第6話 神さま
真っ白いサリーに全身を包まれると、なんだか自分が真っ白な清い人間に生まれ変わったような気がした。
「とてもよく似合うわよ」
先輩シスターたちが、真っ白いサリーを着た私を見て、みんな口々に言ってくれた。
「そうですかぁ。そうですかぁ。なんか自分でも似合うなぁなんて。へへへ」
私はなんだかすごくうれしくて、子どものように浮かれてしまった。
「あなたも今日から神の子ね」
先輩シスターの一人がにこやかに言った。
「神の子?」
「そうよ、神の子。神さまに仕える人はみな神の子よ」
「あの・・、こんな事聞くのは失礼かもしれないんですけど・・」
私は恐る恐る先輩シスターに訊いた。
「な~に?」
「神さまって本当にいるんですか?」
「もちろん」
「見えるんですか」
「私には見えるわ」
はっきりと、その先輩シスターは言った。
「見えるんですか!」
私は驚く。
「見えるわ。心の中に、患者たち一人一人に」
「はあ・・」
「あなたにもきっといつか見える日が来るわ」
シスターが嘘を言っているようにはまったく見えなかった。その目は純真に輝いていたし、その表情には一点の曇りもなかった。
「神さまは、どこにでも宿っているし、いつも私たちを見守ってくれているのよ」
また別のシスターが、そのシスターの背後から顔を覗かせ言った。
「う~ん・・」
そうなのかぁ・・。でも、そう言われてもやっぱり、神さまというのは私にはピンとこなかった。でも、まあ、別にいいやと思った。私が神さまの家で見たあのシスターたちの働く姿に見た美しさ。それは、確かだったのだから。
「そんなに深く考えなくてもそのうち分かる時がくるわ」
先輩シスターの一人が最後に明るくそう言った。
救護院での生活は、朝はまず神さまへの御祈りから始まった。食事の前もお祈りをして、寝る前にまたお祈りをした。先輩シスターは、それ以外にも何かあると、その場ですぐに膝を立てお祈りをした。
食事は大きな長机でみんなで食べた。私の席は神父様の隣りだった。神父様はその巨体にもかかわらず毎食、信じられないくらいとても小食だった。なぜその量でその体が形成され、維持されているのかまったくもって不思議だった。
「神さま・・」
これがみんなの言う神の奇跡なのだろうか。
朝は日の出よりも早く起き、夜は当番の人以外は九時就寝。規則正しい生活と、厳格な戒律とルールは徹底されていた。
救護院には早朝から、多くの人が詰めかけた。遠くの街や村から歩いて来る人もたくさんいた。ケガをした人、病気の人、貧しい人、孤児、浮浪者、老人、身体障碍者、精神障碍者、何か事情のある人など、様々な人が、様々な理由でここにやって来た。
朝からやることは山のようにあった。次から次へと人と仕事と問題がやってきて、それを一つ一つこなしてもこなしても、それが一つ一つ終わっても終わっても、終わりがまったく見えなかった。まさに私は、山ほどの問題と仕事と人々の間で、てんてこ舞いに舞い踊っていた。
でも、超弩級に忙しいここでの仕事に、不思議と私はとても充実感を感じていた。それに、やはりここにもどこかインドの時間が流れていて、そんな戦場のような忙しさの中でも、みんなどこかのんびりと穏やかで、いい意味でいい加減だった。私はそんな雰囲気が好きだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
シヴァは今日もいつもの木の下で、本を読んでいた。
「じゃ~ん」
私はシヴァに、真っ白い衣姿を見せびらかすように両手を広げクルクルと回った。
「ここで働くことになったのね」
そんな私を見てシヴァは目を見開き、うれしそうに言った。
「うん」
「うれしいわ。じゃあ、これからいつでも会えるわね」
「うん」
「そのサリーとてもよく似合うわ」
あらためて私のサリー姿を見てシヴァが言った。
「へへへ、そう?」
「うん、とってもよく似合うわよ」
「へへへ、実はみんなにも言われたんだ。へへへ」
私はうれしくて、またサリーの裾を広げてクルクルと回った。
「お仕事大変でしょ」
「うん、まだ始めたばかりだけど、すっごい大変。でも、なんだか充実しているんだ」
「そう、よかった。私も一緒に働けると、もっとうれしいんだけど」
「きっと一緒に働ける日がくるわ」
「うん」
シヴァはうれしそうに私を見た。
「シヴァは神さまを信じる?」
私はシヴァの隣りに座った。
「信じるわ。私はヒンドゥー教徒よ。ヒンドゥー教にはたくさんの神さまがいるの」
「へぇ~、そうなんだ」
「メグは神さまを信じないの」
「う~ん、信じないわけじゃないけど、あんまりピンとこない感じかな」
「日本には神さまはいないの?」
「う~ん、やおよろずだから~・・・、八百万の神さまがいるけど・・」
「日本にもたくさんの神さまがいるのね」
シヴァは微笑んだ。
「う~ん、でも、その神さまとみんなが言っている神さまはなんか違う気がするんだよなぁ~」
「神さまはいるわ。私たちのすぐ近くに」
「みんなもおんなじこと言ってたけど、う~ん、そうはっきり言われても私にはやっぱりピンとこないな」
「感じるのよ」
「感じるかぁ~。もっと難しいなぁ」
「神さまはどこにでもいるわ」
「どこにでもかぁ」
「ヒンドゥー教の神さまは三億三千万いるのよ」
「さ、三億?」
私は驚いてシヴァを見る。
「そう、三億よ」
シヴァは驚く私を見て笑いながら言った。
「八百万が負けると思わなかったなぁ・・」
しかも、桁が二つも違う。
「やっぱインドはすごいわ」
私は首をかしげ、しきりと感心しながら一人うなった。
「ふふふっ」
シヴァはそんな私を見て、面白そうに笑った。
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