第5話 空に思うは取引となりて

 ◇24


「王子、見てください! また飛びましたよ!」


 巨大な船底が頭上を埋め、2人に日陰を作りやがて遙か上空へと小さくなっていく。

 空を飛ぶ船が雲の中に消えていくのを眺めてリュナは感嘆を漏らした。


 東の国、そこはかつてイヴガルムの王が不可侵条約を結んだ国でもある。


 魔法使いの質がイヴガルムとは異なり、主に物を浮かすことを得意とする魔法使いが多い国と云われていた。


「リュナ様は船がお好きなんですなあ」


「好きというか見ていて飽きないだけだ」

「リュナとマルボウは仲が良いね」


 目を見開きぱたぱたと腕と首を振るリュナ。


「ご、誤解ですっ王子」

「そうですぞ、俺様は致し方なくこの娘を様付けで呼んでいるのであ――ふげっ!?」


 叩き飛ばされたマルボウは砂の上でくるくると回った。


「ディーブイ! 王子、ご覧になりましたか、今のを!?」


 王子は麻色の装束の袖から手で林の向こうに見える輝く街を指さした。

「街が見えているよ、2人とも」

「わあ」

 リュナの顔が輝くように笑みを浮かべる。


 ◇25


 街に入るとそこは金銀に彩られた建物が並ぶ美しいところだった。


「王子、魔女たちからの上納金でございます」

 

 突然道の角から現れた黒づくめのフードの女が手提げ袋を王子に手渡した。

「上納金って?」

「では、私はこれで」


 目深く被ったフードの女が道角に消えると同時、目の前に大男が立ち塞がりその姿を追うことは適わない。


「ようこそ、東の国コクートへ!」


「お、王子……」

 威圧感からリュナが王子の袖を掴む。


「お金はありますか? ありますよね? この国で手に入らないものは何もございません。天空を支配する我らコクートの民は世界のあらゆる道具と人、物を取りそろえております。さあ、あちらの道が物、こちらの道が人、向こうの道が摩訶不思議な道具の道になっておりますぞ」


 大男は手のひらを指しだしてくいっと指を折ったりして見せた。

 リュナが怪訝な顔をする。


「ぇ、なんじゃその手の動きは」

「わからんのか小娘。情報量だ」

「はあ?」


 王子は先ほど魔女から貰った袋の中から金色の銭を一枚手渡すと大男は長い腕を頭上からぐるんと胸の前に折り一礼した。


「ありがたき施しを……ここだけの話ですがね、人を買うのはお勧めしませんよ、臭いですからね」

 

 そう言い残し、大男は去って行った。


「今のはなんじゃ! たいしたこともない話で金貨一枚平然と受け取っていったぞ! マルボウ! 今のはなんじゃ!」


 少し痩せたマルボウの体を抱きしめるリュナ。

 その体は例の如く上下に丸っこい脂肪の塊を作る。


「ああっ――、リュナ様お願いですからそこを絞めないで、逝っちゃいます」


 ◇26

 

 宿を取った2人は飛行船の乗り場に早速向かっていた。

 日は傾きだしていたが、飛行船の乗り場は活気だっている。


 木造のデッキに船が固定され、そこに乗り込む人々は大人から子供まで様々である。


 そんな光景が5つも連なっており、その場所はちょっとしたお祭り騒ぎのようだった。


「すごい活気ですね王子」

「これに乗ればサクファスに行けるんだね」


「なんだいあんたら、飛行船に乗りたいならそこで切符を買いな」


 視線の先には目立つようにドーム型の売り場があった。

「王子、リュナが買ってまいります」

「一緒に行こう」

「はい!」


 売り場は四角い窓口になっており、その隣の掲示板には様々な行き先が書いてあった。


「いらっしゃい」


「サクファスまで行きたいです」

 リュナの言葉に売り子は三つ編みの髪をくいっと跳ねさせて首を傾げる。

「今時サクファスに飛ぶような船はないよ。聞いてない? あの国は今、喪中なんだよ」


 王子の拳がきゅっと握られた。

 横目にリュナがその様子を窺う。


「では私が飛行船を飛ばしますので飛行船を貸して下さい」

「っぷ! あっははは!」 


 涙まで浮かべて売り子は笑った。

「あんた面白いね」

 王子たちの後ろに並ぶ男が「早くしろ」と野太い声を上げる。

 

「しゃあない、この街にいるイリアって子を探しな。あの子、自分で飛行船なんて作ってるからね。この街じゃ有名さ、さ、退いた退いた」


 ◇27


「そのイリアっていう子は何処にいるんでしょうか」


 宿に戻った2人は当てのない計画に沈黙する。

「俺の予言を聞かせてやろうか、イリアっていうのは父っ子だ」

「ちちっこ?」

「ちちっこ」

 かあっとリュナの頬が染まる。

「なんと言うことを言わせるのだっ!」

「――へぶしっ」


 マルボウは全く意味がわからないと思いつつベッドに腰掛けた王子を見た。

「王子ぃ……このバイオレンス娘をなんとかしてくれ」

「王子に泣きつくとは、本当にリスなのか?」

  

 王子の口元が緩む。

「ふふっ」

 はたとマルボウとリュナの動きが止まった。

 

「王子……笑った」


「そんなに珍しいことだったかい?」

 王子はきょとんとした表情で尋ねるとリュナはこくっと頷いた。

「王子、この娘はですな王子が笑わないことを何日も前から気に病んでいたのですぞ」


「あ! マルボウ! それを言うとは覚悟が出来ておるのだろうな!?」

「ひぃっ」


 ◇28


 翌日はイリアの捜索が始まった。

「ああ、その子ならこの先にある丘に飛行船があるからその近くの家だよ」


 リュナと王子は顔を見合わせる。

 街の広場で聞き込みは10人に達する前に終わった。


「意外と早くに見つかったね」

「王子のなせる業です」


 丘は街はずれにあり、他にも家はあったが農村といった感じでイリアの家は特に人気がないところにあった。


 緑の生い茂った森を背景に佇むその家にはどこか物寂しい雰囲気がある。


「ごめんください」

 

 扉の叩く音に奥から物音がして現れた姿は細身の少女だった。

 クリーム色の髪は細く纏められ、赤い独特な色をした瞳を持ったその少女は怪訝な顔で王子たちを見る。


「あなたたち誰?」

「私はリュナと申します。こちらはルム=イヴガルム王子です」


 ますます怪訝さを増した少女に王子が声を掛ける。


「君がイリアさん? 実は君の持つ飛空船でサクファスまで連れて行って欲しいんだ」

「王子の物言いは直球過ぎるぞ」


「誰に聞いたの? 私が個人で飛空船飛ばすから行けるとでも思った? イヤよ。サクファスなんて渡航制限の国じゃない。通行手形なんかないでしょ、あなたたち」


 リュナの瞳がきりっと固く決意を帯びた。


「私が運転するので船を貸して下さい」

「もっとイヤ。というか、無理です。飛空船は魔法使いの杖と一緒なの。自分に合わない船で飛ぼうとすればたちまち落っこちる」


 落ち込む2人の顔にイリアはばつの悪そうな顔を浮かべる。


「そんなに急いで行かなきゃいけないの? 来年になればサクファスの喪中も終わると思いますけど」


「急ぎなんだ」


「そうなんだ、じゃ頑張って」


 閉めようとした扉の隙間にリュナの手が入る。

「待って下さい! なんでもしますから王子だけでも連れて行ってください」

「ちょっと! 放してよ!」

「お願いします! どうか……」


 イリアは必死に扉を閉めようとするがリュナの力も負けていない。


「こわいこわい! わかったから! お金払ってくれればこっそり行きますから」

 扉が再び開かれる。

「いくらですか?」


「500万レジュ」


 マルボウが丸い目をさらに丸くして口を開いた。


「横暴だぞ! そんな大金払えるわけがなかろう」

「待てマルボウ」


 リュナが王子の腰に下がった金子袋を手に取る。


「王子、失礼します」


 金子袋の中には金貨で埋め尽くされていたが、500万にはほど遠かった。


「待て娘。なぜ500万もの大金が必要なのだ」

「そんなのあなたたちには関係ありません」

「500万は普通じゃない。その金があれば家が建つ」


 王子は静かに口を開く。

「もしかしたらそのお金で手に入れようとしているものを僕たちが手に入れられるかもしれないよ」


「それですよ、王子流石です」


 リュナが喜ぶ横でイリアはふと小さく笑った。


「殺して欲しい相手がいるの」

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