恋するアスタロトと赤い本

@nekogamikennsinn

第1話 逆転チャンス

ガシャン! パリン! ミシッ。

「もーっ! ルシファーちゃんもベルゼブブちゃんもほんっと頭に来るんだからーっ!」

 悪魔の超三王の中の一柱であるアスタロトは、怒りにまかせて自宅のマンスリーマンションで、物に八つ当たりをしていた。

 景気よく食器、家電を無惨に破壊していく。壊れた掃除機からは死んだゴキブリが一面に散らばった。

「あいつら、またあたしのことをバカにして! なにが『あなたには所詮六キングを統制するのは無理だったようですね。大人しくたかだか四十程度の下級の悪魔を使役していればいいのです』だ! ルシファーちゃんはいつもそうやって人をバカにして! 自分が人間に一番もてはやされてるからってちょーしに乗ってるよね!」

 ルシファーとは別名「サタン」と呼ばれる人間界で一番有名な上級悪魔、皇帝ルシファーのことである。

 「傲慢」の称号を持つ悪魔らしく、自分より下の相手を見下している。 さらさらの黒髪ロングで体型はスラッとしていて巨乳。なぜか人間の女学生が着るブレザーを愛用している。 

「ベルゼブブちゃんも酷いよ! 一人だけルシファーちゃんに全然見下されないし、なにが、『わたしはよくわかっていますよ、あなたが大した悪魔じゃないってこと。たった六柱程度の悪魔へのプロデュースひとつ出来ないなんてこと、むしろ貴方らしさだってこと』だよ! 「出来ない」んじゃなくて、「やらない」の! あたしは「怠惰」なんだから!

 ベルゼブブとは、ルシファーと同等の地位と「暴食」の称号を持つ上級悪魔だ。

 緑髪ショートボブで、日本の着物を着ている。友禅染で一番高級なものだ。おっとりとした性格だが、毒舌。たまに喋ったかと思うと、その時一番言われたくないことをピンポイントに言ってくる。ちなみに胸はルシファーより大きい。

 蠅の王、また、スカトロ趣味があると呼ばれるのを相当嫌っている。万が一それに関することを言うと顎を外して頭から食べようとしてくるため、ベルゼブブと会話をする時は発言に気を付けなければいけない。

 彼女は、最後に家電量販店から盗んできた東芝REGZA58インチのテレビを必殺のチョップで破壊すると、幾分か気持ちが落ち着いた様子になり、灰茶色の一人掛けソファーにドカッと音を立てて座った。

 「はぁ……はぁ……少し落ち着いたわ。全く。そもそも『六キング』なんてアイドルグループ自体なんか気持ち悪いのよ。『人間があがめ奉る偶像を作り上げて信仰を手に入れる』って発想はいいけど、あんな下等の生物たちのために握手だのライブだの、こっちが奉仕するっていうのが気に入らないわ! そんなもんのためにこのアスタロト様があくせくプロデュース活動なんて面倒くさいことをしなきゃならないっていうのも本当に気に入らない!」

 現代の人間界は事件が多発し、治安が悪く、世に不安が溢れていた。 

 昔はそういった時、神様への信仰が多くなる傾向があったが、全然助けてくれない神様に近頃の人間たちは愛想を尽かし始め、なんと悪魔を信仰するものが増えていた。

 その空前の悪魔信仰ブームに乗り、人間の姿に形を変えた上級六大悪魔のルキフグス、サタナキア、フルーレティ、ネピロス、アガリアレプト、サルガタナスが、ルシファーの命に依って「六キング」というアイドルグループを結成。

 今をときめく大ブームとなり、人間界から多くの信仰を手に入れることに成功した。

アスタロトは超三王の中でも一番地位が低いため、プロデューサーという面倒な仕事を二柱から押し付けられているのであった。

「あいつら全然言うこと聞かないし、愚痴は言ってくるし、勝手に人間と付き合い始めたりするし手に負えないわ! あたしだって彼とまだ付き合えてないのに平気でディープな恋話してくるし、ほんとイライラしちゃうわっ!」 

六キングは全員個性的な性格のため、言うことを聞いてくれなかったり、勝手なことをしたりする。

 一応恋愛禁止という規則を設けているにも関わらず、適当な人間の男性を見つけて、自分のものにしようとしたりするのだから困りものだ。悪魔の癖に人間への興味が強すぎる。

 彼女は近くのキャビネットからスマホを掴んで、自分が最近本気で付き合えないかと狙っている人間の男からLINEが来ていないか確認して、来ていなかったので落胆し、その後ディープネットに繋ぎ、「悪魔の専用掲示板」を開いた。

 「悪魔の専用掲示板」とは文字通り悪魔にしか接続できない特別なサイトだ。

 しかし、優秀な魔法使いがたまにこのサイトにアクセスしてきて、「救援求ム! 二十四歳の魔法使いです。契約お願いします」なんてスレッドを立てていることがある。

 これに契約できると、召喚者から強い信仰を集める事が出来て、悪魔としての力が高まるので、スレッドが立った瞬間に身の程知らずの低級悪魔たちがここぞとばかりに『初級悪魔です。人が殺せます。特技は拷問です。宜しくお願いいたします。呼び出す呪文は……』などとレスを付けたりする。

 そのあさましさを見てアスタロトは馬鹿笑いをして、日々のストレスを開放していた。

「プッ、またクロケルちゃんが『自分は悪魔ですが天使にもなれます。お得ですよ』とかレス付けてる。意味わかんないし! おもしろー」

 彼女がソファの上で下品にM字開脚をして、パンティー丸出しで他のスレッドを見ているときだった。

 ピコン。 

 新しいスレッドが立った。

「お、新しいスレね。なになに……えっ?」

 それを見た瞬間彼女は、身体に電流が流れたかのような錯覚を覚えるほどの、衝撃を受けた。

「『バアルです。アッピンの赤い本をなくしてしまいましたー』って、えっ、マジ?」

 アッピンの赤い本とは、ソロモン王に封印された七十二柱の悪魔の中でも人間たちから一番信仰を集め、全盛期にはキリスト教徒に一番の目の敵にされていたという、名誉な経歴を持つ悪魔のバアルがいつも持ち歩いている本だ。

 その本には、「世の万物全ての真の名前」が記されており、それを唱えるとどんな存在でも絶対服従をさせることが出来るという逸品だ。

 バアルはいつも茶色のベレー帽をかぶり、茶色の髪を三つ編みにして瓶底メガネをかけて、ドジっ娘で、強者の余裕なのか野心がなく、その本の力を他の悪魔に使うなどという発想がないピュアな性格をしている。

 そのため、別に持たせておいても問題ないと、周りから奪われるようなことは今まで一度たりともなかった。それが、なくした?

 彼女はすぐにスレッドを開いた。


 1:バアル@本物ですぅ

 「スレタイの通りですぅ。本をなくしてしまいましたぁ。わたしったらドジで、この前日本に旅行に行った時にどこかで落としてしまったようですぅ。大至急探して欲しいですぅ。見つけてくれた方にはアッピンの赤い本を差し上げますぅ。わたしが持っていても使わないし問題ないですけれど、あれがアーガイル君のときみたいに人間に渡ってしまったら大変ですぅ。重ねて至急お願い申しあげますぅ。」


 彼女はわなわなと慄いた。

「こっ、これは……大チャンスなんじゃないかしら! うだつが上がらなかったわたしにもようやくツキが回ってきたわ! 絶対に手に入れて、ルシファーちゃんとベルゼブブちゃんにわたしの足を舐めさせ、部屋を片づけさせ、六キングの仕事を押しつけるチャンスだわ! ぜったい、絶対に手に入れてみせるんだからぁ!」

 彼女は携帯をスカートのポケットに入れて、ソファを勢いよく立ち上がった。

「それと、新しく72柱の悪魔どもを六キングよろしく、AKM72とかにして、新たにルシファーやベルゼブブに押し付けるのもいいわね! あと、そうね、あ、あいつをわたしに振り向かせるためにいろいろと使ってみるもいいわね、うん」

 彼女は最後の方だけ小声で呟いた。耳まで真っ赤になり、赤面している。雑念を振りあ払うようにかぶりを振ると、早速身支度を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る