第4話 決意は混沌となりて

 ◇18


「王子はここ最近元気がありませんね」


 未だ港町で停滞していた王子たちはサクファスへ渡航するための手段を探すため酒場に向かっていた。


「それもそうだろう、手がかりになるはずのサクファスへの入国ができないんだからな」


「ごめんね2人共、僕は王子として失格だ」


「何を仰いますか王子! リュナは王子に救われた魔法使いです! 王子が失格などあり得ませんっ、必ず王子の役に立って見せます! あれ」


 何を言いたいんだろうとリュナは首を傾げている。


「王子は優柔不断だからなあ、だらだらと決断を先延ばしすることにしたんじゃないのか」

「何を言うのだマルボウ! 王子に対して失礼であろう!」


「すいませんっ」

 マルボウは王子の頭の上でベレー帽のように丸くなった。


 ◇19


「ここが酒場ですか」

「港町という割には随分薄汚れた場所だな。どうする? 王子が聞き込みするのか?」


 リュナはばっと前に出る。


「ここはリュナにお任せ下さい」


「わかった、任せるよリュナ」

「ハイ、王子」 


 からんからんと音を立てて酒場の中へ消えるリュナを見送ってからマルボウが静かに喋った。


「王子、いつまであの娘に小汚い格好をさせておくつもりだ? もう殺さないと決めたのなら服くらい買ってやれ」

「そうだね……そうするよマルボ――


「誰を殺さないって?」


 ◇20


 後ろに現れたのは見たことのない黒甲冑に身を包んだ少女だった。

「あんた、今の話酒場の入り口でして良かったの?」

「よくない会話だね……」


「あはは! あんた面白いわね。酒場で適当に喧嘩して帰ろうと思ったけど、面白そうだから――」


 すっと手を差し出す少女。

 腰に差した剣と高そうな装備の数々にただ者ではないと王子は察した。


「あたしカンナ。わけあって1人旅、そっちは?」


「僕はルム……こっちは友達のマルボウだよ」

「へえ、マルボね。喋る使い魔か……結構洒落てるわね。気に入ったから一緒に飲まない? さっきの話の口止め料としてね」


 王子の唇はへの字に曲がりながら開いた。


「王子、これは断れないぞ」


 店内は薄く煙が掛かっていた。

 奥から男の胴間声でらっさいと声が上がる。


「ッチ、誰かと思えばカンナか」


「ご挨拶ね。他人の相談にのるだけよ」

「何でもいいけどよ、店ぶっ壊すのだけはやめてくれよ」


「お金は払ったでしょ」


 円形のテーブルに2人は近づく。


 夕陽に染まる小麦色のような髪を舞わせて腰に差した剣を立てかけ席に着いたカンナ。

 遅れて王子が席に着くとにやりとした笑みを浮かべてカンナが王子を見た。


「お酒、頼もうか?」

「大丈夫、いらないよ」

「へえ、飲まないんだ。あたしと同じくらいなのに」

 

 カンナはお腹から目一杯声を上げる。

 鈴を打ったような音が店内に響いた。


「マスター! ルビー酒1つ!」

「ツケねえぞ」


 周囲から笑い声が漏れる。


「っさいわね、さっさと持ってきなさい」


 同時にリュナが駆け寄ってきた。

「王子! こんなところで何してるんですか? 聞き込みならリュナが――

「王子、貸しだからな」


 マルボウがリュナに飛び移った。

「わ、なんだマルボウ」

「俺様がお前に王子の秘密を教えてやろう」

「なに?」


「ま、まあ良いから少し外に出るのだ」


「でも怪しい奴と王子が――

「あれは知り合いだ。それにリュナ、お前がいると王子は話ができんのだ」

 

「そ、そうなのですか王子……」


 途端に弱気な様子を見せるリュナ。


「そんなことはないよ」

「……ふざけるなよ、マルボウ」

 ぎろりとリュナの瞳がマルボウに向いた。

「王子!?」


 マルボウが逃げ出したのを見てリュナが駆け足で追っていった。


「あはは、あんたあれ計算?」

「何のことだい?」

「はあ、王子っていうのは本当なのかもしれないわね。どこの国? 小国?」


「イヴガルムだよ」


 カンナの顔が歪む。

 はあ? という声が漏れた。


「そんな嘘は何の特にもならないわよ。まあいいわ。それで殺したい奴がいるの?」

「そんなんじゃないよ」

「じゃあさっきの話は何よ」

「僕自身の話だよ」


 テーブルに音を立てて置かれたコップには赤色の水が注がれていた。

 マスターと視線が合うカンナは顎であっちへ行けと合図する。


 手にした酒をぐいっと呷るとカンナはため息交じりに木のコップを鳴らすように置いた。


「あたしさ、こんななりだけどそれなりに腕は立つわけよ。それであんたが思い詰めた表情で殺しを思案してるから相談に乗ろうってわけ。あたしの気遣いわかる?」


 カンナはテーブルに立てかけた剣を中指で叩いた。


 ◇21


「王子がいなくなっているではないか!」

 マルボウとリュナは戻ってきた酒場で2人の姿が消えていることに驚く。


「リュナ様、それはマルボウのせいではありません」

「ええいうるさい! 何が王子の秘密だ。知らぬことを知ったように話しおって!」


 感情が高ぶるとリュナは口調がおかしくなるようだった。


「私は一般的な男子の知識を教えたまでです。王子も人の子、男子たるもの女子の――」

「もう喋るな! 打つぞ!」


 顔を真っ赤にしたリュナはきょろきょろと辺りを見回した。


「黒髪の兄ちゃんなら出てったよ」


「そんな、本当ですか」

「ああ、あのカンナと随分親しげだったな」


 リュナの表情に焦りが生まれた。


「置いて行かれたとしたらマルボウのせいだからな」

「あ、そんなに強く抱きしめないで」


 ぎゅっと抱かれたマルボウの脂肪が上下に寄って達磨のように変形してしまう。


「く、王子を探すぞ」

「はいぃ……」



 ◇22


「黙って出てきて良かったの?」

「大丈夫だよ、マルボウがいるからね」


「あの子、あなたのこととても大事に思ってるみたいよ?」


 王子は黙った。

 カンナは1人納得したようにふうんと喉を鳴らす。


「殺したいっていうのはあの子のことだ」

「違うよ」


「本当に?」

 

 街路をすれ違う大人たちと土煙に紛れて2人の周囲の日差しが陰る。

 潮風が煙を払うとそこには王子の憂いた表情はなかった。


「本当だよ」


「なあんだ」


 2人は洋服店に入る。

「言っとくけど私は選ぶだけよ」

「うん、僕はわからないから任せるよ」

「あの子のこと気に入ってるのね」


 王子は答えない。

 カンナは麻色の生地に青い刺繍が入った服を選ぶ。

「あの子にぴったりだわ」

「ありがとう、選んでくれて」

「その顔をあの子の前でもしてあげなさいよ」


 ◇23


「じゃあ私は行くわ」


 カンナが黒いマントを羽織るとオレンジ色の綺麗な髪は見えなくなった。


「僕が頼んだら君は――「私の2つ名は黒の勇者。白の勇者とは違う。私は全ての者が望む滅びと死を叶える者。あなたの命とあの子の命、決まったら教えてね」


 カンナの姿は街角に消えていった。

 その角を王子はいつまでも見つめていた。

 

「王子!」


 無邪気な声が王子の背中に掛かる。


「探しましたぞ! 王子」

「ごめん、僕のこと探したんだね」

「当然です。あの女はどうなりました?」


 王子はリュナに服を差し出す。

「まさかこれを私に……?」

「うん」


「……ありがとうございます」


 マルボウはその様子を静観している。

 リュナの顔がわずかに朱に染まった。


「そうだ、サクファスに行く方法ですが東の国に貴族が乗れる飛空船があるそうです。王子なら乗れるのではないですか?」


「そうだね、行ってみよう」


 日の沈む方へマルボウたちは歩き出す。

 宿はすぐ近くだった。


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