2・サル型ロボットウキえもん

 添田卓士は二年〇組に所属する生徒だった。人生の友と呼べるような級友を持ち、みんなに真似されるようなイケてるファッションで、成績も一番で、モテモテで、魅力的な彼女がいて、クラスで最も中心人物だといえるようなポジションを獲得している男子――を目指している。

 常に勝ち組でいたい。エリートでいたい。大人になったら出世争いして大手企業の中で上り詰めたい。大学受験は誰もが知っているような国立難関大に受かるように。高校で言うならスクールカーストで上位にいること。そして人から羨ましがられるような彼女がいたら最強だ。間違っても、自分のカラーを出しすぎて、周りに引かれたりしないようにするべきだ。そのために高校生の添田は、趣味のプログラミングを封印し、徹底して興味ないふりをしていた。

「みんなー! 今日から改修工事で一週間工作室使えないって! でもみよこちゃんが代わりに多目的室押さえてくれたわ! 放課後に集合ね!」

 添田は思わず引っ張られそうになる意識を無理やり戻した。末松律歌だ。ロボット工作を趣味としている、いわゆるオタクに分類される女子生徒。彼女とは極力関わらないように気を付けていた。根っからのギーク男子である自分の素がうっかり出てしまう気がしたからだ。自分もそんなパソコンオタク仲間だと思われたらひとまとめに括られ、輝ける青春学校生活の計画が台無しになってしまう。末松律歌は彼女候補として選外だ。添田は、クラスの中心人物たちと話を合わせるために、やりたくもない流行りのソーシャルゲームをやったり、話題のYoutubeチャンネルもチェックを欠かさなかったし、クラスメートのSNSを全部巡回しては「いいね」を押しまくっていた。彼女ができたときに備えてデートコースも用意している。当たり障りのないウケのいい趣味を捏造して、「イケてる組」に分類されている自分を誇らしく思っている。

(しかも大層な夢を語っていたな。ロボットで過労をなくすだとか。そんなプログラムなんて書けるのか?)

 ギークとして律歌達の動向をつい追ってしまうのは誰にも言えない秘密だ。律歌達が扱っているのは、どうやらPythonという言語。Pythonは最も人気のあるスクリプト言語で、比較的容易に習得できる。ロボットを作るにはこれだろう。最初に加入したもっさりとした男子は少しばかりプログラミングに覚えがあるらしかったが、彼が得意なのはHTMLというホームページ制作によく使われる言語だった。特設サイトの制作と更新で彼が貢献するもんだから、ついついチェックして彼女達の成り行きを把握してしまう。

 Pythonは添田がメインとする言語ではなかったが、律歌達よりはうまく扱える自信があった。自分はもっと高度な言語で毎日プログラムを書きまくっていて、ネット上で開催される高校生向けの競技プログラミングコンテストの上位入賞もしている。界隈を見てきた分、世界にはすごいやつがいることも知っている。自分の限界も。

 添田は家に帰るとすぐさま律歌達のロボット制作活動サイトをチェックするようになって、Pythonについても触ってみたりしていた。

 律歌達が作ろうとしているロボットは、「機械化する機械」の二足歩行ロボットだとあった。今日の更新によれば、もっさり男子君の友人、小さいもっさり君も入ったようだ。彼はプログラミング方面はからきしで、代わりにプラモデルのような部品の組み立てに興味があるらしく、見た目のデザインを担当することになった。作るのは「サル型ロボット」、名前はウキえもんに決まった。

 ウキえもんは目から得た情報から、自動化・機械化する仕組みを考え出し、それを口からの音声とおなかのポケット部分から出てくる紙で出力するロボットということだった。たとえばウキえもんを起動して、目の前で黒板消し作業をすれば、どうしたら人力で黒板消しをせずに機械がやれるようになるかをピピピピっとはじき出すという寸法だ。ロボットオーディションに通ったら費用をかけて、ウキえもんがその場で道具を組み上げるまでやりたいという。まるで、四次元ポケットからひみつ道具を取り出すかのごとく。

(とんでもないことを考えるなあ……)

 ドラえもんなんて、人類の夢じゃないか。

 一瞬ときめいた添田だったが、すぐに現実問題が頭をよぎる。

(二足歩行って、それだけでも結構難易度高いんじゃないのか。いや、それより、「目の前で作業をすればウキえもんがそれを機械化する仕組みを作る」……って、動作推定AIを使うのかな。そこからどうやって仕組化するんだ?)

 案の定、ちっとも進んでいないままもう一か月が過ぎようとしていた。

 よくもまあこれだけ成果が上がらないまま離散しないものだと思う。どころか、ウキえもんの資料として全員で今週末ドラえもんの映画を観にいくことにしたらしい。

(何遊んでんだ。やっぱりロボット作るなんて口だけだったんだな。そりゃ無理だってわかってるが、視界の中ではしゃがれると気になるし目障りなんだよな)

 さらに一週間が経過して、本物のロボット博物館にも行ったようだった。そこで、二足歩行がどんなに難しいかを学んできたらしい。あまりの難易度に絶望し、二足歩行を諦め、据え置きタイプに変更することになった。また、より多く情報を得るために、首が動くギミックを入れる予定だったのだが、それも無しになった。ま、そりゃそうだろう。メインのプログラムもあるのに、素人がそこまでやるには無謀だ。律歌がやだやだと不服を言って揉めたようだが、全員で説得したそうだ。おかげで、カメラ、マイク、スピーカー、プリンターなどウキえもんの最低限の材料を揃えるところまでは進んだ。

 二足歩行やギミックの省略は想定内だ。しかし、必須中の必須ともいえるカメラの接続でも、しっかり躓いているらしい。

(このサル、全然目が見えてないんだな)

 カメラを二台買っていたので、サル型ロボットの瞳は二つだろう。ロボットというものは距離を測る方法がいろいろある。コストも考えて単眼にすればよかったものを、目といえば普通二つあるものと思ったのかもしれない。それぞれのカメラ画像の取り込みと表示まではできていたが、物体認識のアルゴリズムを連携させられず困っているようだ。前途多難である。

 毎日更新をチェックするのが日課となったのに、内容が遅々として進まないことへ我慢の限界を抱き始めていた添田は、公開されていたメールアドレスに匿名でメールを送ることにした。自分はこんなロボットオタク集団とは一線を画していたいと思っていたのだが……。

『そのカメラで物体認識をするには、ライブラリはMachineLearning_S30_for_camerasystemを使うべきですよ』

 送信ボタンをポチッ。

(はー……関わってしまった……)

 ……ま、匿名だからいいだろう。

 翌日には予想以上の感謝の言葉と共に、目が見えるようになりましたという記事がすぐにアップされた。

 ようやく先に進んでくれるか。

 だが、それと同じくして「ウキえもんはアメリカ人?!!! 助けて~~日本語しゃべってよおお」という記事もアップされる。日本語をしゃべらせるTTSスクリプトを駆動できず英語になってしまうようだ。ちなみに「人」とか「しゃべる」とか言っているが、まだ音声ファイルをプログラムで出力しようとしているだけで、ウキえもんの姿かたちなど無いも同然だ。ただカメラとスピーカーがパソコンに線で繋げられている状態である。

 仕方なくメール。

『言語パックを正しく設定できていないようです。言語コード指定の変数が間違っていませんか?』

 はい解決。

 だが数日後には、「空間認識ってどうやるの?」という記事がアップされる。一事が万事こんな調子だ。基礎知識が足りていない。結局それからずっと、その日一日の問題事を解決する赤ペン先生のような日々を送っていた。日課のソーシャルゲームやSNSチェックなどを終わらせたあとの息抜きだ。その場で直接指摘すれば早いしもっとたくさんできるが――

 しかし、名乗り出てオタク集団に加わるなんてのは絶対に嫌だった。制服をおしゃれに着崩した、クラスの中心で華やかに笑っている連中は、律歌達にどう接していいのか困惑し、触れないようにしているのを添田は知っている。自分がそっち側にカウントされることだけは避けたい。

「添田、聞いてる?」

「あ、うん。ごめん。ぼーっとして」

 添田ははっとして笑顔を作った。コンタクトレンズがいつの間にか乾いていて、引っ張られるような痛みを覚える。放課後、教室を陣取って中心人物達が駄弁っていた。

「なんだなんだ、女子のことでも考えてたか?」

「おいおい、誰だ誰だー」

 囃し立てられ、「ちがうちがう」と慌てて否定した。瞬時に、誰なのかを当てるゲームが始まった。俺以外のやつは彼女がいるのだろうか? 早く作らないと置いていかれてしまう。添田はロボットのことを頭からはたき出して、会話に意識を集中させた。

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