第2話 駆け引き
アスタロトは地獄にある自宅から欄千葉駅に降り立った。
スレッドを見ると、もう三スレ目に到達している。この機会を逃してなるものかと、数々の悪魔がスレッドで、バアルに落としたと思われる場所について尋ねていた。
散りばめられた情報をまとめると、こんな感じだった。
①日本に落とした可能性が高い
②欄千葉の喫茶店に置いてきた可能性が高い
③おそらくパンダ珈琲店に置いてきた
バアルが思い違いをしている可能性もあるので、実際のところはわからないが、とりあえずパンダ珈琲店に行ってみることにした。
千里眼の能力を持つ、赤髪ロリ体型のヴィネや全体的にコーディネートが黒いアンドロマリウスに尋ねてみるということも考えたが、二柱ともスレッドにコテハンでレスを書き込んでいたので、この騒ぎに参加している、つまり嘘をつかれる可能性があるため止めておいた。
悪魔の世界では騙すことは正義なので、騙されても文句は一切言えないし、むしろ誉められる行為なのだ。
また、超三王の一人として、下の悪魔に頼ったあげく見つけられなかったとなると、今よりさらにイメージが低下するような気がしたのも理由だった。
「誰も信用できないところが悪魔の辛いところよね……そういう意味では味方にするなら人間がいいわね。手っ取り早く適当な人間を手懐けよっと」
ちなみに今の彼女の服装は、デニム生地のキャップに、髪は細くて赤いリボンでツインテールをつくり、トップスは黄色に白地でagreement! とプリントされたTシャツ、ボトムスはドクロのベルトを着けて、ダメージジーンズ。履いているのは黒のニーハイと、ワンストラップのパンプスだ。少し遊びたがりの活発ロリをイメージしている。
人間を使役するには、まず自分に十分な感心を抱かせなければならない。心の隙が出来た瞬間に、悪魔の名に応じて命じるのだ。
彼女は不本意ながら、自分のロリ体型が様々な男性に需要があるということを知っているので、意図的にこういうファッションを人間界では心がけている。
闊歩する人間たちの中から小太りでチェック柄のカーディガンを羽織ったオタクっぽい男性に目を付けた。
「よし、まずはあいつにしよっと」
彼女は小走りで近づいていった。
「ねーねーおにいさんっ! あたしロッテっていうの! 一目見て気に入っちゃった! あたしとこれから遊ばない?」
アスタロトは精一杯愛嬌を振りまいて言った。
だが、その男から返されたのは冷たく事務的な言葉だった。
「駄目です。わたしは悪魔『ダンタリオン』様の名のもと、行動しています。他の悪魔の方の要求は受け付けられません」そう言って、男はその場から去っていった。
アスタロトの眉がピクピクと動く。
「マ、マジですか……ダンタリオンちゃん、行動が早いね……」
ダンタリオンは白のブラウスに灰色のパーカーを着た、黒髪ストレートロリだ。思考操作が得意で、本好きで、厭世的な性格。
ほとんど外には出ないタイプだと思っていたのに……。何かしたいことでもあるのだろうか。
「やばい、もしかしてあたし出遅れてるのかな? ちょっと目を凝らして周りを見てみよう……」
上級悪魔ともなれば集中して人間を視ることで、他の悪魔との契約状態がわかる。普通の人間は悪魔と契約なんて出来ないので、普段は人間界で使わない能力だ。
見渡せば、なんと周りの人間の三割以上は誰かしらの悪魔に既に使役されていた。
「ちょっ、これやばくない!? みんなどれだけ手が早いのよ! むきーっ! これじゃまるであたしがおくれてる悪魔みたいじゃない!」
地団駄を踏んだアスタロトの左肩に、背後から細くて白い手が置かれた。
「あなたはおくれてる悪魔よ。普段からそう自覚させてあげてるじゃない」
彼女がはっとして声が聞こえた方向を向くと、もっとも服従させたい悪魔の中の一柱が人をバカにしたような表情をして立っていた。
「ルシファー……あんたまで参加してるの」
見慣れた長身黒髪の巨乳女、ルシファー。
「あらあら、まあ。アスタロトちゃんまでこんな騒ぎに参加しちゃって……おかげで柱が足りない地獄は今、罪人たちの休憩タイムと化してるわよぉ」
おまけにベルゼブブまでいた。
「ベルゼブブまで……」
「驚いたのはこっちも同じよ。まさか『怠惰』のあなたまでこの騒ぎに参加してるなんて、思わなかったわよ」
「アスタロトちゃん、どうしたの? そんなに服従させたい人がいるの? それとも、服従させたい柱かしら? まさか、わたしたちとかー?」
ベルゼブブは全てを見通しているかのようにふふっと微笑んだ。
「ぐぬぬ……そうよ! あんたたち二人にあたしの足を舐めさせてやるためにね! 絶対にアッピンの赤い本を手に入れて、ひーこら言わせて服従させてやるんだから!」
アスタロトはあっかんべーと舌を出した。
ルシファーはふんっと鼻を鳴らした。
「どうしてそんなに怒っているのか、わたしにはわからないけど。まあ、せいぜい頑張りなさい。わたしたちならともかく、バアル以外の悪魔にあの本を手に入れられるのはいささか危険な気がするわ。わたし直属のルキフグスとかなら別にいいけど」
「アスタロトちゃん、お望みなら足を舐めてあげてもいいわよぉ。その代わり、そのままもぐもぐと頂かせてもらうけどねえ」
ベルゼブブが不気味にじゅるっと音を立てて舌なめずりをした。
「ふんっ、食べられるのはごめんだわ! あたしはあんたたちが全裸で泣きながら、あたしの足を舐めるのを見たいのよ! ついでに面倒な六キングのプロデュースも押し付けてやるわ!」
アスタロトは負けじとない胸を張って答えた。ノーブラなので、二つのつぼみが服の上からくっきり浮いて見えている。
ルシファーはその右胸の先端を人差し指でポチッと押した。
ぷにっ。
「きゃっ! 何すんのよばか!」
「別に……なんとなくよ。まあ、さっきも言ったけどせいぜい頑張りなさい。わたしたちは様子を見に来ただけで、参加する気はないわ。あまり地獄を空けておくのはよくないもの」
「えっ、そうなの?」
「そうよお。わたしは無様な悪魔たちの争いがどこまで広がってるのか見に来ただけ。結構大変なことになってることはわかったからもう帰るわあ。アスタロトちゃん、あんまり騒ぎになることは止めてよねえ。目立つことをすると忌まわしき聖職者たちがうるさいんだから。見つけるんならさっさと見つけて帰ってきなさいよお」
ベルゼブブは母親が子供をたしなめるように言った。もちろん嫌味を込めてわざとそうしている。
アスタロトは頬を膨らませて怒った。
「むきーっ! またガキ扱いして! ……まあいいわ。言われなくてもさっさと見つけるわよ」
「そうして。じゃあ、また。グッバイ」
ルシファーは指を鳴らすと周りに風を巻き起こし、黒い煙となって地面に吸い込まれていった。
「六キングについての報告書、明日には提出してねえ。じゃあ、またねえ」
ベルゼブブは地面に沈み込むようにしてその場から消えた。
一人残されたアスタロトはため息をひとつ付くと、顎に手を当てて考えた。
集中して周りの音が一切聞こえなくなる。
これだけの悪魔たちが既に欄千葉駅にいるということは、既にパンダ珈琲店には誰かしらが行った可能性が高い。
ポケットからスマホを取り出して、スレッドを開いた。六スレ目に突入している。
バアルは記憶が頭打ちのようで、他にはピザを頼んだ気がするとか、大のトイレには行っていないなどというしょうもない返信しかしていなかった。また、パンダ珈琲店で赤い本を見つけたというレスは付いていない。
既に何柱かの悪魔はパンダ珈琲店に行ったり、人間を使役して行かせたりしているだろう。しかし、その結果どうだったかというレスは一切なかった。
これはおそらく時間稼ぎのためだ。実際に行ってみて何もなかったと書き込むことは、敵に塩を送る行為にすぎない。もしあったのなら、声高々に勝利宣言をするだろう。少なくとも自分ならそうしている。と、なれば。
「パンダ珈琲店には無かったのね、赤い本……」
アスタロトは憮然とした。無駄足だったということだ。
「じゃあ、いったいどこにあるのかなあ。今までのバアルの動きや発言から推測できないかなあ」
彼女は今までのバアルとの会話を思い出した。
「あれは確か三十年前かな、バアルが召喚者にどギツイセクハラをされたとかで、うちの家まで泣きついてきて、アスタロトさんは話しやすいとか、超三王様の中でも親しみがあるとか不名誉なことをぬかしてきて、朝まで人間界のアニメを見ながらお酒を飲んで……しばらくしたらあたしがDVDがないことに気が付いて、バアルに連絡したら、『すみません、わたしが酔って持ってきちゃったかもしれないですぅ』と言ってきたから怒って探させて、見つからないとか言い出したから速攻で電話切って、ムカついてクローゼットを叩き割ったら裏からDVDが出てきたってことがあったっけ……あれには参ったというか、さすがに部屋を掃除しなきゃなーとか、バアルもバアルで余計なこと言うなよなーって思ったことがあったけど……ん?」
アスタロトは一つの可能性に行き当たった。
「もしかしてあいつ、本当は外でなくしたんじゃなくて、家でなくした癖にパンダ珈琲店でなくしたかもしれないと早とちりをして、スレッドを立てたんじゃないのか? ……そうよ! それに違いないわ!」
アスタロトは人目もはばからず、歩道の真ん中で高笑いをした。
「ということは、バアルの家にある可能性が高いわね。で、それをこっそり忍び込んで見つけて、あたかも外で見つけたかのように振る舞えば……なんて名案なの! あたしってやっぱり天才ね! さっそくバアルの家にいかなくちゃ!」
彼女はバアルの家が地獄の東二丁目六の六六にあるのを知っていた。
バアルはコミュニケーションが苦手なので、交友範囲が限られている。住所まで知っているのはアスタロトを含め、それほど多くないはずだった。
「早速行ってみましょう! えいっ!」
アスタロトが右足でトンッと地面を叩くと、紫色のシルクのカーテンが彼女を包み、その場から姿を消した。
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