第204話 感情よりも生理的に

「すみません、体調が悪かったですか。なら散歩に誘って……」

「違うんだ。朗人は何も悪くない。全部私が悪い、私のせいなんだ」

 そう言った後、ちょっと間を置いて。


「これじゃ朗人も何が何だかわからないよな。でも私にもちょっと整理がまだついていないんだ」

「何なら無理に話さないでもいいですよ」

 何か愛希先輩、辛そうだ。


「いいや、確かに整理はできてはいない。けれどこのまま何も言わないのはもっと醜くて嫌なんだ。だから朗人はそこで、私がどれだけ醜いかを聞いていてくれ。それで私を嫌いになるならそれでいいから」

 そんな事は無いですよ、と言いたい。

 でも何か本当に愛希先輩の様子がおかしい。

 だから僕は黙って愛希先輩の言葉に耳を傾けることにする。


「最初に気づいたのは月曜日、屋台へ揚げバナナ買いに行った時だ。あの時屋台の女の子と親しそうに話している朗人を見て、何かちょっと調子が悪いとか気分が悪いとかいう感じがした。

 そして今日、三田先輩や目黒先輩と話している朗人を見て、ちょっと何か苦しいような気持ちが悪くなったような感じがしたんだ。

 それで朗人のそばに座ろうとして、朗人が私にちょっと場所を空けてくれた時に少しだけ調子が良くなって。


 それにしても何だろうこの調子の悪さはと思って気づいた。

 これはひょっとしたら嫉妬って奴なのかなと。

 正直嫉妬ってもっと感情的なものだと思っていた。

 こう生理的に来るものとは思わなかった。


 学生会で詩織先輩とか理奈とかと朗人が話している時は感じた事は無かった。

 正直はじめての体験だ。

 それでどうしようも無くて。


 それでも朗人の横で、朗人の服を握っていたら少しは楽になった気がした。

 そうしていたら朗人が気づいてくれた。

 それで朗人にここに連れてきてもらって、ちょっとだけ落ち着いた。

 だいたいそんな感じだ」

 そう言って愛希先輩は一息つく。


「ごめん。本当に自分勝手だと思うけれど、今の状態を吐き出せて少し楽になった。あとは放っておいてくれても大丈夫。ありがとう、そしてごめん」

 そう言った愛希先輩の手が小さく震えているのが見える。

 どうすればいいだろう。

 答なんてわからない。


 とりあえず震えている右手を左手で握る。

 強すぎない程度に握りしめる。

「それでも、僕は愛希先輩の事が好きですよ」

 とりあえずそれだけは伝える。

 伝えたいと思ったから。


 さて、どうしよう。

 この状態の愛希先輩を放っておく訳にはいかない。

 そしてこれ位の事では愛希先輩の事を嫌いにならない。

 愛希先輩の大好きな面をいっぱい知っているから。

 でも言葉だけで上手く伝えられる気がしない。

 きっと少し時間も必要。

 ならば、だ。


「今日はこれから用事は無いですよね」

 愛希先輩は頷く。

「なら買い出しに付き合って下さい。予定が無いなら異論は認めません!」

 ちょっとだけ強気に出る。

 内心はびくびくものだけれど。

 でも強気で押さないと愛希先輩が動けなさそうな気がして。


 立ち上がると同時に愛希先輩の手を引いて立ち上がらせる。

 公園を出て左へ。

 特区唯一のスーパーは歩いてすぐだ。

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