6・暴走の果てに

 二年〇組と言えばあの「サル型ロボットウキえもん」のクラス――。そんなふうに隣のクラスの生徒が話しているのを耳にした。

 工作部分がほとんど完了したウキえもんは、車輪での移動が大変なのもあり、放課後も〇組の教室に残ることが多くなった。律歌達ロボ研はその場で、学習具合をチェックしたり、テストしたり、新しい動作を覚え込ませたりといった作業をしている。新谷や槇は教室に居残って駄弁りつつちょっかいを出すし、ウキえもん本人も大忙しだ。

「もうすぐ文化祭じゃん? どーする?」

 槇がバナナを食べながら尋ねる。

「その話したいな。部活ないやつちょっと残ってよー」

 新谷が教室全体に号令をかける。帰りかけた生徒が足を止め、鞄を下ろした。

「そりゃあ〇組って言ったらやっぱロボットっしょ!」

「だよな~!」

「異議なし!」

 新谷の言葉に、沼井や布川、その他女子生徒含めそこにいる誰もが賛成していた。

(あれ……いつの間に……そんな話に)

 添田もその場に付き合っていた。

「横断幕もロボットをテーマにするとか?」

「俺らのクラスのトータルデザインはロボットにしてさ、こう、歯車とかをいっぱい描いて……。あとバナナ」

「いいねえ~!」

「クラスのグループLINEに提案書いとくわ!」

 スクールカースト最下位の元凶だと添田が思い込んでいたウキえもんが、クラスに受け入れられていく。

「LINEといえば、ウキえもんスタンプあるんだけど見る?」

 化粧の派手な赤坂がスマートフォンを取り出す。

「見る!」

「美術部の高橋さんが作ってた」

 ほいっとグループLINEにウキえもんスタンプが投げ込まれる。実写のウキえもんにラクガキをしてキュートに加工したスタンプだった。

 えっ……ウキえもんの……LINEスタンプ!?

「ウケる~。うちも買う~!」

 その場で添田も密かにポチった。

 背面電子黒板前でウキえもんをパソコンから操作していた律歌が、ふと手元に目を落として首を傾げる。

「んん? えーとこれがこうで……あれっ」

 ウキえもんのモーター音がいやに大きくなった。エンジンのアクセルを踏んだ時のように。添田は思わず背面黒板の方を見た。

「わ……」

 その時だった。添田の斜め後ろの席の机がものすごい音を立てて押し出されて、ウキえもんが眼前に迫ってきた。ドアが勢いよく閉まった時のような風圧だ。何人かの女子の悲鳴が上がる。グググググという回転音と共にウキえもんは向きを変えている。

 なんだ!? 何が起きた?

 ウキえもんはまたものすごい速度で壁の方へぶつかる。まるで我を失った闘牛のようだ。

「待って! ウキえもん、止まって!」

 律歌の悲痛な叫びが鳴り響く。ウキえもんからまた向きを変える音がする。グググ……。目が合った。とっさに避けなければと思うが、体が言うことを聞かない。ググ……。ウキえもんが動いた。パチンコ玉が放たれたように、開いていたドアから廊下へ飛び出していく。一部の女子は恐怖で泣き出した。

「出てったぞ!」

「おっ、おい! 人いないか?!! ウキえもんは!?」

 槇と新谷がとっさに廊下を確認する。

 数人があとに続く。添田も廊下に出た。男子生徒が歩行している。

「逃げろ!」

「わあ!」

 壁に向かって突進するウキえもんを、男子生徒は後ずさりして回避した。

「みんな! 教室から出るな!」

 槇が廊下中に響き渡るように大声で叫んだ。通り魔でも現れたかというような緊張感が漂う。ウキえもんのググググという音がまた響いている。次はどこに鉄砲玉が当たるのだろうか。嫌な想像が脳裏をよぎった。ウキえもんが壊れる……! 半年と夏休みを費やして作った俺達のウキえもん! もう何回ぶつかった?! 四回か? 既にどこかやってるかもしれない。自作ロボットに安全機構などないぞ。それに、ウキえもんが生徒を怪我させてしまったら? 職員会議なんかになったら? ロボット開発が中止になったら? ロボットのクラスと言われた二年〇組の評価も落ちるだろう。末松は何してるんだよ!

 ようやく開いたままのノートパソコンを手に教室を飛び出してきた律歌は、ウキえもんの元へと全速力で走った。投げ捨てるように添田にパソコンを押し付けて。

「おい……っ!」

 律歌はウキえもんを追いかけて走っていった。

 新谷が驚いたようにその後を追いかける。

 残っていた生徒達が教室の窓から身を乗り出して、

「誰かなんとかしてよ!」

「緊急停止ボタンとかないの!?」

「どうにかできないのかよ……!」

「添田、何とかできねえの?」

 口々に言われ、沼井にも真剣に尋ねられた。

「そのパソコンでなんとかしてよ!」

 ノートパソコンを指さして布川が言う。

 原田もこちらを見てくる。

 ロボ研のメンバーもこちらを見ているのがわかる。

 槇が叫んだ。

「やばいぞ階段がある! 俺らのウキえもんが壊れるぞ!!」

 はっとした。その先は階段だった。添田は反射的にその場に座り込むと、プログラムコードに向き合った。律歌と、あと原田と自分で作り上げてきたプログラム。その中に、想定と違う箇所がある。

「これだ。自己位置推定のためのマップのプログラムが間違って読み込まれたんだ。ここを工作室だと勘違いして動いている――!!」

 添田は元の教室モデルに書き換えた。今は扉から外に出て廊下を動いていると認識させるためのプログラムに書き直していく。視界の先で律歌が、グググと向きを変えているウキえもんにダイブして羽交い絞めにしている。グ、グ……、と、押え込まれてウキえもんの速度が落ちた。弾かれたように律歌が倒れた。新谷が律歌を受け止める。間に合え!

「落ちる!!」

 槇が新谷の後を追いかけて走りながら叫んだ。

 添田は最後の行を打ち込んだ。 

(これでいける!)

 エンターキーで実行。

(その先にあるのは、なんだ、ウキえもん!)

 電波に乗ってコードが飛ぶ。わかるはずだろう!? 階段だよ! そこにあるのは!

(間に合え……!)

 キーを叩く瞬間祈るように思わずまぶたを固く閉じた。

 ブン、とモーター音が沈黙する。かすかにまぶたの力を抜く。

 焦点が定まらない中でウキえもんの車輪が段にかかりがくっと外れるのが見えた。

「止まっ……た」

 一呼吸。

 辺りには静寂が舞い降りた。

 倒れていた律歌が新谷に支えられて体を起こす。

 ウキえもんは落ちてはいない。

 パソコンを床に置いて操作していた添田は、息を切らしてまだ放心していた。

「すげー。止まったじゃん」

 ほうけたような誰かのつぶやく声が耳に聞こえた。

「おまえほんとにパソコン得意だったんだな」

「やるやん」

「よかった……!」

 前から後ろから口々に褒められている。頭をわしわしされた。

 添田は照れながら立ち上がり、律歌を見る。

 ウキえもんの手を引いて戻ってきた律歌はにっこりと微笑むと、

「ありがとう電卓! ……あ、添田くん」

 しまったと言いなおす。

「電卓でいいよ、もう」

 律歌は一瞬驚いたように息をのんだ。でもすぐにまた微笑むと、大きな声で頼んできた。

「そう! 電卓、ウキえもんの修理を始めなくちゃね」

 律歌はそう言うと教室に戻り、キコキコとドライバーを回して、ウキえもんの修復作業を開始した。

「うん」

 汗が光っていた。涼しい顔で、入学してすぐのあの頃と何も変わらずにそこにいる。ロボットで世界を変えたいと言い出した時も、初めてメールを送ったあの日も、技術の授業で俺に気付かずに褒めている時も、気付いて体育館裏に呼び出した時も、クラスにバレた後も何にも変わらずに、カラフルな日常を作り出している。俺は何度その恩恵を受けたことか。

「うん」

 添田はもう一度頷いて、律歌の隣の席に座る。大好きなプログラミング作業をスタートした。目に入ってくるコードが躍っている。耳に聞こえてくるざわめきが心地いい。キーボードを叩く指が楽しい。世界ってこんなに楽しかったっけ。

「末松……」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 この気持ちにぴったり合う言葉が見つからず、添田はありがとうと心でつぶやいた。砂漠の中のオアシスで大きな魚を見つけたような気持だった。

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