第206話 壁に耳あり障子に目あり

 翌朝。

 ほぼいつもの愛希先輩に戻っていて一安心。


 ただそうなると。

 ちょっと限界近いのは僕の方だったりする。

 なにせ臭い言葉だの臭い態度だの無理して色々やった訳で、反動が……

 愛希先輩と顔を合わせるのも正直ちょっと恥ずかしい。


 朝食を食べたら取り敢えず愛希先輩とお別れ。

 一度寮の自室に戻って着替えて、そして学祭へ。

 平日用に取り敢えず焼飯を20食作って、そして学生会室へ向かう。

 愛希先輩の様子をもう一度確認しておきたい。

 今朝の様子から見てもう大丈夫だとは思うけれど。


 ノックして学生会室に入る。

 ちょっと早めに来たせいか人数が少ない。

 いるのは愛希先輩の他理奈先輩、沙知先輩、美雨先輩、典明の5人だけ。

 そして気のせいかいつもとちょっと違う雰囲気。


 何だろうと思いつつも自分の席へ。

 何か視線を感じる。

 愛希先輩は……

 ちょっと顔色が赤いけれど大丈夫かな。


 そう思ったところで。

 悪そうな顔をした沙知先輩が僕に一言。


「昨夜はお楽しみでしたね」

 えっ、今、何て言った?

 典明が申し訳なさそうな顔で言う。


「いやさ、昨晩もカフェテリアの定食がいまいちだったんで朗人の部屋に行ってみたんだよ。そうしたらずっと留守でさ。

 一応心配だから美雨先輩経由で沙知先輩に確認して貰ったんだ」


 何ですと!

 よりにもよって沙知先輩に!

 確かに沙知先輩のレーダー魔法は島内全域の把握が出来るけれどさ。


「保養所にいるようなので、ジェニー先輩に連絡したんですよ。そうしたら、『確かにさっき隣の台所の方で料理を作っているような音がしたれすよ。何か料理を仕込んでいるんじゃないれすか』という返事がきたのですけれどね。

 でも私の魔法だともう1人知っている人の反応を感じたのですわ」


 ちょっと待て。

 いや待て、落ち着け僕。


 やばい事も不味い事も事実していない。

 学生会でいつも金曜にやるのと同じ。

 それを単に2人でやっただけ。

 よし、反撃開始だ。


「どうせ魔法で見て確認済みでしょう。確かに愛希先輩と2人で保養所に泊まったけれど、一緒に御飯を食べた程度ですよ。特にやましい事もしていませんし」


「わざわざ狭い部屋に隣り合わせに布団を敷いていたのに」

「そこまで見たなら逆にご存じの筈ですけれど」


 沙知先輩は肩をすくめる。

「ばれました。折角料理の他に違うものを仕込むんじゃ無いかと期待して見ていたのですけれど」


「沙知、さすがにその発言は下品だと思うわ」

 理奈先輩が軽く注意するが沙知先輩は止まらない。


「だって一緒にお風呂入った後、部屋に布団くっつけて敷いたんですよ。これはやっぱり期待するじゃないですか。でもスーパーで買ったのは食料だけだし、避妊具なんて無いけれど大丈夫かなとか」

 おいおいおい、買い物で何を買ったかまで見ているのかよ。

 待てよ、そうすると発端は典明のせいじゃないな。

 時間的に考えて……


「沙知先輩。その様子だと、僕と愛希先輩が学校を出た辺りからずっと魔法で追跡していましたね。それくらいしないとスーパーで何を買ったかまでわかりませんよね」

 沙知先輩の表情が一瞬固まり、そして苦笑いに変わる。


「実は大実習室を出た後ずっとですわ。どう見ても愛希先輩の様子が変なのはわかっていましたし、その原因も何となくわかりましたしね。

 途中から心配いらないようだとわかったのですけれど、それはそれで面白い成り行きになりそうなので、ついつい……」


「愛希先輩が心配だったのはいいとして、その後の共犯者は?美雨先輩と典明と、他いますか」

「あとは私よ、その4人」

 理奈先輩が手をあげて認める。


 そして更に沙知先輩が実情を暴露。

「ついでだからジェニー先輩の隣の部屋をお借りして、4人で22時過ぎまで粘ったのですけれどね。本当にお話ばかりで。

 キスひとつ位はあるだろうと思ったのに何も無かったですわ。色々な意味でいい雰囲気で、これは最後まで行くかと皆で期待したのですけれど」


「用心しておいて正解でしたよ。この可能性も一応考えてはいましたから」

 うん、その可能性は常に考えていた。

 あれ以上手を出さなくて正解だったようだ。


「総じて完璧なまでの正解ですわね。あそこまでやれば愛希も安心するでしょうし。もう同じ症状は起こらないと思いますわ。という訳で昨晩色々頑張った朗人君に皆で拍手!」

 最後に理奈先輩がまとめて、そして拍手の音が響く。

 パチパチパチパチ。

 おいおいおい。


 と、部屋に突如詩織先輩が出現。

「何か楽しい事でもあったのですか」

「いや、恋をすると男の子って強くなるんだなって」

 沙知先輩が妙な返答をする。

 さすがの詩織先輩も訳がわからない様子だ。


「まあでも、幸せならそれでいいのです。さて、まもなくおやつの時間なのです。さっき修先輩が大学から渡り廊下を歩いているのを見たので、今日は少し早めと思われるのです」


 そしてまた、いつもの時間がはじまる。

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