第240話 僕がパン屋を目指した理由

 僕のパンはチーズ黒胡椒だ。

 チーズの塩味と胡椒の辛み、そしてパンそのものの強い麦の香り。

 それが無茶苦茶あっていて美味しい。


 そう、やっぱりこのパンが美味しいんだ。

 学生会に入ってから名店と呼ばれる店のパンも結構買ってきて貰って食べたけれど、それに負けない位に。

 確かにこれなら商売になるよな。


 でも何故この島で、という疑問はある。

 確か奈津希先輩は元学生会副会長にして攻撃魔法科の学年筆頭。

 そんな人が何故パン屋をやろうと思ったのだろうか。


 聞いていいか不味いかちょっとだけ考える。

 でももうすぐお店を開くなら聞いて不味い事があってももう時効だろう。

 という訳で、率直に奈津希先輩に聞いてみる。


「うーん、難しいけれどさ。結局は好きだからというのと子供の時からの夢というのと、その両方かな」

 奈津希先輩はちょっと考えて答えてくれた。


「もう聞いたかもしれないけれど、僕はこの島生まれのこの島育ちなんだ。

 魔技高専に入ったのも成り行きだな。見栄っ張りなもんでさ、中学の次を選ぶとき通える進路2つのうち見栄を張れる方を選んだ訳だ。

 仲が良かった先輩、率直に言えば今度の結婚相手が魔技高専に進んだってのもあったけどね」

 奈津希先輩はパンをかじりながら続ける。


「だから正直なところ、特に何をやりたいというのは無かったな。

 攻撃魔法科にしたのも他科より入りやすくて何となく格好いいから。その程度の理由だしね。進路なんて大学行ってから決めればいいか、と正直思っていた。実際自分の器用さというか、どうにかする力には自信があったしね。


 ただ学生会をやるようになって、風遊美とか修とかを見ていると色々感じる訳なんだよ。本当に出来る奴とはこんな奴なのか。好きで目標もってやっている奴ってこんな感じなのかってね。


 そんなんで色々考えたりもたけれどさ。具体的な転機は4年の秋学園祭の時だな。

 ヒデアキ、まあ僕のダンナ予定者だけどさ。その時魔法工学科5年だったんだけれど、卒業したら魔技大行かないで和菓子修行するって聞いて。

 それで色々考えた訳だ。

 その時何も思いつかなければ今頃は魔技大にいただろうな。でも思い出しちゃった訳だ。小さい頃の夢なんて奴をさ」


 奈津希先輩、話しながらパンを1本食べ終え次のパンへ。

 それまでにも詩織先輩と愛希先輩とソフィー先輩がパンの追加を取っている。


「今も昔もここは食べ物に関しては同じ感じでさ。美味しいパンとかスイーツなんてものは無かった訳だ。

 4歳の時だな。幼馴染みのヒデアキのところが実家へ行ってきたとやらでお土産買ってきてくれてさ。そのお土産とか途中で買ってきたというパンとかが美味しかったのなんのって。今思えば大したものじゃないんだけれどさ。

 それで大人になってもこんな美味しいの食べたいからパン屋さんかお菓子屋さんが夢。まあ子供らしい素直な発想って奴だ。


 それを思い出した時気づいたんだ。この島の食、それも嗜好品に関しては昔と変わらないって事に。

 島の小学校、僕の頃は人数が各学年数名程度だけれどいまはきっちり各学年1クラスか2クラスある。でもそれでもお菓子屋さんもケーキ屋さんも無い訳だ。強いて言えばホテルが一応作っているけれどさ。


 あとは学生会連中のおかげなんてのもあるんだ。朗人も料理番しているからわかると思うけれどさ。あいつら人の作った料理を凄く美味しそうに食べるんだよな。それがまた嬉しくて楽しくてさ。こういうのもいいなあ、なんて。それが後押ししてくれたってのもある」

 横の紙袋から典明が美雨先輩とパンを2本取り出した。


「僕は見栄っ張りだから高専当時、進学せずパンと菓子修行するのにも色々もっともらしい理由をつけたけれどさ。実際はそんな感じだ。

 あとはヒデアキが和菓子やるなら一緒にパン屋と洋菓子屋やれば何とか生活できるだろうとか。最悪自分一人でもパン屋なら生活位はできるだろうとか。

 そんなせこい計算もしたけどね。まあそんなところだな」


 なるほど。

 奈津希先輩の場合は、昔の夢と島の現状と自分の好きと江田先輩。

 そのあたりが合わさった結果という訳か。

 わかったけれど僕の参考には多分ならないな。

 そう思った時だ。


「ただ朗人の場合は、まだ焦って目的とか目標とかを考える必要は無いと思うな」

 まるで見透かしたかのように奈津希先輩は言う。

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