第12話 霊感少女、友人の死を解決す?

 俺、家に帰ったら、溶けるように寝ちまったよ。

 良く考えてみたら、昨晩は長谷川が死んだことが気になってて、寝てなかったんだよな。


 ……で、起きたら、3時半だった。

 母ちゃんは、今日も何も言わずに夕飯を残しておいてくれた。

 俺は、電子レンジで肉じゃがをチンすると、真夜中にむしゃむしゃと食べ始めたよ。





 寝て起きて、頭はすっきりした気がする。

 長谷川が死んでも、近藤のことを刑事さんに言わなくても、腹だけは減るんだよな。

 俺、何か、もっと世界が終わっちまうくらい衝撃を受けるかと思っていたんだけど、意外とそうでもない。

 もしかして、俺って薄情な奴なのかな?

 そうは思いたくないけど、結局、他人事だから、自分さえ良ければ何でもいいのかもしれない。


 いや……。

 俺は、自分も疑われてるのを忘れていた。

 でも、俺は何もしていないしな。

 潔白だから、そっちは何の心配もしていないけどさ。


 そう言えば、桜井さんは、今日も学校に来るようなことを言っていたな。

 真相がすっかり分かるまで、しばらくは来るのかも知れない。


 頭はすっきりしたし、飯を食べて腹もいっぱいになったけど、心だけは重いままだ。

「事故か他殺かは、今の段階では分からない……」

桜井さんの、この一言が、俺の心にこびり付いている。





「おはよう……」

「……、……」

昨日と同じように、俺は7時前に登校した。


 教室に入ると、やはりいつも通り大伴がぽつんと座っている。

 何をするでもなく、宙を見据えたまま、大伴は日本人形か置物のように座っていたよ。


 挨拶を交わすと、大伴は今日も俺を見つめだした。

 だけど、今日の俺は、大伴の目を見返すことが出来ない。


 何だよ、その表情のない顔は……。

 そのくせ、小刻みに揺れる瞳が、俺を圧迫する。


 くそっ……。

 俺は何も悪くねー。

 良いよ、祖父ちゃんに何を言われても。

 それに、大伴が俺のことをどれだけ見透かそうと、俺の態度は変わらない。


 そう言えば、こいつも警察の聴取を受けたんだったな。

 桜井さんは、大伴が何も言わなかったって言っていたっけ。

 じゃあ、大伴も何か知っていて黙っているのかな?


「結城君……」

「えっ?」

お、置物が喋った……。

 い、いや、大伴が、自分から話をしだしたよ。

 こんなこと、滅多にないのに。


「私も色々と考えたわ」

「……、……」

「でも、きちんと解決しなかったら、近藤さんはずっと苦しむと思うの」

「お、おまえ……、近藤のこと、知ってたのか? もしかして、大伴は何か知っているのか?」

大伴は、かすかに首を横に振って見せた。

 知らなかった?

 んっ……?

 そうか、祖父ちゃんが近藤のことを大伴に喋ったんだな。


「長谷川さんは、近藤さんは悪くないって言っているわ」

「長谷川が?」

「今、田中さんの席に座って、私と話をしているの」

「……、……」

田中の席は、誰も座っていないのに、椅子が斜め後ろ向きになっている。

 あたかも、そこに誰かが座ってこちらを向いているかのように……。


「長谷川は、何て言ってるんだ?」

「悪いのは私……、って」

「だけど、刑事さんは言っていたぞ。長谷川が階段から落ちてから、誰かが長谷川の身体を動かしたって」

「でも、彩奈は悪くない……、と言っているわ」

「……ってことは、身体を動かしたのは近藤なのか?」

「それはそうみたい。一生懸命、彩奈が自分の身体を揺すぶっていた……、って言っているわ」

「じゃあ、何で長谷川と近藤は、一回帰ったのに、どうしてもう一度学校に来たんだ? それについては何か言ってないのか?」

「言えない……、って」

「言えない?」

「それに、どうして階段から落ちたかも言えない……、って」

「……、……」

大伴は、相変わらずぼそぼそと喋っている。

 だけど、言っていることは、俺には衝撃的なことばかりだ。


 近藤が長谷川を揺さぶっていた?

 長谷川は近藤と一緒にいた?

 近藤は悪くなくて、長谷川が悪い?

 学校に戻ったことも、何故、階段から落ちたかも言えない?


 一体、どういうことなんだよ。

 おい、長谷川っ!

 ちゃんと説明しろよっ!

 俺、それじゃあ、納得いかねーよ。


「結城君……」

「何だよっ!」

「今日の放課後、部活を休んでくれない?」

「……、……」

「私、近藤さんと話をするわ。そのときに、一緒にいてもらいたいの」

「どうして俺が……」

「結城君が一緒なら、近藤さんは話をしてくれると思うの」

「……、……」

「近藤さんが事情を説明すれば、きっとこの件は解決するわ。だから、近藤さんのために力を貸して」

「……、……」

いつになく、大伴の言葉は熱を帯びている。


 俺は、大伴の勢いに圧されて、思わずうなずいちまったよ。

 何もかも納得がいかないけど……。

 それに、俺がいたからって、どうして近藤が事情を話すんだ?

 

 でも、近藤がそれで何とかなるなら、俺はいくらでも協力する。

 だって、俺にわざわざ追試の勉強を教えてくれたじゃないか。

 弁当だって美味かったぜ。

 だから、それで解決するなら、おやすい御用だ。


 大伴は、それだけ言うと、また、俺をじっと見つめたまま、置物になっちまったよ。


 いつもながら、何を考えているのか分からねえ。

 俺、どうしても、こいつだけは苦手だ。

 だけど、何とか近藤を助けてやってくれ。

 頼むぞ、大伴……。





「ゆ、結城君……?」

「……、……」

近藤は、俺がいたのが意外だったのか、怯えた表情を見せた。

 大伴に連れられて屋上に来たものの、俺がいるとは知らされていなかったのだろう。


「は、花ちゃん、これどういうこと? 結城君がいるなんて、私、聞いてないわ」

「私が頼んだの。その方が、近藤さんも話しやすいかと思って……」

「……、……」

「長谷川さんと話をしたわ……、私。近藤さんが、階段から落ちた長谷川さんを一生懸命揺すって心配していた……、って聞いたわよ」

屋上には、誰もいない。

 放課後なんだから当たり前か……。

 やけに風がすーすー通っていて、少し肌寒い。

 遠くに富士山が見えている。

 昨日までは、頭が黒かったのに、今日は少し白髪が生えたみたいになってるな。


 大伴は、相変わらずぼそぼそと話している。

 だけど、近藤はそれを聞いて、さっと顔色が変わったよ。

 怒っているのか?

 それとも、動揺しているのか?

 近藤……。

 耳まで赤くなったじゃないか。

 でも、絶対に悪いようにはしない。

 それだけは信じてくれ。


「近藤さんが結城君と昇降口の前でぶつかったこと、結城君は警察の人に話してはいないわよ」

「えっ? どうして花ちゃんがそれを……」

「結城君のお祖父さんが教えてくれたわ。結城君が、近藤さんを庇っている……、って」

「ゆ、結城君……」

近藤……。

 俺のことなんて、どうでも良いんだ。

 おまえが黙っていて欲しいのなら、俺はいくらでも口をつぐんだままでいるよ。

 俺が今出来ることは、それくらいしかない。

 あとは、おまえにうなずいて見せてやることくらいしか出来ないしな。


「結城君は、あなたのことを信じているから黙っているの。長谷川さんも、あなたは悪くない……、って」

「……、……」

「だから、本当のことを話して欲しいの。このまま誰にも話さなかったら、あなたはずっと長谷川さんが亡くなったことを抱えたままで生きなくてはならないのよ。それでも良いの?」

「……、……」

「長谷川さんは、自分が悪かった……、って。でも、どうしても自分の口からは言いたくない、言えない……、って」

「……、……」

そうだぞ、近藤。

 おまえはきっと悪くない。

 だから、何でも話しちまえ。

 それで、重荷を下ろせよ。

 俺、おまえがそんな辛そうな顔しているの見たくないんだ。





 しばらく、大伴も近藤も、黙りこくっていたよ。

 近藤は、何かを必死に考えているのか、下を向いていた。

 大伴は、それを見ながら、近藤の肩を抱くようにしていたよ。

 無表情のままな……。


「私、一昨日の放課後、愛美からメールをもらって……」

「……、……」

近藤は、意を決したのか、顔を上げると俺を見た。

 そして、絞り出すように、話しだす。


「どうしても直接話したいことがあるから、教室に来て欲しい……、って」

「……、……」

「愛美、最近、何か怒っていたの。だから、私、仲直り出来ればと思って、急いで学校に戻ったわ」

「……、……」

「教室は、もう、灯りが消えていて真っ暗だったけど、愛美が来るまで、私はじっと待っていたの」

「……、……」

「そうしたら、愛美は、少し遅れて教室に入ってきたわ。ごめんなさい、呼び出して……、って言っていたかな」

「……、……」

「でも、私、それを見て少し安心したの。愛美が怒ってないみたいだったから。私の思い過ごしだったかな……、とも思って」

「……、……」

「愛美は、それから単刀直入に聞いてきたわ。彩奈は、結城君のことが好きなの? って」

「……、……」

「私は言ったわ。結城君は、花ちゃんのことが好きなの。だから、私のことなんて何とも思ってない……、って」

「……、……」

近藤はそう言うと、寂しそうに俺に微笑みかけたよ。


 ち、違うぞっ……!


 そう言おうとおもったんだけど、俺の口は開かない。

 それどころか、近藤の、

「結城君は花ちゃんのことが好きなの……」

と言うセリフに、何故かドキッとしている。


 全然、違うのに……。


「愛美、それを聞いて嬉しそうな顔をしたわ。それから、彩奈には私がいるから、結城君が誰が好きでも関係ないでしょう……、と言ったわ」

「……、……」

「私、愛美がこんなに酷いことを言うなんて思わなかったから、怒って教室を飛び出したの」

「……、……」

「でも、階段のところで、愛美に追いつかれてしまって……」

「……、……」

そこまで言うと、近藤は絶句してしまった。

 目に涙をいっぱい溜めて……。


 もう良い。

 分かった、だから、もう何も言わなくて良い。

 な、大伴、それで良いだろう?


 だけど、大伴は俺にチラッと視線を投げると、かすかに首を横に振った。


「ま、愛美は、私に追いつくと、肩を掴んで無理矢理私を振り向かせたわ。そして……、……。私にキスをしたの。好き……、って言いながら」

「……、……」

「私、驚いてしまって……、愛美を思いきり突き飛ばしたわ。愛美のことは好きだけど、そう言うのは違うから」

「それで、長谷川さんはどうなったの?」

「壁に思い切り頭を打ち付けていたみたい」

「……、……」

「私は、もう、何が何だか分からなくて、急いで階段を駆け下りたの。でも、下駄箱のところに着いたら、階段の方で、ドサって音がして……。もしかして、愛美がどうにかなっちゃったんじゃないかと思って戻ったら、目を見開いて、愛美は踊り場で死んでいたの」

「……、……」

「だから、全部、私が悪いの。愛美、きっと壁に頭を打ってそのまま階段から落ちたんだわ」

「……、……」

「私、怖くなったから、愛美を見捨てて逃げてしまったし」

「……、……」

「でも、逃げ出して昇降口を出たら、結城君とぶつかってしまって……」

「……、……」

「私が全部悪いのっ! 私は卑怯な女なの……。結城君に庇ってもらう資格なんてないわ」

「……、……」

近藤は、すべて語り終えると、声を上げて思い切り泣き出した。


 ち、違うぞ……。

 近藤は悪くない。


 俺はそう思うけど言葉が出ない。

 いつも稽古で大声を出しているのに……。

 くそっ……。

 俺って、こんなにヘタレだったのか?


「近藤さん……。あなたは悪くないわ」

「は、花ちゃん……」

「長谷川さんが、壁に頭を打ち付けたまま階段を落ちたのなら、あなたが下駄箱に着く前に長谷川さんが落ちた音がするわ」

「……、……」

「長谷川さんは、きっとあなたを追いかけたのよ。頭を打って、少し朦朧となっていたのでしょう。それで、階段を踏み外した……。だから、あなたが突き飛ばしてから少し時間が経ってから落ちた音がしたの」

「……、……」

「近藤さんは、悪くないわ」

「……、……」

「だから、全部、本当のことを警察に話しましょう? 私も結城君も付いていくから……」

「う、うん……」

「長谷川さんも、あなたが全部言ってくれたから、すっきりしたみたい。ほらっ、今、そこにいて、近藤さんに手を振っているわよ」

「ま、愛美……」

近藤は、また泣き出した。

 そこに本当にいるかどうか分からない長谷川を、手で追いながら……。


 俺と大伴は、それを静かに見守っていたよ。

 近藤……、気が済むまで泣け。

 それで、気が済んだら、三人で桜井さんに話しに行こう。

 あの人なら、きっと分かってくれる。





「そう……。よく話してくれたね」

桜井さんは、近藤が全部話すと、穏やかな声でそう言った。


 桜井さんは、昨日と同じように生活指導室にいて、すぐに連絡が取れたんだ。

 それで、「心配する必要はないよ……」と言って、近藤の言うことを黙って聞いてくれていたよ。


「し、信じてくれるんですか? わ、私が殺したかもしれないのに……」

「うん、信じるよ。君はちゃんと本当のことを言っている。それが確認できたから」

「……?」

「長谷川さんは、さっきまで解剖されていたんだ。それで、報告が届いてね。後頭部に、二箇所の打撲痕があったことが分かったんだ」

「……、……」

「これ、一箇所は、近藤さんが突き飛ばしたときに、壁に当って出来たものだろうね。そして、もう一箇所は、階段から落ちたときに出来たもの……。解剖して下さった医師も、どうして二箇所の打撲痕があったのか分からなかったんだけど、近藤さんの言っていることと状況が合致しているから、本当のことを言っていると判断出来るんだ」

「……、……」

「長谷川さんは、壁に頭を打った際に、脳震盪を起こしたんだろうね。だから階段から落ちてしまった……」

「……、……」

桜井さんはそう言うと、後ろでメモをとっている女性の刑事さんの方を見た。

 女性の刑事さんはそれを見て、近藤の方にうなずきかける。


「ほう……、桜井君もなかなかしっかりしてきたな」

「お、大伴っ! よせっ……」

「大学時代、女子寮に夜ばいをかけたのが見つかって、散々叱られたのが良い薬になったようじゃな」

「……、……」

「……と、結城君のお祖父さんが仰られています」

「……、……」

や、やっちまった……。


 見ろっ!

 桜井さん、面食らって目を白黒させてるじゃないか。

 じょ、女性刑事さん……、笑ってる場合じゃないぞ。


 まったく、大伴の奴……。

 場所をわきまえてやれよっ!

 桜井さんが可哀想だろうっ!


 んっ?

 近藤も笑ってるじゃねーか。

 何だよ、また涙が出ているのか?

 それじゃあ、笑ってるのか、泣いているのか分からないじゃねーかよ。


 でも、言って良かったみたいだな。

 俺、近藤が笑っていると安心するんだよ。

 だから、もう、涙を拭いてくれよな。

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