第7話 人形師とその弟子②
そうして、人形師の古株の弟子は、産婆人形のサンバだけになってしまいました。
……彼女ほど尊敬された人形は数えるほどしかいないでしょう。けれど、いなかった訳ではありません。
ただ、これだけは断言できるのです。
最も多くの人形を崩壊に追いやったのは、紛れもなく、彼女であったと。
サンバはお話した通り、人形師と共に街の住民の「製造」に携わる人形でした。人形たちにとっては、親のような存在でもあったのです。
彼女も名言こそすることはありませんでしたが、確かに、街を、人形たちを、心の底から愛していたのでしょう。……だからこそ、彼女は、「アレ」を造ったのでしょうから。
「……なんですか、これ?」
あの日、私は素直にサンバに尋ねました。彼女が珍しく大きな声を出して、「誰か、誰か!ええい、誰でもいいから見物においで!」なんて工房から叫ぶものですから。人形師はその頃、イシの後続機である二代目の医師人形―――ドクと、旅立つヤドへ組み込むプログラムをようやく完成させ、彼女を見送ったうえで、自分をきっかり一週間、休眠状態にしていました。というわけで工房には、私と彼女くらいしかいなかったのです。
私がサンバの研究室に向かうと、そこには、よくわからないものがいました。
十二、三歳の子ども人形と同じくらいの背丈に、円筒状の胴体の上には半球をそのまま載せたような頭に、目と思わしきセンサーが二つ。球体関節のある四本の腕が胴を取り巻くように四方から生えていて、足はキャタピラになっていました。
「なんですか、とは御大層だね。あたしのすンばらしい発明だよ」
こいつはあたしらの生活を助けてくれる、まぁ、給仕係みたいなもんさね―――彼女はそう言いました。
確かに、その言葉に嘘はなかったのです―――彼女が「キッド」と名付けたそれは、実によく働きました。街の住人の雑用、料理に洗濯、買い出しまで。何もかもを迅速かつ完璧にやっていましたし、彼らにも好かれていたと思います。
けれど、キッドは誰にも懐くことがありませんでした。褒められて喜ぶことも、笑う音も。それもそのはずで、アレには『心の歯車』が備え付けられていなかったのです。
そういういきさつでキッドは街に受け入れられましたが、休眠から目覚めた人形師はアレを見てすぐさま言いました。
これを造ったのは、誰かな」
無論、人形師以外になにかを「造る」のはこの街にはサンバしかいません。彼は即座にサンバを、キッドを連れて自分の工房に来るようにきつく言いつけました。
……今になって思うのです。人形師はあの時、とても怒っていたのではないかと。
私は、二人が話している部屋には入りませんでした。
でも、聞こえてしまうのです―――彼らの舌戦はそれほどに、今までにないほどに白熱していました。
『……だからね、サンバ、ぼくはなにもキッドたちを造るなと言っているんじゃない。ただ造るならきちんと、『心の歯車』をいれるべきだと―――』
『あんたこそあたしの話を聞いちゃいない。いいかえ、心があるってのは、考えることを何もかも放棄して「素敵」だって言えるほど良いもんじゃない……』
議論はいつになっても終わる気配がありませんでした。
そして、次の日のことです。
サンバは街から姿を消しました。
キッドが広場の真ん中で、反物屋人形のキャシーを縊り壊しました。それを止めに入った肉屋人形のシェイマスも殴り壊しました。キャシーを助けようとした娼婦人形のジゼルも刺し壊しました。
恐怖に混乱する私たちを後目に、アレは四本の手のうちの三つのそれぞれに、彼らの残骸を持って街から出ていったのです。
その次の日には、アレは四体になって再びやってきました。
また何体かが無残に壊され、アレらはその遺骸をどこかへ持ち帰り、しばらくしてからまた数を増して襲撃に来るのです。
人形師は喪服の黒いローブを着て、街の人形たちにこう告げました。
「ぼくらの街は、戦争状態に入った」
「敵は、憎きアレらを差し向けてくるのは―――サンバだ」
そして彼は、「アレら」に名前を付けました。同じ人形でありながら、人形を壊し―――その残骸から造り出される、心なきもの。侮蔑と恐怖を込めて、みんながその名を用いてアレらを呼称したのです。
「ガランドウ」と。
そして、あの、「人形戦役」が始まりました。
―――え?あぁ、いえ。
「人形の街」が「残骸の街」に成り果ててしまったのは、これが原因ではありません。
……ただ間違いなく、一つの要因ではあったのでしょうけれど。
戦争そのものは、驚くほど早く終息したのです。
確かに、恐怖心すら持たないガランドウの兵士たちは手ごわかったようです(私は戦場には出されませんでしたから、帰ってきた人形たちからの伝聞ですが)。しかし人形師が大量生産した、心を持ち、街を守りたいと願う「兵士人形」たちと志願した人形数体の善戦。そして最後には人形師自らがサンバを破壊し、多くの犠牲は出ましたが―――街側が勝利をおさめました。
……私は戦線にも参加していませんので、「人形戦役」について語れることといえば
これくらいになります。
ですが、知っておいてほしかったのです。人形たちが、造り手である人形師の奴隷ではなかったということに。
それが間違ったものだとしても―――信念のために反逆した人形さえいたことに。
もしかしたら彼女は、あの街で最も人間に近い人形だったのかもしれません。
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