2・よし、極地法を使おう。

 だが翌日のことだった。

「ものすごい量ね」

 大量の段ボールが届いた。天井に届くほど積み上げても玄関を埋め尽くしてしまう。

「これを……運ぶの……?」

 梱包する上で余分な空間が含まれているとはいえ、思った以上の量だ。一週間分の水と食料、寝袋、テント、着替えやタオル、雨具、ライト、他にも鍋やガスストーブ、エマージェンシーシートや爆竹といったアイテムまで。素人が、全部自力で持って行って山を数日がかりで歩き進んでいくのは無謀に近いものがあると直感的に分かった。一週間分の水と食料を持って歩くというのがそもそも重すぎる。営業中の山小屋なんてものはない。仕方がないとはいえ、人だけの力というのはここまで小さいものなのだろうか。途方に暮れる。

 すると、

「よし、極地法を使おう」

 北寺が助け舟を出してくれた。

「極地法?」

「そ。ベースキャンプを設けてさ、そこを基地にするんだよ」

 そう説明されてもよくわからない。

「テントを張ってキャンプ場の基地を前もって作っておいて、山登りはそこから出発するんだよ。で、前進基地をいくつか作って、寝泊まりしながら、安全に登って、安全に降りる。そうすれば、何かあっても戻る距離が短くて済むし、体力も残せるだろう?」

 前もって、山の中に安全なキャンプ場を何か所か作って用意しておくということらしい。

「そんなの、誰が作るの?」

「二人で作るの!! おれとりっかでしょ! 二人しかいないんだから、ほら、早く始めないと完成が遅くなるよ! 山を越える日も遠のくよ!」

 全部準備し終えるにはどれくらいかかるのだろうか。だが、ここには時間だけはあった。

 それからは山と自宅を行ったり来たり。水と食料のほか、雨具、寝具、細かな医療道具などまで、必要になりそうなものをどんどん持っていき、基地を充実させていく作戦が始まった。

「うー……もう疲れた……」

 移動は自転車しかない。最も近い山からとはいえ、手ぶらで探索した時とは違い、重い荷物を持ってひたすら行き来する。律歌は何度も弱音を上げた。

「じゃあ続きはまた明日にする?」

 と、それを一切責めない北寺に、

「……しない。早く山の向こう側に行きたい」

「じゃ、がんばろう」

 諦めそうになる気持ちを毎日立て直しながら。

 二つ目の基地まで用意がそろってきた時のことだった。マウンテンバイクに荷物を積んで山を登っていると、アマトのトラックとすれ違った。

「いつもこの道を通って来てるのかしら? どこから来るんだろうって思ってたけど」

「初めて見かけたけどね」

 配達されるたび根気よくアマトのお姉さんに話しかけてはいたが、お姉さんはみんな心配げに優しい言葉こそくれるものの、常に一定の距離を保って、業務の枠を超えるような一歩などは決して踏み込んでこない。まったく手応えがないので、そこからの情報取得は諦めつつある。この道を通っているのは、新しい発見だった。

 それにしてもシロネコマークの大きな荷台が羨ましい。トラックを貸してくれないかと頼んだこともあるが断られた。こちらは自転車の前にかご、後ろに荷台を取り付けて、そこに荷物を山盛りに縛り付けてキリキリ走っている。

 吹き出る汗をぬぐいながら、ベースキャンプ第二区に到着したときだった。

「あれっ!?」

 そこに広がっている光景に、心臓が飛び出るかと思った。

「基地が……ない」

 あんなに用意した調理器具や寝具や医療器具が、すべて忽然と姿を消し去って更地になっていた。

「み……道を……、間違えたかしら?」

 首をかしげる律歌に北寺が唸る。

「そんなことないと思う。何度も来てるし」

「じゃあ……どういうことよ……?」

「ううーん……」

「く、熊かしら!?」

 だいぶ深い山だ。警戒して爆竹など持ち歩いていたわけだが――動物が荷物をかっさらっていった?

「いや、だとしても、ここまで綺麗に跡形もないのは変だ」

 北寺に言われるまでもなく、律歌も薄々感づいていた。

 途中で珍しく、アマトのトラックとすれ違ったこと。

「……まさか」

 スマートフォンを取り出す。天蔵問い合わせ窓口のページから、発信をタップ。この山の中でも問題なく通じた。

「はい。天蔵カスタマーサービス、添田が承ります」

「ちょっと! ねえ!」

 受話器に向かって、大声で問いかける。

「わたしの、山の中の荷物、どっかやった?」

 添田は、悪びれる様子もなくしれっと答えた。

「処分いたしました。不法投棄はせず、アマトの配達時にお出しください」

「なっ」

 やっぱりだ。天蔵によってゴミとみなされ撤去されたのだ。

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