第16話 猫と幼女と霊感少女 ③

 桜井さんは話を聞いてくれると言っていたそうだ。

 近藤が一生懸命説明したお陰で、状況が飲み込めたようだ。

 間違いなく警察の仕事だとも言ってくれたそうだ。


 ただ、これから俺達が警察署に向かうと、ゆうに4、50分は掛かってしまうので、桜井さんが車で迎えに来てくれると言う。


「あのさあ、近藤……」

「はい?」

「俺、さっきから思ってることがあるんだけど、ちょっと言ってもいいかな?」

「思ってること?」

「ああ……」

「……、……」

近藤は抱いたチロをモカに預け、俺に向き直った。


「エアガンで撃つクズは、どうしようもないと俺は思うんだ」

「そうよね。酷過ぎるわっ!」

「だけど……」

「えっ?」

「チロがこんなひどい目に遭ったのは、元はと言えば飼い主がチロを手放したせいだろう?」

「……、……」

「野良猫って、肩身が狭いと思うんだ。街中にポンと放り出されて生きるのって、俺には想像もつかないほど大変なことだと思うんだよ」

「……、……」

「大体、エサはどうやって探してるんだ? 満足のいく食べ物なんてありはしないんじゃないか?」

「そうね。私達みたいに、親が食べるものや住むところを与えてくれるわけではないものね」

「だろう? 飼い主だったら、猫が路頭に迷ったら大変な想いをすることくらい当然分かると思うんだ。それでも手放すって、一体、どんな理由なのかな……、って思ってさ」

「結城君……」

ごめん、近藤。

 突然、俺の勝手な考えを言って。


 だけど、どうしても納得がいかないんだ。

 だってさ、カワイイしずっと一緒にいたいから飼うことにしたんだろう?

 それって飼い主の方の一方的な思い入れじゃないか。

 チロの方は好きかどうか分からない相手が勝手に飼い主になったんだぜ。

 だったら、せめて一生面倒を看るのが当然じゃないのかよ。


 もちろん、近藤の家みたいに、一生家族同様に暮らす猫もいるさ。

 だから、飼うことが悪いなんてことは言わないよ。

 でも、中にはチロみたいな境遇の猫が出てきちまうって、何かおかしくねえか?

 うまく言えないけど、可哀想過ぎる気がするんだよ。


「私、思うの」

「うん……」

「チロの元飼い主の人も、仕方がない理由があったのだと」

「仕方がない理由?」

「ええ……。たとえば、ご病気になられたとか、亡くなられたとか……」

「ああ……。そういうこともあるかもしれないな。だけど……」

そっか。

 俺は全然気が付かなかったけど、たしかにそうなのかもしれない。


 ただ、世の中そんなに善人ばかりなのかな?

 なんせ、野良猫をエアガンで撃つような奴もいるくらいなんだから。


 モカはチロの尻尾を手でもてあそびながら、神妙な顔で俺と近藤の話を聞いている。

 意味が分かっているのかどうかは分からないが、チロのことで真剣に話をしているのを感じているのだろう。





「チロには、三匹の猫の霊が憑いているわ」

「お、大伴?」

「三匹ともアメリカンショートヘアー。これは兄弟ね」

「きょ、兄弟?」

「まだあまり大きくならない内に亡くなったみたいだわ。チロに向かって羨ましそうな声で鳴いているのが聞こえる」

「……、……」

そ、それ、どういう意味だよ?

 相変わらずぼそぼそと喋りやがって。

 しかも、言ってることが全然分からねーぞっ!


「花ちゃん……。その三匹の猫は、どうして亡くなったの?」

「……、……」

「病気か何か?」

「違うわ……」

「じゃあ、事故?」

「違う……」

「えっ? まさか……」

「殺されたのよ」

ちょ、ちょっと待てっ!

 今、何て言ったんだ、大伴っ!


 おまえ、自分が言ってることが分かってるのか?

 三匹とも殺されただと?


「私、聞いたことがあるわ」

「近藤?」

「ペットショップに売られている動物って、売れないと処分されてしまうのだと」

「処分? そ、そんな残酷なこと……」

「うん……。私も初めて聞いたときは驚いたわ。でも、全部のペットショップがそうとは限らないみたいだけど、悪質な店は商品価値がなくなると殺してしまうそうよ。飼っていても餌代や手間がかかるだけだから……、って」

「……、……」

近藤は、悲しそうな顔をしながらも、残酷なことを言いきった。

 そして、大伴はそれを聞いてコクリと無表情のままうなずく。


「チロは、殺される直前に逃げ出したみたいだわ」

「逃げ出した?」

「だから、憑いている兄弟の霊達は、チロが羨ましくて仕方がないみたい」

「そっか。チロは野良猫になって超大変な暮らしをしているかと思っていたけど、そうじゃないんだな。もっと最悪の状況をくぐり抜けて、今、こいつは生き抜いているのか」

大伴はまたもぼそぼそと聞きたくない話を続けた。


 モカは、思いつめた顔でチロをギュッと抱いた。

 チロは苦しいのか、モカの手の中でもがくとまたスルりと逃れる。


 俺と近藤と大伴は、その様子を黙って見ていた。

 大伴は何を考えているのか分からないが、俺は複雑な思いで胸がいっぱいになり、これ以上、何も言えなかった。

 きっと、近藤も同じだと思う。





「やあ、遅くなってごめんね。署を出る時にちょっと情報を仕入れていたものだから」

「桜井さん……」

「あ、近藤さん、電話をくれてありがとう。んっ? 結城君も大伴さんも深刻そうな顔をしてどうしたんだい? ああ、この子が言っていたモカちゃんとチロだね」

「それが……」

「心配ない。僕が来たからには悪いようにはしない。大丈夫、きっと力になれると思うよ」

「……、……」

相変わらずちょっと軽いノリだけど、桜井さんは爽やかな笑顔で俺達を迎えに来た。


 ただ、俺達は、先ほど大伴が言った、

「殺された……」

チロの兄弟のことやチロ自身のことを思い、その軽いノリにはついていけなかったが……。


「ああ、チロもかなり酷くやられたね。エアガンで撃たれただけじゃなさそうだな」

「そうなんっすよ。体中傷だらけみたいで……」

「実は、他にも被害が出ているんだ。ウチの猫が虐待されたようだ……、と数件の問い合わせがあってね」

「同じ奴がやってるんっすか?」

「うん、どうもそうらしい。犯人の目星はついているんだけど、直接的な証拠がないので、まだ逮捕はしてないけどね」

「……、……」

「だから、モカちゃんに容疑者の写真を見てもらおうと思ってるんだ。奴等は大人の目は気にしても、子供の目は気にしていないようだからさ」

「そうして下さいっ! 俺、チロが可哀想で仕方がないんっすよ」

酷い奴等だなっ!

 そういう奴は、即行で逮捕しちまって欲しいよ。


「ただ……。モカちゃんは幼いから、証言能力が認められるかどうか……」

「証言能力?」

「ああ……。6歳以下の子供の証言は、裁判では証拠にならないって決まりがあるんだ」

「そ、そんなあ……」

どう見てもモカは3、4歳って感じだ。

 小学校に行ってるようには見えない。


「モカちゃん……。女性にお歳を聞くのは失礼ですが、何歳か教えてくれるかな?」

「も、モカ、6歳っ!」

「えっ? では、どこの幼稚園に行ってるんだい?」

「鳩ケ丘幼稚園……」

「そう……。では、どこの組かな?」

「……、モモ組」

桜井さんは、モカの視線まで屈むと、優しくモカの頭を撫でた。


 も、モモ組ってことは年中組じゃないか。

 と、言うことは、やっぱ、6歳ってのは嘘か。

 今、桜井さんが言っているのを聞いて、幼いながらにとっさに嘘をついたんだな。


 だけどなあ、モカ。

 そんな嘘をついても、皆、お見通しだぞ。

 桜井さんは優しいから何も言わないけどな。


「あ、あのオジサンっ! これっ!」

「お、オジサン……? ああ、これがエアガンの弾だね。拾っておいてくれたんだね、ありがとう」

「ダダダダっ、って、いっぱいチロに当たったの」

「そう……。チロ、可哀想だったね」

「うんっ! チロ、悪くないの。悪いの、あのお兄ちゃん達なのっ!」

「そうだね。いじめちゃいけないね」

「う……、うんっ!」

「だから、モカちゃんにも警察署で協力してもらいたいんだ」

モカは桜井さんが、警察署で……、と言った瞬間、ビクっと身体を震わせた。

 そして、目を大きく見開くと、泣き出しそうな表情で顔を歪める。


 ど、どうした、モカ?

 おまえ、あんなに、ケーサツに行く……、って言っていたじゃないか。

 桜井さんは警察官だぞ。

 大丈夫、怖いことなんてない。

 俺達も一緒に行ってやるからな。

 ほら、チロがいじめられるのを助けるんじゃなかったのかよ?


「あらら? モカちゃん、どうしたんだい?」

「モカ、ケーサツに行きたいのっ! ケイシャツショじゃないもんっ!」

「んっ? ケーサツと警察署は同じだよ。警察署には、警察官のお兄さんやお姉さんがいっぱいいるんだよ。そこでチロを救う手助けをするんだけど、分かるかな?」

「ケーサツとケイシャツショって同じなの?」

「そうだよ。皆、優しい人ばかりだから、安心してね」

「……、……」

さ、桜井さんっ!

 さっき、モカに、オジサン……、って言われたことを気にしてるのか?

 いくらなんでも、お兄さんやお姉さんばかりじゃないだろう?

 もっと歳のいった人も多々いるしさあ。


 それに、優しい人ばかりってのもちょっとなあ……。


 俺、知ってるんだぞ。

 鳩ケ丘署の稽古に参加した時にいたオッサン達は、パンチパーマにぶっといゴールドのネックレスを付けた丸暴みたいな人ばっかだって。

 あの人達が優しいとはとても……。


「それから、もう、こんなに遅い時間になってしまったから、モカちゃんのご両親が心配しているといけない。だから、僕から連絡をしておきたいんだけど……。モカちゃんのお家か、お父さんかお母さんの電話番号を教えてくれないかな?」

「で、電話番号?」

「そう。知ってるかな?」

「モカ、分からないっ!」

「じゃあ、警察署に行く前に、モカちゃんのお家に行って了解をもらわないといけないね」

「お、お家……、……」

モカは、お家……、と言って絶句した。

 そして、泣き出しそうな顔をさらに顰め、潤んだ瞳で桜井さんの顔を凝視する。


 お、おいっ、モカ?

 どうしてそんなに悲しそうな顔をするんだよ?

 おまえが言い出したんだぞ、ケーサツに行きたいって。


 それに、俺もさっきから心配してたんだ。

 こんな辺りが真っ暗な時間になってるのに、モカみたいな小っちゃい子が出歩いてて大丈夫なのかな、ってさ。

 だから、桜井さんがご両親に連絡するのは当然のことだと思うぞ。

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