第3話 人間になりたかった人形のおはなし

 さて、話を続けさせていただきますね。どうか楽な姿勢でお聞きになってください。

 ……とはいえ、これからお話するのは、あまり聞いていて気持ちのよいものではないかもしれませんが。


 今から私がお話するのは、「伯爵人形」についてのお話です―――ええ、名前は極力出さないようにするつもりです。ただ、私は口が軽いので、ついぽろりと口走ってしまうかもしれませんが。だって、貴方が聞き上手でしたから。

 さて。


 伯爵人形はその名の通り、貴族としての使命を帯びていました。つまり、人々の暮らしを支える代わりに、人々に養われる、という風に。街の治世は基本的に人形師と数体の人形たちが会議で決定していました―――健在だった折、造り手たる彼は基本的に工房にこもりがちだったので、ほとんど会議には参加してはいませんでした。散歩がてらにちょっと顔を出す、くらいのものだったそうです。伯爵人形はその議会の一員でもありました。

 そして彼は―――とある乙女人形と旅人人形がそうだったように―――街の人気者でした。名士、というのでしょう。子ども人形たちは「大きくなったら伯爵になりたい!」なんて言う子が多かったとか。大きくなんて、なりませんのにね。

 そんな彼は、お供人形の二体をうまく撒いて、一体でのんびり散歩するのが大好きでした。……彼のモデルになった人間がそうだったのでしょう、そのせいでお供人形の二人もろとも自壊する、なんてことはありませんでした。男女一そろいの双子の二体が、その小さな身体でちょこちょこと「伯爵さまー!」と街じゅう探して駆け巡るのは、素敵な日曜日の十時を知らせる鐘の代わりになっていました。


 そして、これは元になった人間もそうだったのかどうか分かりませんが。

 伯爵人形は、例のジャックとは大の親友でした。 

 彼の土産話は、私を含めて街のみんなが楽しみにしていましたが―――伯爵は彼の大ファンで、館に招いて話を聞いたり、そのお礼として彼に新しい外套や楽器を買い与えたり、みんなを招待してちょっとしたパーティを催したりもしていたのです。


 その日曜日も伯爵は一体でふらりと、ジャックとロザリタの墓参りに出かけていたようです―――街のはずれ、空っぽの墓がある人形墓地ではありません。彼らの残骸、遺骸がある森の奥です。街の人形たちのなかでも極わずかしか知らない、悲劇の跡。伯爵はここにみんなを近づけさせないようにする管理もしていたため、この存在を知っていたのです。

 私が花を供えに行くと、すでに彼はそこにいました。私が街を出るときに丁度、例の双子がきゃいきゃいと騒いでいましたから、かれこれ一時間はそこにいたのでしょう。いつもかぶっている飛龍の産毛で編んだ豪奢なハットではなく、泣き女の髪製だという、喪服用のものを胸に当てていました。

「伯爵」

 私が驚かせないようにそっと声をかけますと、彼はこちらを振り返って、いつも通りに優雅に礼をしてくれました。

「御機嫌よう、細君どの。本日は散歩日和のよい天気ですな」

「えぇ、彼らも伯爵が来てくれてうれしいでしょうね」

 すると彼は照れるときの癖で、その見事な、黒虎の尾の毛で造られたという自慢の口髭をしきりに撫ぜていました。

「吾輩は暇でしてな。これくらいしかやることがないのですよ」

 彼のように、夢中になれることもなく。

 彼女のように、恋に動くこともなく。

 そう言って彼は寂しそうに微笑んで、二体の崩れた足元に供えた花束を眺めていました。

 その後は伯爵が「レディを一体で帰しては、吾輩の紳士の名が廃りますからな!」と言うので、のんびりと世間話をしながら街への小道を辿りました―――私は夫と娘のこと、彼はジャックとの思い出や、お供人形の愉快な失敗などの世間話をしながら。

 その時です。私たちは帰り道に、来る途中にはなかったあるものを見つけました。

 それはぼろぼろのローブを纏った、誰かでした。誰か街の子ども人形がが迷い出てしまったのか、と私たちは慌てて駆け寄りました―――が、そうではありませんでした。

 それは確かに、人間でいうところで十七、八くらいだったので、今思えば確かに子どもではありました―――当時はもうその年の人間は、立派な大人と言われていましたが。

 しかしその少女は、街に住むどの子ども人形でもありません。

 私と伯爵は驚きのあまり、顔を見合わせて同じ言葉を言いました。


「……人間ですな」「……人間、ですね」


 その少女は紛れもなく、肉を持つ人間だったのです。


 私たちは驚きながらも、ともかく彼女を街へと運び込むことにしました。というのもその少女は体じゅう火傷まみれの傷まみれで、衰弱しきっていたからです。

 街は大騒ぎになりました。なにせ、人間がこの街にやってくるなんてこと、ここ百年はなかったからです。何体かの人形たちが他の人間の街に行くことは往々にしてありましたが、街には人形師が人払いの術をかけていましたので。新入りの人形たちのなかには、人間を見たことがない人形までおりました―――この街唯一の人間であった人形師でさえ、その頃には身体の大部分を機械にしていましたから。

「……誰か、医師人形をここへ呼んできておくれ。今はぼくの工房にいるだろうから。そして彼女を、広くて清潔な場所へ―――そうだね、伯爵、君の屋敷を一部屋、貸してはくれないかい」

 「是非もございませぬ。一つの命を救えるのならばこの吾輩、喜んで家財の全てでも投げうちましょうぞ」

 人形師と伯爵はそんなやり取りをしている間にも、例の双子のお供人形がせっせせっせとその娘を屋敷へ運んでゆきました―――あぁ、「医師人形」というのは、人形師の二体の弟子のうちの一体です。……彼らのことも、話すべきなのでしょうね。ですがそれはまた後程。

 

 さて、医師人形や人形師、伯爵人形、そして多くの人形たちの尽力と協力あって彼女は―――人形師が言うには奇跡的に――息を吹き返しました。しかし、彼女の脳はなんらかのダメージによって、自らの「それまで」を放棄していました。

 現代でいう所の、「記憶喪失」というものになるのでしょう。

 名前、出身、年齢。その全てを失い、かつその身に残るおびただしい傷痕、その由来すらも分からない―――それはどれほどの不安と恐怖であったことでしょう。これが人形ならば、新しい歯車を入れたり、頭に上等の油を差したりで済むのですが、そういうわけにもいきません。

 そして彼女が目覚めて一番に見たものといえば、人間に全くそっくりな、しかしどこかが決定的に異なる人形たちの群れでした。彼女は私たちを見るなり怯え、がたがたと震え始めたのです―――無理もないのかもしれませんが。

 彼女を安心させてやりたくとも怖がらせるわけにもいかず、まごつく私たちを優しく制止してから、彼は――人形師はベッドの脇に親し気に腰かけて言いました。

「大変だったね。お嬢ちゃん」

「ご覧の通り、ここは人形の街だよ―――ぼくは、そうだな、「人形師」とでも呼んでおくれ」

「ここには君を害するものは誰もいない。だから君は安心して、今は傷と、できたら記憶を回復させるといい」

「そうして―――そうしてその後は、出て行ってもいいし、留まってもいい」


 そういう顛末でその少女は、伯爵の邸宅で療養生活に入りました。街の人形たちは滅多に見ることのない人間に興味津々で、果物や菓子を持って行っては色々と彼女の世話を焼きました。

 ―――えぇ、街には人間の食べ物もたくさんありましたし、それで商売している人形もいました。私たちはオイルや燃料があれば稼働できますが、人形師が「みんなに生を楽しんでほしい」と、味覚と、食べ物を消化して燃料に変換する機構を備え付けてくれていましたから。

 なかでも伯爵は、まさしく身を砕いて尽力していました―――実際、薬草をすりつぶしている時にジャックから習った唄を歌っていたら、気づかずにうっかり左手の中指を第二関節まですりつぶしてしまって、自分が医師人形の世話にかかったこともありました。

 ……これまでずっと、誰かに慕われ、尽くしてもらっていた彼です。「ノビレスオブリージュですな」なんて言っていましたが、その実、「誰かに何かしてあげる」ことが楽しかったのかもしれません。

 彼女の方も、伯爵の邸宅に借りぐらしをしていることもあって、彼とは次第に打ち解けっていたようでした。

 そういうわけで、ひと月もした頃には彼女はすっかり元気になっていました。

 ―――傷痕と記憶に関しては、どうしようもありませんでしたが。

「レディ、君はもう、どこにでも行けるだろう―――ただ、行きたいところがあればの話になるがね」

 伯爵はそう言って、パイプから吸った煙を吐きました。

「ただ、君がそう望むのなら、我々の誰もそれを止めまい。別れを惜しみながら見送ってくれるだろう」

「だが―――」

 伯爵が続ける前に、彼女は言います。

「……私は」

「私はここにいたい、です」

 もしご迷惑ならせめて、私が誰なのか思い出すまで―――。

 彼女がそう言い終える前に、今度は伯爵が彼女を優しく抱きしめる番でした。

「無論だとも!」

「誇り高きダリウス・パーシヴァル・フォン・ミュカリの名において、今日から君は、吾輩の家族だ」

 彼女もまた、ミュカリ伯爵を抱きしめ―――おいおいと泣き出しました。すると伯爵もそれにつられて澄んだ油を流すものですから、周りの私たちは逆になんだか可笑し

くなって、あははと笑っていたのです。

 

 伯爵は彼女に「ヤド」という名を付けました。「宿借り」の略なのでしょう―――あまり彼にネーミングセンスを期待しない方がよさそうでしたが、呼び名が「例の彼女」や「人間」ではあんまりでしたから。ヤド・ミュカリは人形の街で、人形師以外の二人目の「人間」として、街の一員として歓迎されました。伯爵はいつもの散歩に彼女を連れ立ってゆくようになり(それでも可哀想な双子は置いてけぼりでしたが)、二体、いえ、一体と一人は本当の家族のようになりました―――あの人形師でさえ、「ぼくは彼らを一揃いの親子人形として造ったのだっけ」なんて思ってしまうくらいには。

 また、ヤドは大変な勉強熱心で、人形師の弟子である医師人形に弟子入りしました。

 ……人間の頭の柔軟性、吸収の速さは、みんなあれほどなのでしょうか?それとも彼女が特別優れていたのでしょうか?

 そういうわけで、ヤドは伯爵の自慢の「吾輩の令嬢」なのであり、ヤドもまた伯爵を「父さん」と慕っていました。


 そうして、四年も経った頃でしょうか。

 ―――あの身も凍るような、恐ろしい事件が始まったのは。

 初めの犠牲者を見つけたのは、いつか話した「乙女人形」の後任、エトワーレでした。その日機嫌がよく、誰よりも早く朝の洗濯をしに小川に向かった彼女は、誰よりも早く川底に引っかかってぷかぷかと浮かぶ、それを見つけてしまったのです。


 食い散らかされたような、人間の死体を。

 

 街は大騒ぎになりました―――この街に人間が入り込むことはまずありませんし、しかも、その人間は死んでいるのですから。

 その報は町中に知れ渡り、人形師は人形たちに、夜に一体で出歩かないように、また昼夜問わず一体で街の外、特に森には近づかないよう、戒厳令を敷きました。

「少し、頼みたいことがあるんだ」

 人形師は私に言いました。

「しばらく、「あの仔」とヤドから目を離さないでほしい」

 前者は庇護のため、後者は監視のために。

「……他の住民たちには、このことは教えてはいないんだけれどね」

 彼曰く、人間が街にかけられている「人払いの術」を突破するには、三つの方法があるのだそうです。

 一つ目は、『術者である人形師を殺すこと』。これは今回、論外なので置いておきます。

 二つ目は、『人形たちに迎え入れられること』。ヤドはこの方法で街に入ったことになるのでしょう。

 そして三つ目が、「死体となって運び込まれること」。あの可哀想な男性の遺体は、おそらくこれだろうと彼は言いました。

「人形たちには―――ぼくの仔等には、人間を殺す理由を与えていない」

 だから今、一番の容疑者は「ヤド・ミュカリ」なんだ、と。

 私は反論しました。ヤドはとても街のみんなに好かれていますし、あの娘だってとても優しい心を持っています。そんな彼女に人間を殺す理由があるなんて、殺すなんて、私にはとても考えられなかったのです。

 すると彼は、悲しそうに―――けれどどこか怒っているような、そんな、私たちにはできないような顔で私に告げたのです。ヤドの身体にあった、無数の傷。夥しい火傷―――その真実を。


「あれは、迫害のあとだ」


 もしも、ヤドが記憶を取り戻していたなら。

 彼女は人間を憎んでいる、と。


 ふぅ。

 私も話し疲れてしまいました―――少し休憩を挟みましょうか。紅茶のお替りでもいか……あら、店主さんがいらっしゃいませんね。煙草でも吸いに出られたのでしょうか?

 ……迫害。私はその時初めて、人間のそれに触れたのです―――それは私にとって恐ろしいというよりも、当時はよく分からない、というのが正直なところでした。私たちだって喧嘩はしましたけれど、どうして同じ人間同士で傷つけあうのか分からなかったのです。


 さて。話を続けましょう。


 「あの仔」を見守りながら、私はばれないようにこっそりと、ヤドのことを監視していました―――「あの仔」の話は、今話すべきではないのでしょうね。そう、「街」に連なる物語の、最後にお話させていただきます。

 それを語るには私にも、心の準備が要るものですから。

 さて、監視をしばらく続けてみたものの、ヤドには至って不審な点は見受けられませんでした。毎朝七時には起きて、伯爵のためにお供人形たちと朝食の支度をします。八時から九時ごろにしか伯爵は起きてきませんので、それまでは読書をしていました。三体と一人でで朝食をとった後は邸宅を出て、人形師の工房で医師人形と作業や研究をしたり、やってきた人形たちの修理の手伝いをしていました。怪しんでいるとはいえ彼女も日が暮れる前には帰らされ、明るいうちは街の広場やストリートをぶらついて買い物をしたり、買い食いをしたり。 そして夕暮れにはお土産を持って、屋敷に帰り着いていました。

 行儀のよい、年頃の娘。私のヤドに対する評価は、かけらも変わりませんでした―――正直なところ、私は安心していたのです。

 そうして、私が彼女を監視して半月が経ちました。

 半月の間に新たに見つかった死体は、最初の一人を除いて三人分にまでのぼりました。

 けれど、初めの一回目ほど街は騒然としませんでした。「うわぁ、またか」と顔をしかめ、冥福を祈る程度のものです。だって、結局、「街の住人」には一体も被害が出ていませんでしたから。

 そういうわけで、彼女の疑いは晴れたのですが―――私は失念していたのです。

 伯爵人形が、こっそりと一体で散歩するのが好きだということに。


 事件の解決は、突然で、なんの前触れもありませんでした。

 ……私たちの誰にも、心の準備をさせてはくれなかったのです。ヤドも、例外ではなく。

 

 ある日、私と人形師、そして「あの仔」は伯爵邸でのパーティに招かれました。二体の弟子人形である、医師人形と産婆人形も一緒でした。その日もヤドは医師人形の手伝いをしていたので、仕事終わりに全員でそのまま屋敷へ向かうことにしたのです。

「父さんも前々から楽しみにしていたから、今日は是非楽しんでいってください」

 そう言えば言いながら、彼女は両開きの豪奢な扉をノックしました。ですが、普段はとてとてと駆けてきて扉をあけてくれるお供人形たちが、待てども待てどもやってこないのです。

 不思議に思った私たちは、軽い気持ちでドアを開けました。すると、広い玄関は、

 

 一面が赤黒く染まっているのでした。


 ―――錆びた鉄の匂いというのは、どうにも不快なものです。私たちには動かなくなった同胞の残骸、遺骸の錆びた匂いですし、貴方がたにとっては血液の匂いですから。その匂いは私たちに、ようやく危機感をもたらしました。

「……君は、ヤドを頼む。サンバはこの仔と一緒に街へ急いで、騎士人形を動かせるだけ連れてきてくれ。イシは、ぼくと来てほしい」

 そう言うと人形師は、速足で歩き始めます。血の赤黒い絨毯が、なにかを引き摺ったように突き当りの大広間へ続いていました。医師人形―――イシが慌ててその後を着いてゆくのを、私たちはただ茫然と眺めていることしかできませんでした。

 

 それから、十分も経ったでしょうか。待っている私たちには何時間とも感じられましたが、突然、耳を劈くような金切り声が聴こえたのです。人形でも、無論人間でもない、恐ろしい怪物が吠えたかのような叫び。私は何が起きたのか分からず、一瞬硬直してしまいました。

 その隙を、ヤドは逃しませんでした。「父さん!」と叫ぶや否や、奥へと駆けだしていってしまったのです。

 いけない、ヤド、危ないから戻って―――私は追いかけましたが、何分彼女は数年間ここで暮らしてきたのです。地の利はあちらにあったといいますか……私が飾りの鎧と途中で正面衝突したといいますか。

 む、店主さん、今笑いましたね―――貴方もなんですかその顔は!

 ……こほん。

 失礼しました。


 ともかく、私は必至に追いかけましたが、彼女の方が早く大広間にたどり着いてしまったのです。私がようやく広間に続く大きな扉に参じますと、そこには先行した二人の背中が長いテーブルの奥に、そして、彼らの足元に―――なにかに縋りつく、ヤドの姿がありました。

 私が恐る恐る扉をくぐると、辺りに漂う錆びた匂いがぐっと濃くなり―――見れば、まるでパーティの装飾のように、人間の四肢が散乱し……すいません、ご気分を悪くされたでしょうか。……大丈夫、ですか?

 では、話を続けさせていただきますね。ご気分に障ったらいつでも言って下さい。

 近づいてみると、ヤドが縋りついて泣いているそれは、伯爵人形なのでした―――今にも活動を停止しそうなほどに崩れかけた。

「父さん、父さん、父さん……」

 人形師とイシは、ただ目を伏せてそれを見ています。私も状況が呑み込めないままただ見ていることしかできませんでした。数分の間ののちに人形師が「帰ろう」とだけ言い、こちらへ向かってきて―――すれ違いざま、私にこう囁きました。

「犯人は、伯爵だった」

 私がその一言に驚愕するなか、伯爵の首が、ギギ、と音をたてました。

 その目はヤドに向いています。

「ヤ ド……」

「吾輩は  おまえの」

「……ホントウの 父に―――なりた か」

 がしゃり、と伯爵の頭が崩れ、床に墜ちました。

 

 あとには困惑する私と、悲しそうなイシ、そして亡き父の首を抱きしめて泣きじゃくるヤド。そして哀れな犠牲者たちだけが残されたのでした。


 あとで人形師から聴いた話では、伯爵人形はヤドの傷、記憶喪失が迫害によるものなのだと気づいていたそうです―――彼女がかつていた村も、その主犯となった人間も、「散歩」のついでに調べを付けていたのでしょう。

 そしてじっくりと、時間をかけて、彼らを殺したのです―――彼女の復讐のために。

 森の獣たちのナワバリに、縄をかけて置き去りに。そして次の日には、あの凄惨な死体が出来上がっているという寸法だったのですが―――彼にとって予想外だったのは、人間側も警戒していたということでしょう。犠牲者の一人が死んだふりをして、致命傷を負いながらも散弾銃の一撃を喰らわせたとのことでした。

 街は悲しみに包まれましたが、誰も伯爵を「人殺し」と罵るものはありませんでした―――彼はみんなに愛されていましたし、その彼が道を違えて壊れてしまったことを悲しむことでみんな手いっぱいだったのです。こうして人形墓地には、真新しい墓が。街には新たな家名を背負った伯爵人形が、それぞれ一つずつ増えたのでした。


 これで、伯爵人形―――気高きダリウス・パーシヴァル・フォン・ミュカリ伯爵の話はおしまいです。彼はこの名に誇りを持っていましたから、もう明かしてしまってもよいでしょう。……あら、もう話していましたっけ。

 ……彼が行ったのは、義だったのでしょうか、それとも悪だったのでしょうか?私には数千年経った今でも、その答えがわからないままなのです。

 ええ、きっとあなたにも、わからないのでしょうね。

 伯爵が何を思ってそうしたのか、自分をどちらと思ってやっていたのかも、今となっては分かりません―――わかりませんが、一つだけ私にも分かることがあります。


 伯爵は、ヤドにとっては本当に「父さん」だった、ということ。


 ―――あら、あなたもわかってくれますか?

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