第7話 旅の不遇は白き邂逅となりて

 ◇32


 サクファスは海を挟んだ島国だった。

 山の中腹に降り立ったイリアは飛行船の故障を嘆いている。

 

 青い森に包まれた中に白煙を上げる飛行船。


「やられたわ、あの野郎……最後にこんな仕掛けを残していくなんて」

「海上で墜落してたら俺たちは死んでいたわけだな」

「うん……奇跡としか言いようがない。海岸線の山の麓まで降りてそこからサクファスに入って。私はここで船に泊まって修理するから」


 リュナがおずおずとイリアに近づいた。

「あの、それは直るだろうか?」

「直るかどうかじゃなくて直すの。あなたも王子が怪我をしたら治るかどうかは関係なく看病するでしょ?」

「うん……」


 船内にあったいくつかの食料を袋に入れて2人は麓へと向かった。

 後ろ髪引かれる思いなのか、何度も振り返る2人。


 途中、いくつかの魔物が現れ2人を襲ったがすべてリュナが退治したことは言うまでもない。


「大丈夫? 怖くはないかい?」

「はい、何だかわかりませんが魔法だけは覚えてるみたいです。今は王子のお役に立てているので怖さなんてありません」

「健気な娘だな」

「……!」


 顔を俯けて両手を組むリュナ。

 マルボウ突然王子の頭上で立ち上がった。

「見ろ! 街だ!」


 ◇33


 サクファスの山麓にあった街はゴールデという金脈の街だった。

 都市と見紛うほどの巨大な街はあっさりと2人を受け入れる。


「この街はすべての民に開かれております。罪人から国王まであらゆる人々に平等の幸福をもたらす街、ゴールデへようこそ」


 

 見たこともない大木を使って作り上げた家々が立ち並んでいる。


「なるほど、ここがゴールデか。俺が知っているゴールデは飢饉に喘いでいる貧困国だと聞いていたんだがな」

「聞いていた? マルボウはどこでその話を知ったのだ?」


「王子の母親だ。聡明で美しく非の打ち所がないお方だった」

「リュナも会ってみたかったな……」


 そっけなくリュナに背を向けた王子。


「今日の宿を取るよ、2人とも」


 王子の声はいつも通り落ち着き澄んだ少年のような声だった。


 ◇34


 宿を取って休んだ後は王子が朝から出かけると言い出した。


「これからどこへ向かうつもりなんだ? 王子」


「この街の町長さんのところだよ。いくら復讐の旅とはいえ、イヴガルムの王子が不法入国となっては決まりが悪いからね」

「さすが王子です。リュナはお付き人ですか?」

「リュナは僕の大事な友だちだよ」


「王子……」


 マルボウがしっぽを王子のうなじに叩きつけた。


「市井の人間が王子と友達だなんてなあ」

「マルボウ……私の魔法を受けてただの人間ともう一度言ってみるか?」

「すいません、リュナ様っ」


 町長は街の中央に住んでおり、町役場でもあるギルドに在住していた。

 立派な大木を切り抜いて作った役場は2階建ての箱形をしている。


 扉を開けると樹木の香りが仄かに香る。


 2人は挨拶に来たのも忘れて一瞬その部屋に立ち入った人たちを見入った。


「勘定してくれぇい!」

「こっからサモナールまでどういけばいいんだ?」

「まだチミネズミのクエストは残ってますか?」


 いくつかあるカウンター越しに話しかける男たちは十数人で列を成している。

 とても挨拶などという雰囲気ではなく、忙しさは推して知るべしであった。


「僕たちも並ぼうか」

「はい王子」


 少々不釣り合いな場所で並ぶ2人は時折大男たちの屈強な体や鉄の装備に押されながらもなんとか先頭までやってこられた。


「ご用件はなんですか?」


 受付嬢は若い娘である。

 ふかふかな毛のついた耳を頭から生やしており、その耳は猫に近い。



「イヴガルムの王子なんですけど、町長さんはいますか?」


 誰がこの言葉を真に受けるだろう。

 そもそもそういった行動を起こすに当たっては本人を証明するための一筆も持たずに謁見をすること自体がおかしい。


 少なくともこの世界、この場所では少年が突然自らを王子と名乗って信じる者はいなかった。


「ボク? ここはギルドだから仕事がない人は来ちゃ行けないのよ」

「おい、ガキ。王様ごっこならどけな」


「「あっはっはっは!」」


 リュナの顔が真っ赤に染まった。


「お前らっ! 王子を愚弄する気か!」


「おうおう、元気なお嬢さん。そこの小僧が王子ってんならそれを証明するものはあるんだろうな?」


 かっと目を見開いてリュナは押し黙る。


「ないんだろ? 俺だって本物の王子が目の前に現れれば頭を地面に付けてやるさ」


 再び沸き起こる嘲笑と笑い。


 ◇35


「あんな態度許せない、許せないぞマルボウ!」

 マルボウを掴み締め上げるリュナ。

「ひえぇ、どうして俺をぁ!?」


 王子は深刻そうな顔で顎に手を当てる。


「これは少しいけないかもしれないね。僕は今、自分が王子であることすら証明できないようだ」


「逆に聞きたいが、リュナ様はどうして王子を信用するのですか? この小僧は見た目だけならその辺の田舎少年でしょうに」


「またこいつは王子に向かってそのようなぁ……っ」

「いえ、いえ、きちん…と…かんが、えて……」

 ぱっと手を離すとマルボウが地面に落ちた。


「言われてみれば……そうなるのか?」

 王子の顔をこっそり覗くように眺めてから静かに言った。

「この人だとすっと受け入れられたのだ……私は――わた――」


 言いかけて急に頭を押さえてかぶりを振る。


「大丈夫か? つらいのなら俺が助けてやるぞ」

 マルボウが急にリュナの肩に飛び移った。

 きりっと横目に睨まれたマルボウは驚いて首をくいっと引き起こす。

「弱ったときだけ上に立とうとするなっ!」


 リュナの右ストレートが飛び出すと同時にマルボウがひょいと飛び降りた。

「威厳を取り戻そうとしているだけでございますうッ!」


 ◇36


 町長に会うための手段を失ってギルドの前でぼんやりしていた王子の前に一人の少女が横切った。


 白銀の髪、真っ白な肌、純白の服。

 薄らと黄緑色の刺繍が施されたその衣装は可憐で清廉な印象を受ける。

 実際少女の表情に色はなく、緑の瞳はただ前方を映しているだけだった。


「お、おい! 白の勇者だっ!」


 ギルドの中が騒然とし始める。

 ツインテールがわずかにS字に揺れるとその背中は王子の前でギルドの中に消えていった。


「王子」


 マルボウが冷たい声を掛ける。


「なんだい、マルボウ」

「あの娘、王子の妃にいかがですか?」


「マルボウ! 貴様、私に喧嘩を売っておるな!?」


 マルボウは王子の頭上ですくみ上がった。


「誤解でございます! リュナ様、あの者をご存知ないのですか?」

「なんだというのだ、言っとくが私は今ものすごく気分が悪いぞ」

「白の勇者、この間お話ししたネオメシアの1人でございますぅ」


 リュナの顔から激怒の色がすうと消えていく。


「じゃあ、あれが勇者なのか」

「はい。腰に帯刀しておりましたし、間違いないでしょうな」

「本当に白いんだな」

「え、そこ?」


 王子が何かを決意したように声を上げた。


「よし、あの人に頼みに行こう」


「王子、ご結婚なさるのですね!」


「マルボウっ!? きっさまぁっ! 覚悟しろ!」


 

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