第3話 発見

ここは地獄の東二丁目。空は赤く、おどろおどろしい重低音が辺りに鳴り響いている。

 悪魔には心が落ち着くクラシック音楽と変わらないが、地獄のあちこちで刑罰を受けている人間にとっては、苦しみを倍増させる不協和音だ。

 周りを見渡すと、低級悪魔に特大の金棒を尻に挿れられていたり、特大のデーモンの肉棒に奥深くまで二穴を貫かれていたり、首輪を着けて引きずられている人間が多数いた。

 現世で罪を犯した人間や、悪魔に魂を売った人間が死後ここや八大地獄に連れてこられて、罪滅ぼし、あるいは悪魔のお遊びとして人間の倫理的には許されない責め苦を味あわされているのだった。

「こんな田舎に来るのも久しぶりね! あいかわらず寂れて活気がないわね。人間の悲鳴もほとんど聞こえないじゃない」

 地獄界は九つに分かれていて、一つを除いて八大地獄と呼ばれている。

 八大地獄は悪魔の勤務地であり、悪魔向けの出店や居住地もあることから人間界の呼び方をもじって死多町と呼ばれている。円状にそれぞれ位置していて、その中心にあるのが無間地獄という、上級悪魔の主な居住区がある。

無間地獄は北地獄、東地獄、西地獄、南地獄と分かれていて、北地獄は超三王が住み、南地獄は六王が住んでいる。

 東地獄と西地獄は、七十二柱がそれぞれ好きなように住んでいる。それぞれ文化もある。

 人間界で言う関東と関西のようなものだ。

 アスタロトは超三王の中の一柱なので、当然北地獄に家を構えている。しかし、あ

まり帰らずに普段はよく人間界をうろついている。

 最近は人間界の六キングのプロデュースに忙しいため、なおのこと自宅に帰らず、最近付き合おうと狙っている人間の男の家や、ネットカフェで過ごしている。むしゃくしゃしたらマンスリーマンションに帰って物を壊すのだ。

 おかげでアスタロト家はかなり汚い。閑話休題。

「ここから六の六六に行けばいいのよね。それっ」

 アスタロトは空を飛んで、目的地へと向かった。

「あー、あれいいわね。今度人間界で試してみようかしら」

 左下を見渡すと、一面疑似的に作られた青い海が広がっている。そこでは人間の真似事でいくつかの悪魔かサーフィンをしているのが見えた。

「あっ、波に飲まれた。でも楽しそう。今度あいつも誘ってみようっと。おニューの水着も見せたいし……あっ、おそらくあの豪邸ね。バアルの家は」

アスタロトは目的地の玄関前に降りたち、彼女の背丈の二倍はあろうかという門から

屋敷を見上げた。ホワイトハウスのような西洋の豪邸。警備は必要ないのでいない。

 正面から入れば窓から住人にすぐ視認されるのは間違いなかった。そのため、裏から入る必要がある。

「スレッドでバアルに直接今家にいるか確認が出来たらいいんだけど、そうしたらあたしの行動がみんなにバレちゃうからね。とにかくさっさと忍び込みましょ」そう言うと、アスタロトは再び空を飛び、裏から敷地内に降りた。

 目の前には勝手口がある。豪邸なのに勝手口があるのは違和感があるが、地獄で犯罪を起こす馬鹿者はそういないので問題なく不動産が利便性を主として備え付けていることが多い。

 ガチャ。

 鍵はかかっていなかった。

 アスタロトは小声で断りを入れて家の中に入った。

「おじゃましまーす」

 バタン。

 なるべく音が鳴らないようにそーっとドアを閉めた。

 アスタロトは集中して、家の中の気配を感じ取った。中には特に誰もいないようだった。

「しめたわ。バアルは外出してるみたいね。それもそっか、あんな依頼出しといて自分だけ家でコーヒーブレイクだなんて、何様だって話になるもんね。じゃあ、とりあえず……」

 彼女はまずダイニングを簡単に物色した。透明のガラスが張られた食器棚や、キッチン周りを見てみる。特に本がありそうな気配はない。

 次にリビング。テレビの裏や、ソファの隙間、オーディオコンポの周りなど、ありそうな所を探したが、どこも全くピンと来るところがなかった。

 その他の部屋も探してみたものの、どこにもそれらしいものは見つからず、一時間が経過しようとしていた。

「ないわね……となると、庭か、寝室かな?」

 彼女は二階に上り、バアルの寝室と見られる部屋に侵入した。

「あたしの予想では、きっと寝ぼけてそこらに置いたんじゃないかと思うのよねー。例えば布団の中とか」

 アスタロトは羽毛布団をめくってみたが、赤い本はなかった。その代わりに、表紙にDIARYと書かれた大学ノートが見つかった。

「なにこれ?」

 悪魔なので悪いとは思わずに、ノートを開いた。

 すると驚愕の事実が見つかった。

 そこにはずらずらと、ある男性との日々が綴られていた。

「あはははは! こいつ人間の男と付き合ってるっぽいわね! 純情あふれることをたくさん書いてるわ! あはは!」

 いつ手を繋いだとか、キスをしたとか、結ばれたというものがその時の感想と共に記されていた。甘酸っぱくて、見ているほうが赤面してしまう程緻密に書かれていた。

「バアルはアレね、人間に騙されて赤い本を奪われたことから、ちっとも学習していないのね! そんなことだからあたしに赤い本を奪われちゃうのよ!」

 彼女はからからと笑ったが、自身も最近本気で付き合いたいと思っている人間の男がいることを思い出して、真顔になった。

 魔法も使えない普通の人間の男だ。運命とは不思議なものだと最近思っていた。

「……まぁ、たまにはいいかもしれないわね。あたしも彼と付き合い出したら、バアルのことを笑えなくなるし……じゃなくて、本! 本はどこ!?」

 目的を思い出して、寝室を探し回った。

「あとは、ベッド下ね。えっちな本じゃあるまいし、こんなところにある訳ないと思う……け……ど」

 予想に反して視線の先には赤を貴重として装丁された本が置いてあった。

 アスタロトは感動で手が震えた。

「あった! あったわ! やったあ!」

 アスタロトは喜んで叫んだ。

「これで私の未来が、輝かしい未来が……」

 ベッド下から手に取って、喜々としてペリッと一枚めくった。

 そこから一枚の紙が下にふわふわと落ちた。

「ん? なによ、こ……れ」

 それを見たアスタロトは絶句した。

 書いてある内容はこうだった。


 「残念だったわね、アスタロト。まぁ、お疲れさま。わたしに足を舐めさせるのはもっと先になりそうね」 byルシファー

 「お疲れさまー。今度足くらいなら舐めてあげるわよー。もしあなたがわたしの足を舐めてくれるならねえ」 byベルゼブブ


 聡明な二柱は最初からバアルは自宅でなくしただけだと見抜いていたのだった。さらにアスタロトが気づいてここに来ると予想して、こんなふざけた紙を残したのだった。

 顔面蒼白になったアスタロトが本のページをめくると、それはアスタロトの写真がたくさん張られたアルバムだった。それも、アスタロトの自宅に置いてあるアルバムだ。

 つまり、こうだ。アスタロトや他の悪魔たちがパンダ珈琲店に向かう間に、すぐ二人はアスタロト家に向かい、鍵が閉まっていないドアを開けてアルバムを回収。バアル家に行ってアッピンの赤い本を回収。アルバムとカバーをすり替え、ふざけた紙を挟む。そうして素知らぬ顔で欄千葉駅に行き、アスタロトに話しかける。アスタロトがバアル家に行く頃には、二人でお茶でも飲んで醜態をあざ笑っていたのだろう。

 なんと鮮やかで、頭のキレる動きなのか。

 アスタロトは怒りを通り越して、感心してしまった。

「……適わないわ、こりゃ……」

 アスタロトはアルバムを手に取って、元のように勝手口から出て、自宅に向かった。

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