5・二人手作りの小さな自動車工場にて。

 翌日。またどっさりと段ボール箱を受け取った律歌と北寺は、庭に即席の作業場をこしらえると、二人で黙々と開封作業を始めた。それも束の間、えーとこれが世界最強クラスのモーターで、これにキャタピラ付けてパックボットみたいにするか……? でもやっぱ速度が出ないといけないからこっちか……などとブツブツ言い始める。

「なんかこういうの大学時代を思い出すな」

「北寺さんって、大学で何を学んでいたの?」

「特に何も?」

「いや、なに言ってるのもう。ていうか、大学どこなの?」

 彼から大学の話を聞くのは初めてだ。北寺と自分はもともと同じ職場で、北寺は派遣された社員として働いていたって言っていたけど。

「実は、りっかと同じです!」

「N大なの!? 聞いてないわ」

 律歌が知らなかったのは高校時代以降の記憶が抜けているからだろうか? でも、北寺は律歌より五つも年上で、N大学まで出ていてこんなに頼りになる人材なのに、どうして派遣なんてやっているのだろう。

「でも俺卒業してないからなー」

 北寺は苦々しく笑って打ち明ける。

「そうなの? どうして?」

「勉強が忙しかったから」

「授業についてけなかったの?」

「じゃなくて、やりたい勉強が多すぎて。あと自由研究」

「え?」

 北寺は今ラジコンの送信機から出ている電波を解析しているらしい。天蔵にユニバーサル送信機が売っていれば楽だったが、さすがになかったのでFPGAを駆使して作ったとかなんとか。律歌はただただ見守るだけだ。

「大学は自学自習が基本っていうじゃん?」

「うん」

「それが性に合いすぎてね。単位を取りこぼして。まあでもいっか、って」

「ごめん、意味がよく分からないわ」

「自分で勉強しているのが一番楽しかったんだよ」

 授業をサボって勉強していたら、単位を取りこぼしたそうだ。

「そのまま中退しちゃった。四年分は好きに学んだし、もういいやって」

 学歴上は書けないけどね、と。

「で、派遣会社に拾ってもらって、働き始めたわけさ」

 不思議な経歴を聞かされ、律歌は戸惑うしかなかった。そんな人聞いたこともない。まず、N大学というのは律歌の地元では有名な国立の難関大学で、律歌がそこに入るのにさんざん苦労したのだ。その辺りからずいぶん記憶があいまいになるが。

「でも、せっかく通ったんだし、大学の卒業くらい……」

 そう思わず口走ってしまった。入学するより卒業する方が日本の大学はずっと簡単だと言われる。

「くらい、って思う? それならむしろ、卒業できなかったくらい大目に見てくれたらいいのに、なんて思う」

「まあ、そうよね……」

 言いながら、律歌は自分の胸の中にもやもやした感情が膨らんでいくのを感じた。北寺が卒業できなかったのは成績や、授業料に困ったわけではないということで――受験にもお金にも困ってばかりだった律歌からしてみれば、少々気に入らない。

「でも」

「うん」

「それを言い出したら、どこからどこまでを卒業と同等にしたらいいのかわからなくなっちゃうんじゃないかしら」

「その通りだね。さすが、エリートのりっかさん」

「……そんなつもりじゃ」

「いや、ごめん、ごめん。実はそんなに気にしてないよ。ほら今だって、おれはこうして、りっかの役に立ててるし」

「うん……」

 北寺が誰よりも博識なのは律歌自身よくわかっている。N大学の卒業生でもこんなに物知りな人は見たことがない。

「学歴なんか、役に立たないからいらない――そんなおれみたいな人間には、あの社会はちょっと生き辛すぎたとは思うけど、でも、どうしようもなかったんだよ。若かったとはいえ、今の時代で学歴を放棄することの意味を知らなかったわけじゃないんだから。それでも、おれには無理だったんだよ。普通の人や、ましてやりっかには簡単にできるようなことも、おれにはできないことがあったんだ」

「それは、なんなの?」

「人の中で、人の決めたルールに則って学ぶこと」

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