第8話 告解:ある人形造りの罪

「……これで、もう、仕舞いかね」

 

 人形師が突き止めたサンバの本拠地は、街から数里離れた荒地だった。

 彼は街に被害を出すことのないように、人形師は戦場となる場所を可能な限りその荒地に限定するような指示を出していた―――それが最善手ではないとしても。彼にとっては「街」と「彼女たち」の存続こそが、最重要事項だったのだから。

「どうして、こんなことをしたんだい」

 人形師は目の前の、老婆の姿をした人形に―――この戦火のそもそもの火種に尋ねる。その顔にはいつもの柔らかな笑みも、優しいまなざしも浮かんではいない。ただ、研究者がよくわからないデータを解明するときの、辟易と好奇の入り混じった―――けれどひたすらに淡々としたものだ。

「……さてね。あたしにだって、よくわかっちゃいないのさ……」

 彼女が辺りを見渡すと、荒地の様相は一変している。

 人形たちの残骸。

 ガランドウたちの残骸。

 それらが垂れ流す機械油や鉄骨、歯車。

 ―――一色しかない荒地にいくつかの色が足されていて、それでもこの地は寂しいままだった。悲しさは、より一層に増していた。

「あんたはもう、覚えちゃいないだろうがね」


「ここにかつては、あの街があったんだ―――あたしとあんたが、そしてあんたとあの娘らが暮らした、あの街が」


 人形師は、その目を見開いた。

「記憶が、戻ったのですか―――御師匠様」

 サンバは笑う。呆れたように。不出来な教え子をたしなめる教師のように。

「そうさ、でもそれはこの身体をあんたに貰ったときからずっと。戻ったんじゃない。そもそも消えてはいなかったのさ」

 いや、あの時は驚いた、と老婆はくつくつと可笑しそうに笑った。


「あんたに刺し殺されて、目が覚めたら自分が造った人形に心を押し込められているなんてね!」


 あんたからあたし自身が教えた「人形造り」を教わるのも、それはそれでオツなもんだったよ、と。

人形師は子どものように、一瞬だけはにかむ。

「相変わらず、趣味の悪い方だ……貴女を殺してしまったことを、悔やまなかった日はありません。だからこそ師匠が予め造っておいた、御自身の「予備」にその魂を封じたのですから―――ですが、ですが」

 そして彼はは心底から悲しそうに、事実悲しみながら吐露した。

「……貴女には、ぼくを理解してほしかった」

 かつての師弟は、そして「人形の街」においては奇しくも逆転した二人は―――結局、どうしようと道を違えてしまった。


「莫迦をお言いでないよ」


 一番に教えたはずなのにねぇ、と彼のかつての師は溜息をついた。

「誰かが、他の誰かを理解するなんて、けっして

人間にはできやしないんだよ」

「だからこそ、人間は近づきあうんじゃないかい。理解できなくても、せめて一緒にいられるように」

 でもあんたは、それに耐えられなかった。

 だからあの娘らを、そしてあの街を、何百年もかけて造り上げた。

「……相も変わらず、不憫な子だよ」

 それは、造られたものたちに向けられたものなのか。それとも、造った者に対してのものなのか。

「あたしももうじき、動かなくなる。「ガランドウ」、あんたはそう呼んだね、あれらを造った時からもう決めていたんだ」

 彼女は自分が居なくなった時に備え、ガランドウの製造プラントをいくつかの地点に造っていたが―――それらは人形師がひとつひとつ、手ずから壊して回っていた。

「だからその前に、質問には答えてやろうかね」

 あたしからあんたへの、最後の講義といこうじゃないか。

 

「あんたの造る人形が、気に喰わなかった。ただそれだけさ」


 彼女は淡々と、そう言い放ってみせた。

 人形師はそれを聴き、ただ目を伏せている。まるで叱られる子どものように。

「……あの時も、貴女はそう言いましたね」

 人形師が、「彼女たち」を人形で造ると言い出した時。人間であった彼女はそれに反対し、そして逆上した人形師に殺された。

「正直なところね、あたしはあんたが自己満足のためだけにあの娘らを造ると言い出したのなら、追憶のためや形身代わりに造る腹積もりだったのなら、止める気はなかったんだよ」

 でも、あんたはそうしなかった。

「あんたは失った彼女たちの代替品に、心を与えようとした」

 ねぇ、あたしのかわいい馬鹿弟子よ。

 それは、それだけはやってはいけなかったんだよ―――。

 事実かつてのサンバは、人間だったころの彼女は、命を持つ人形を造る腕を持ちながらも決して被造物たちに心を与えることはなかった。

 それはまるで、伽藍のように。

「それは、かつてのあの娘らを忘れるということだ。いいや、それより性質が悪い。あんたがしていることは、過去のあの娘らを、あの街を、なかったことにしていることに他ならないのさ―――なかったことにしたその後の空白に、人形共を置いているだけだよ」

「……それでも、それでも!ぼくは貴女なら計画に賛同してくれると思っていました!だって、彼女たちは、ぼくの、貴女の」

 だからだよ。

 そう、師は弟子の反論を遮った。

「その通り!あの娘らはあんたの妻と娘であり、あたしにとっちゃ娘と孫娘だった。だからこそ、彼女らは唯一無二だった。それがもう手の届かぬところに逝ってしまったなら、悲しむのもいい。悼むのもいい。でも、それをなかったことに―――無価値にしてはいけないんだよ」

 それは彼女たちの、生きた価値を消すことで。

 それは代替品たちから、生きる意味を奪うことだから。

「だからあんたは、造るなら造るで徹底すべきだったんだ。そもそも心を持たせないでおくべきだった―――なんだね、あの街は。何もかもがかつての再現で、まったく。中途半端に懐かしい顔ぶればかりで……決心するにも、時間がこんなにかかっちまった」

 人形に情が移るなんて、あたしも耄碌したかねぇ、と。

 優しい声で、サンバは言った。


「最後にひとつ、あたしからも訊いていいかい」

 サンバの崩壊が始まって数分後、彼女は思い出したように最期の質問をする。

「あんたが造った、兵士人形たち―――まだ、何十体か残ってるだろう。あの街に迎えられるのかえ?」

 ―――最期まで意地の悪いひとだ、と人形師は思う。彼女が分かっていないはずはないのだから。

「あの仔らは、街には迎え入れません。……可哀想ですが今頃は、自壊している頃合いでしょう。この戦いが終わった今、あの平和な街に彼らの居場所はありませんから」

 サンバはハン、と鼻を鳴らす。

「だから言ったろう、心なんて持たせるもんじゃないって。あんた自分でその機構を一体漏らさず組み込んでおいて、今は確かにそれを悲しんでいる。でもね、その悲しみは、彼らの稼働を勝手に止める理由にも、その心を勝手に奪う理由にも、ならないよ」

 故に、彼女はその被造物に心を持たせたことはなかった。

「あんたは死者を踏みにじり、人形た ちの心にも敬意を払わなかった。……その報いがあるかどうかは、あんた次第 かねぇ」

 キリキリと音がする。

「あぁ、ようやく、死ねる。―――もうあたしを動か すんじゃないよ、こちとらくたびれちまって、馬鹿の子守りはもう御免 だ」

 人形師は涙している。……その原因が後悔なのか、あるいは惜別なのか、それとも懺悔なのかは、もう、彼にもわからなかった。


 「……なんだい。いつまでたって も なきむしのままだねぇ」

 「じゃあね、『―――』」

 最期に、サンバは彼の名を呼んだ。本人すら忘れ果てた、かつて人間だった人形師の名を。



 これが、人形師が『涙』を流した最後になった。

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