第11話 友人の死に涙する霊感少女 後編

「すまないね、来てもらってしまって……」

「あ、いえ……」

「ちょっと事情を聞かせてもらいたいんだ。昨日、一番遅くまで体育館を使っていたのは君だね?」

「はあ……、昨日は身体の調子が良かったので、稽古のあとまで基礎トレと素振りをして帰ったんです」

「一人でかい?」

「ええ……。普段は稽古が終わるとヘトヘトなんっすけど、昨日は握力も残っていたもので……」

俺に聴取しているのは、若い男性の刑事さんだ。

 二十七、八と言った年頃に見える、なかなかイケメンの人だ。

 男性刑事は、桜井と名乗った。

 少年に聴取しているからか、物腰が柔らかく、とても人当たりが良く感じる。


 その後ろに中年女性の刑事さんがいて、何やら俺の言ったことをメモっている。

 もしかすると、大伴のときは女性の刑事さんが聴取していたのかもしれない。


「剣道部だってね? 僕も剣道をやっているんだよ」

「……、……」

「稽古が終わった後にも自主練をするなんて、なかなか熱心だね。相当強いんだろう?」

「あ、いえ……、まだまだです。しょっちゅう、祖父ちゃんに、修行が足りんって言われてましたし……」

「お祖父さんに習ったの?」

「はい……」

「んっ? 結城君って、もしかして、結城勇太郎八段のお孫さんかい?」

「はあ……」

「僕も、少年の頃から結城先生に習っていたんだよ。警察に入っても、随分お世話になったよ」

「……、……」

げっ!

 何だよ、祖父ちゃんが教えていた人かよ。

 まあ、その方が気安いと言えば気安いけど、深刻な場に知り合いがいるって、ちょっと変な感じがする。


 桜井さんとは、それからしばらく祖父ちゃんの話をしていた。

 良く怒られた……、とか、しょっちゅう、

「何事も修行じゃ……」

と説教されたとかって話を……。


「先生が亡くなられたときには、僕は凄くショックでね。もう、剣道も辞めてしまおうかと思ったんだけど、職務上、続けなくては仕方がなかったんだ」

「……、……」

「でも、結城君がしっかり稽古しているのなら、結城先生も安心して成仏出来るね」

「……、……」

いや、成仏してねーから。

 まだ、未練たらたらで俺に張り付いているそうだよ。


 ……と、直接言ってやりたかったが、俺は辛うじて口をつぐんだ。


「それで……」

桜井さんは、口調を改めると、急に真顔になった。

 剣道の話をしていると気の良いお兄ちゃんって感じだけど、そう言う顔はやはり刑事っぽい。


「単刀直入に聞くね。結城君が体育館を出たのはいつ頃?」

「6時40分頃です。7時になると警備の人が来ちゃうので、その前に上がったんです」

「うん、警備の人も、それは見ていたようだよ。君が言う通り、体育館の灯りが、6時半過ぎに消えたと言っていた」

「……、……」

「体育館を出て、それからすぐに下校したの?」

「はい……」

「誰かと会ったなんてことはない?」

「いえ……」

「そう……」

「……、……」

桜井さんは、ちょっと難しい顔をした。

 俺は、瞬間的に近藤のことを思い出したが、それは言わなかった。


 だって、近藤は、長谷川とは親友だからな。

 長谷川が死んだことと、関係があるわけがないから……。


「さっきね、大伴さんからも話を聞いたんだ」

「はあ……」

「だけど、彼女は何も話してくれなくてね。結城君は大伴さんや、亡くなられた長谷川さんとも仲が良かったんだって?」

「いえ……」

「そう? 村上先生は、そう言っていたんだけどなあ……」

「……、……」

ちょ、ちょっと待ってよ。

 先生、ふざけんなよっ!

 長谷川は誰にでも優しい奴だから、勘違いされても仕方がないけど、なんで俺が大伴と仲良いんだよ?

 そんなことを言ったら、桜井さんが誤解するじゃないか。


「教室の電気を消したのは大伴さんらしいんだ。だから、何か知らないか聞きたかったんだけど、なかなか話をしてもらえないんだよ」

「……、……」

「部活をやっていた生徒は、皆、教室に戻らなかったそうなので、是非とも大伴さんの話を聞きたいんだけどな」

「……、……」

「ちゃんと調べて真相を明らかにしないと、長谷川さんも可哀想だと思わないかい?」

「……、……」

桜井さんは、大伴が何かを知っていると思っているのか?

 だけど、あいつは本当に何も知らないと思うぞ。

 普段は無口でリアクションも薄いけど、言わなきゃいけないことはハッキリ言う方だし……。


「あの……、一つ聞いても良いですか?」

俺は、さっきから気になって仕方がなかったので、桜井さんの人柄を見込んで切り込んでみることにした。


「何……?」

「これ、長谷川は事故で亡くなったんじゃないんですか?」

「あ、いや……」

「それなのに、どうして事情聴取が必要なんですか?」

「……、……」

「俺は、クラスメイトが疑われるのが嫌で仕方がないんっすけど……」

俺は、桜井さんの目を真っ直ぐに見た。


 気合い負けはしないっ!

 そう念じながら……。


「別に、疑っているわけではないんだ。ただね、長谷川さんがどうして一度下校してから学校に戻ってきたかが分からないんだ。それと、警備の人は、長谷川さんを見つけたときに、少しも手を触れなかったと言っているんだ。現場保存と言ってね、どうして長谷川さんが亡くなったかをあとで検証するために、なるべくそのままにしておくんだよ」

「……、……」

「長谷川さんの身体は、階段から落ちてそのまま亡くなったにしては不自然な格好をしていたんだ。後頭部を強く打ち付けて、目を開いたまま亡くなっていたのに、うつ伏せになっていたんだ」

「……、……」

「これ、どういうことか分かるよね? 長谷川さんが階段から落ちたあと、誰かが長谷川さんの身体に触った……、ってことなんだよ」

「……、……」

「事故か他殺かは、今の段階では分からない。だけど、不明な点を解決しなかったら、長谷川さんだって浮かばれないとは思わないか?」

「……、……」

事故か他殺か分からない……?


 まさか、そんな……。

 だけど、桜井さんの言っていることももちろん分かる。

 それに、警察がちゃんと調べた結果なのだから、間違いなんてこともないだろう。


 でもさ……。

 そんなの信じろって方が無理だろ。

 あの長谷川が、他の人間に殺されるなんて、あるわけがない。


 聞かなきゃ良かった……。

 ふと、俺はそんなことを思ったよ。

 だけど、俺が知ろうが知るまいが、事実、長谷川は死んだんだ。

 まだ亡くなったなんてことさえ信じられないけど……。


「大事なことなのでもう一度聞くよ……。結城君が体育館を出たあと、校内で誰かと会ったりしなかった?」

「会ってないです」

俺は、ハッキリ嘘をついた。

 他殺の可能性があるのに、近藤のことなんて言えるわけがない。

 だけど、あいつが長谷川を殺すなんてことも、あるはずがない。


「そう……」

「……、……」

桜井さんは、明らかに俺を疑っている感じだ。

 だけど、俺は潔白なんだから、いくらでも疑えば良い。

 それに、俺が疑われれば、近藤は疑われないで済む。

 祖父ちゃんに長年鍛えられた俺だ。

 警察が何を言ったって、絶対に口を割ることはねえっ!


 桜井さんとは、それからも同じようなことを話したけど、結局、俺は何も喋らなかった。





「時間をとらせてごめんね。これから稽古だろう?」

「はあ……」

「だけど、こちらも事実関係をハッキリさせないといけないんだよね」

「……、……」

「もし、何か思い出したことや、気づいたことがあったら、僕に連絡をくれるかい?」

「……、……」

そう言って、桜井さんは名刺を内ポケットから出した。


「ここにスマホのアドレスと電話番号が書いてある。これはプライベートなものだけど、いつ連絡してもらっても構わないから……」

「……、……」

俺は、正直、名刺なんてもらいたくない。

 俺の気持ちは絶対に変わらないからだ。


 だけど、もらわなかったら、俺が明らかに怪しくなっちまうので、何も言わず受け取っておいたよ。

 名刺って、生まれて初めてもらう……。

 俺のイメージでは、真っ白な紙に縦書きで役職や名前、住所だけが書いてある感じがしていたんだけど、桜井さんの名刺はそうではなかった。

 薄いブルーの紙に横書きで、肩書きとかも入っていない。

 それに、端っこに、

「連絡、待ってまーす」

なんて書いてある。


 おいおい、桜井さん。

 こんなナンパな名刺を祖父ちゃんが見たら、間違いなく説教されるぞ。

 良かったな、大伴が先で……。

 順番が逆だったら、絶対に祖父ちゃんからお小言をもらっていたはずだよ。





 事情聴取が終わって、俺はそのまま稽古に行ったよ。

 だけど、今日はやたらと身体が重い。

 それに、掛かり稽古の途中なのに、近藤の顔が脳裏にちらつく……。


 祖父ちゃん……。

 俺、友達を裏切れない。

 説教されても、俺が疑われても、絶対にな。

 きっと、祖父ちゃんなら、何もかも正直に話せって言うんだろうけど、それは出来ねーぜ。


 だけど、俺、悪いことをしていると思っていない。

 だから、反省もしない。

 何事も修行なんだろう?

 だったら、俺はこの修行をやり遂げてみせるよ。


 そんなことを考えていたら、急に、大伴の顔が見たくなった。

 あいつ、もう、今日は帰ったかな?


 俺は、稽古が終わるまでそんなことを考えていた。

 身体から出る湯気が、こんなに虚しく感じたのは初めてだよ。

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