第17話 猫と幼女と霊感少女 ④
「045-×××-××××」
「大伴さん?」
「モカちゃんの家の電話番号です」
「あ、ああ……」
なんだよ、大伴は知ってたのかよ。
……ってことは、モカは知り合いかなんかの子なんだな。
それなら早く言えっての。
「私も先ほど掛けてみましたが、不在でした。ですので、まずは警察で用を済ましてはいかがでしょうか?」
「そうなんだ。うーん……。まあ、でも、もう一度掛けてみるね。大伴さんが掛けてから少し時間が経っているだろうからさ」
「……、……」
「ごめん、もう一度教えてくれる? 電話番号……」
大伴は相変わらずぼそぼそとした声で、再度、桜井さんに電話番号を告げた。
そして、無表情のままモカに近寄ると、何も言わずモカに向かってこくりとうなずいて見せた。
……と言うか、大伴って携帯を持ってたんだな?
一度も見たことがなかったから、てっきり俺と同じで持ってないのかと思ってたよ。
「ああ、やはりご不在かな? コールはしてるみたいだけど、出る感じではないね」
「……、……」
「うん、仕方がない。ご両親にはあとで連絡することにして、とりあえず署に向かおうか」
「……、……」
モカはホッとしたような顔で、桜井さんを見つめる。
まったく……。
モカもモカだけど、その親も何を考えてるんだ?
こんな小さい子を放っておいて、外出してるなんてな。
それとも、大伴が預かってるってことで安心してるのかな?
ああ、そっか。
そう言うことか。
何か用があって、預けたってことか。
ははーん。
ってことは、モカが家に連絡をするのを嫌がったのは、チロと接していることがバレるとまずいからだな。
よくあるからな、ペットを嫌がる家庭は。
大方、モカがチロの毛でもいっぱい付けて帰ったので、叱られたってところだろう。
「野良猫なんて触っちゃいけませんっ!」
とかなんとか言われたに違いない。
だけど、大丈夫だぞ。
モカは別に悪いことをしようとしてるんじゃない。
警察に協力しようとしてるんだからな。
ちゃんと話せば、親御さん達も分かってくれるさ。
「どう? モカちゃん。この写真の中に、チロにエアガンを撃った人はいるかい?」
「……、……」
広めの会議室の中に、桜井さんの声が響く。
「分からなかったら分からないって言ってもらって良いんだよ。それに、モカちゃんが覚えていることだけを教えてくれれば良いんだ」
「……、……」
どうした、モカ?
さっき、おっきい金色の髪のお兄ちゃん……、って、ハッキリ言っていたじゃないか。
それとも、金髪だけ覚えていて、顔は覚えてないのか?
でも、この顔写真は五枚あるけど、金髪の奴は一人だけだ。
ほら、右から二番目のそいつだろう?
チロをエアガンで撃った奴は。
近藤がモカの顔を覗き込む。
モカは目が合ったのか、困ったような顔で少し首を傾げた。
「あのね、お姉ちゃん……」
「どうしたの?」
「モカ、ちゃんと見たの。お顔も覚えてるの」
「そう。なら、その人の写真を指差して」
「でも……」
「……、……」
そう言いながら、モカはおずおずと一番左の顔写真を指差す。
おっ、おい、モカっ!
そいつは金髪じゃないぞ?
顔も、ちょっとヤンキーっぽくないしさ。
そこらにいくらでもいそうな普通の高校生っぽいけどなあ?
「この人を見たんだね、モカちゃん?」
「でも……」
「うん? 思ったことを何でも言って。すごく役に立つことかもしれないからね」
「この写真、髪が金色でないの」
「ああ、そうだね。黒いね」
「でも、モカが見た時は、金色だったの。ライオンさんみたいに金色がいっぱい……」
モカはそう言いながら、自身の頭の上に両手をかざし、たてがみでもあったかのようなジェスチャーを繰りす。
そして、机の上のチロに向かって、
「このお兄ちゃんだよね?」
と確認をとる。
お、おい……。
チロに聞いても答えてくれないぞ。
「そう……。では、次の写真も見てもらおうかな?」
「うんっ!」
「この写真の中に、チロにエアガンを撃った人はいるかい?」
「……、……」
「この人?」
「うん……。でも、このお兄ちゃんはいつも鉄砲を持ってないの」
「どういうこと? チロをいじめた時に一緒にいただけかな?」
「ううんっ! このお兄ちゃんは、いつもチロを蹴ろうとするのっ! チロが逃げるから当たらないけど……」
「ああ、そういうことか。エアガンでは撃ってないけど、いじめてるお兄ちゃん達の中の一人ってことだね?」
「うん……。ね、チロっ!」
今度の奴は、正真正銘の金髪だな。
悪そうな顔をしてるよ。
剃り込みの入った眉がいかにもヤンキーだし。
それにしても、モカ。
おまえ、かなり詳しく覚えてるな。
何度もチロがいじめられてたってことなのかもしれないけど、俺、ちょっと感心したよ。
こういう悪そうな奴って、どいつも同じに見えるんだよな、俺は。
だから、もし俺がチロがいじめられている現場にいても、こんなにちゃんと覚えていないかもしれない。
まあ、俺の場合は覚える前に手が出ちまうかもしれないけどな。
「これでモカちゃんが見た人は全部かな?」
「うんっ!」
桜井さんは同じように四回、五枚の写真を見せた。
モカは、その都度、一人を選び、チロをいじめたお兄ちゃん達だとハッキリと言い切っている。
「そっか……。よく思い出してくれたね」
「あ、あの……、桜井さん……?」
「近藤さん、モカちゃんのお陰でかなり捜査が進展しそうなんだよ」
「……、……」
「モカちゃんが教えてくれた四人は、最近、グループで悪さをしている奴等でね。他にも暴行や恐喝をしている可能性が高いんだ。だけど、必ず主犯と思しき者が捜査の網から逃れていて、決定的な証拠に乏しかったんだよ」
「そうなんですか」
「でも、モカちゃんは主犯の奴も見てる。これがそうなんだけど……」
「……、……」
桜井さんはそう言うと、一番最初にモカが示した写真を指でトントンと叩いた。
こ、こいつが主犯?
一番、大人しそうに見えるのになあ。
他の三人は、剃り込みを入れたり鼻にピアスをしたりして、もろにヤンキーって感じだけど。
黒髪なのもこいつだけだし……。
「なかなか尻尾を出さないので、手を焼いていたんだ。おまけに父親が大企業の重役でね。何かと言うと弁護士を立ててくるからしっかりとした証拠なしでは捕まえられない」
「だけど、そんなに悪い奴なら、証拠の一つや二つ残してないんっすかね?」
「本人も都内の有名進学校に通っているので、頭が良い。モカちゃんが見たときには金髪だったみたいだけど、それもカツラだろうね。悪い奴とつるんでるときにはそれを被って世間の目を誤魔化しているんだろう」
「じゃあ、これで捕まえられるっすか?」
「いや……。正直、モカちゃんの証言だけだと弱い。弁護士に突かれたら起訴できないかもしれない」
「……、……」
「だけど、チロのためにも、近いうちに絶対に逮捕してみせるよ。モカちゃんの証言があることによって、署内でマークを厳しくするように言うことは出来るから」
「お願いします。やられっぱなしじゃあ、チロが可哀想だからさ」
俺はこういう小ズルい奴が一番嫌いなんだよ。
悪いことをしても、見つからないように変装してるってのが気に入らない。
桜井さん、宜しく頼んだよ。
絶対に捕まえてくれっ!
「あっ? もうこんな時間になってしまったね」
桜井さんはそう言うと、スマホで時間を確認する。
「私、親に電話をしてきます」
「うん……。近藤さん、帰りは僕が車で送って行くから……、と親御さんに伝えておいて」
「はい」
「あ、ここでしてもらって大丈夫だよ。……って、もう行っちゃったか」
近藤はスマホを片手にさっと会議室から出ていく。
もう8時か。
俺も電話しておかないと母ちゃんが心配するかな?
……と言うか、大伴。
おまえはなんでそんなに平然としてるんだ?
おまえの家だって、心配してるんじゃないのか?
「モカちゃん……。お家にもう一度電話してみるね」
「……、……」
「大丈夫だよ。チロをいじめた犯人はちゃんと捕まえるからね」
「……、……」
おいおい、モカ。
桜井さんはちゃんと捕まえてくれるって言ってるだろう?
なのに、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるんだよ。
おまえが教えてくれたことは凄く役に立つそうだぞ。
まあ、もう少し待たなきゃいけなそうだけど、警察が見張っててくれるならチロだって安心だろうしな。
んっ?
だけど、チロって野良猫だよな?
と言うことは、このまま放たれるとは考えにくいか。
ま、まさか、保健所行きなんてことはないだろうな?
こいつは被害者だぞ。
あ、いや……、被害猫だよ。
それなのに、散々いじめられた上に保健所行きってことは、もし引き取り手がなければ……。
そうかっ!
モカが家の話が出ると悲しそうな顔をするのは、チロが心配だからか。
ハッキリ分かっているわけではないだろうけど、チロが何処かに連れて行かれそうなことに気が付いているに違いない。
「あの……、桜井さん」
「なんだい結城君? あ、君も家に電話するかい? 良かったら僕のスマホを使って」
モカの家は相変わらず留守のようで、桜井さんはすでにスマホを耳から離している。
「あ、いや、そうじゃないんっすよ」
「んっ?」
「チロのことなんっすけど……」
「チロのこと?」
「そっす。これからチロはどうなっちゃうんっすかね? 生きた証拠みたいなものだから、すぐに元通り野良猫の境遇に戻るってことはなさそうだし……」
「うん……。とりあえず署で保護するつもりだよ」
「とりあえず……、っすか?」
「ああ、そうか。結城君は保護したあとのことを心配してるんだね?」
「俺もなんっすけど……。モカがさっきからそれを気にしてるんじゃないかと思ったんっすよ」
「なるほど……」
なあ、モカ。
チロのことが心配だよなあ?
「うーん……。ちょっとまだハッキリしたことは言えないけど、保護したあとに引き取り手を探すことになると思う」
「もし、引き取り手がいなかったら?」
「……、……」
「まさか、殺しちゃうなんてことはないっすよね?」
「い、いやっ! そんなことはないはずだよ。大丈夫、僕も責任を持ってチロの引き取り手を探すしさ」
「……、……」
まあ、そうだよなあ。
桜井さんにだって、なんとも言えないよな。
だけど、殺すようなことはないのか。
さっき、ペットショップで売れなかった猫は処分されちゃうなんて話を聞いたから心配したけど、警察ではそんな酷いことにはならないのか。
でも、モカ……。
心配だよなあ。
警察に保護されちゃうと今までみたいには会えないだろうしさ。
引き取り手が良い人とも限らないんだからさ。
チロは正直、見た目はあんま良くないからな。
体中怪我をしているし……。
アメリカン何とかって品種らしいけど、兄弟は全部処分されてるみたいだしな……。
モカ……。
そんなに悲しそうな顔をするな。
もし、どうしても引き取り手がいなかったら、俺の家で飼ってやる。
母ちゃんが良いって言うかどうかは分からないけど、土下座でもなんでもして絶対に悪いようにはしないからさ。
餌代は、俺の小遣いから出すよ。
キャットフードなんてシャレたものは食べさせられないかもしれないけど、鰹節をかけたご飯くらいなら俺の食事を少なくしてでも確保するからさ。
なあ……。
だから心配するな。
もう、そんな悲しい顔をするのは止めろ。
俺は、悲しそうにチロを見つめるモカに、すぐにでも引き取ってやると言いたかった。
だけど、もし、万が一、それが出来なかったらモカがもっと悲しむことになると思うと、口に出すことがはばかられた。
チロ……。
おまえは大変だな。
精一杯生きているのに、自由なんてこれっぽっちもないんだから。
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