだ。重い病気に掛かっていることにするとこの間知らせが届いたよ」
心配そうな視線を向けられる王子。
「大丈夫だよ、復讐が終われば僕は王子としてまた戻れるんだから」
マルボウもリュナも掛ける言葉を見つけられないでいた。
「王子の復讐はそう簡単なものではないぞ? わかっているのか?」
「大丈夫だよ、僕だって戦うからね」
「え!?」
リュナが驚愕したように口を開いている。
「どうした、そんなに王子が戦うことが意外か?」
「意外も何も、王子は魔法が使えないんですよね?」
「はっ――」
突然マルボウが王子の頭を両手で付く。
「そんなことより王子! ここに来たことをバラしても本国に確認を取られたら本国は王子の不在を認めない! 王族偽証の罪を受けることになるぞ!?」
そこでギルドの受付嬢から声が掛かった。
「町長がお待ちです」
◇40
通された部屋は外とは違う個室の広々とした応接間だった。
ところどころに意匠を凝らしたアイテムが置いてある。
柔らかい椅子は横に3人ほど座るのに十分な広さがあった。
「白の勇者が君に会えと言うから会っているが、一体何の要件かね」
「僕の母はサクファスの国王サムガルド=サクファスの第一姫でした。母が暗殺された今、国王へ謁見し事実を究明したいのですが、お力添え頂けませんか」
目が点になったように町長は丸っこい瞳に垂れ下がった眉のまま王子を見つめた。
ぶくぶくに贅肉をつけた町長は明らかに混乱を来している。
「そ、それが例え事実だったとして私にどうしろと?」
「城への推薦状をしたためて頂きたいのです。僕の署名を見れば叔父は僕のことが分かると思います」
町長は徐に首を振った。
「いや、いや……それはならんだろ……君が王子である証がない以上、仮に間違いだったときに私は共謀罪となる。この話だけでも国家反逆罪に問われておかしくないんだぞ?」
マルボウは短い腕を頬に伸ばして首を振っている。
「それでは、どうすれば――
「帰ってくれ。そんな大それた話はもっと都心に近いところでやってくれ」
2人はすげなく追い返されてギルドを後にする。
中には王子に失笑を向ける者も居る中、宿に戻ろうとする王子を追うリュナ。
「残念だがこれが現実だな王子」
落ち込んだ王子を前にリュナも今はマルボウを責めなかった。
「王子、何か他の方法をリュナが探します。ですから宿で待っていてください」
リュナが駆けていく背中を見つめてからマルボウは王子に視線を下ろした。
「諦めたらどうだ、真相を知ってもあの娘を許せるとは限らない」
「僕は彼女が犯人なんて思ってないよ」
「王子よ、イヴガルムの予言者は間違えないぞ」
◇41
宿でぼんやりとしていた王子は扉をノックする音に気づいた。
「ん? あの娘、随分と根を上げるのが早いな」
「リュナは扉越しに入ってもいいか聞くからノックなんかしないよ」
扉を開いた瞬間、花のような香りが王子の鼻腔をくすぐる。
「あ!」
マルボウが声を上げると同時に王子はその人物を見て目を丸くした。
「ユヌ……どうしたんだい」
白い姿は紛れもなくユヌだった。
「私のせいで目的は達成できなかった。次の街まで案内する」
「君のせいじゃないよ。僕がいい加減だったのがいけなかったんだ。もう諦めようと思う」
王子の表情からは諦観は読み取れないが、穏やかな表情にユヌは固い表情になる。
「大丈夫、あなたの存在が世界にとって大きいのは分かる。白の勇者としてあなたの苦難を支える義務がある」
マルボウがにやりと口を開く。
「言っただろ、王子。妃に迎えるのはどうかって」
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