3・ルール説明やチュートリアルなんてない。
「あれはゴミじゃないの!! われわれ探検隊の拠点地だったのよ!」
なんということだ。
あまりに無慈悲な罠。もちろんここでの生活は、初めからルール説明やチュートリアルなどのない手探りのものなのだから、一つ一つ身をもって知っていくしかない。それはわかっていた。だが、数日かけて運び込んだ資材が一瞬にして消え去って冷静でいられるほど、律歌はできた人ではなかった。
「左様でございますか」
しれっとした声が受話口から流れてくる。
「左様でございますか、じゃないわよ!! ひどいじゃない! 山越えをするためにずっと準備していたのよ!?」
「そのようなことをなぜ?」
逆に問いかけられた。
「え? それは、だから寝泊まりしながら山を進むために、よ! 力尽きて行き倒れて熊に襲われろっていうの!?」
「いえ、山越えをするためになぜ準備が必要なのかということではなく、そもそも山越えがなぜ必要なのかということです」
「はあ?! 私が必要だと思うからに決まってんでしょ!?」
何を言い出すんだこの人は。一介のカスタマーサービスのオペレーターが、物申すことか? そこは。
「今すぐ元の場所に返して!」
「それはできかねます」
「どうしてよ!? そっちが間違えて持ってったんでしょ!?」
「間違えてはおりません。処分の判断は覆りません」
「じゃあ、どーして処分したの! なんの決まりで処分したの!?」
「決まりはありません」
「あ、え?」
何を言われてもしばらく食い下がるつもりで八つ当たり気味に問いかけたのだったが、添田の応対にさっきから意表を突かれ、黙ってしまう。
「決まりじゃないのに、処分したの?」
「はい。野宿といった行為は大変危険です。天蔵は質のいい住居を提供しております。そちらをお使いになってはいかがでしょう」
「……はあ!?」
また予想外の理屈をこねてくる。
「そ……それは毎日ありがたく使わせてもらってるけど!」
「でしたら、これからも安全な建物の中での生活を送られてはいかがですか?」
「そ、そうしなきゃだめってわけじゃないんでしょ!? 嫌よ」
「だめというわけではありませんが、わざわざ危険に身をさらす必要はないかと」
「私が必要だって言ってるんだから必要なのよ! そんなことあなたに決められることじゃないでしょう?! 私の自由じゃない!」
どうして問い合わせ窓口にて生活スタイルや興味対象のことをアドバイスされなくちゃならないのだ。
「そうですね」
「そ、そうよね!?」
肯定した!?
話が噛み合っていない。
あなたに決められることではないのではないか、と自由の侵害を問うと、その通りだというのだ。じゃあ、私が必要で置いておいたものを勝手に持っていくのはやめなさいよ――と律歌が言い返そうとした矢先。
電話の向こう側から淡々と、その疑問への返答を告げられた。
「こちらのとる行動も、あなたに決められることではありません」
律歌は言葉を無くした。
「それでは、天蔵カスタマーサービス、添田がご案内いたしました。失礼します」
ツーツーと通話終了を知らせる音が響く。立ち尽くす律歌に、北寺が歩み寄る。
「どうした、りっか?」
「……」
心配そうにこちらを見つめる北寺に、なんと説明したらいいのかわからない。
「なによそれ……」
背筋が寒くなるのと、怒りで煮えたぎるのと。
あらゆる感情が胸の内で荒れ狂い、立っているのも精一杯なほど。
律歌は傍に立つ北寺にぎゅうっと抱きついた。
「りっか?」
覗き込むように首を下に傾けて、北寺は嫌がりもせずゆっくりそっと、律歌の額を撫でてくれる。
「……北寺さん……」
「大丈夫? 天蔵に、なにか……言われた?」
律歌は答えられず、黙って北寺の背中でシャツを握りしめた。北寺は急くこともせず、律歌の頭を撫でながら、そのままじっとしていてくれた。
自由の侵害――相手はそれを否定もしなかった。
「わざとかな」
ぼそりと北寺がつぶやいた。
「ここの世界の仕組みってなんなの……天蔵ってなんなのよ……っ」
親切なサービスを提供しているふりをして、その実、ここを力づくで支配している存在なのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます