第202話 少し気になる
「……浦島太郎は、正確には浦島太郎が乗った亀は必死に逃げます。
何せ逃げ切らないと上に乗った太郎に殺されますから。
今も上に乗った浦島太郎から首筋にマキリの刃をつきつけられている状態です」
薄暗い中。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
心臓の鼓動のような音が響く。
不意にさっと辺りが明るくなった。
「何とか亀と浦島太郎は海上へ、そして砂浜へと辿り着きます。
砂浜まで来た浦島太郎は亀の上から飛び降りると海と反対の方へと走ります。
小高い丘まで辿り着いてようやく一安心。
ここは海から20メートルは上です。
もう海の生き物はここまで襲ってこないだろう。
太郎はそこで竜宮城の事を思い返します。
考えてみれば竜宮城も悪くなかったなと。
舞い踊る中から自らの手で捕まえて捌いた鯛やヒラメの美味。
鯛とヒラメが全滅した後、イサキやエボダイそしてついには乙姫様まで捕まえて食ってしまったあの時を。
ちなみに乙姫様はマグロでした。
竜宮城は滅びてしまいましたが浦島太郎に罪の意識はありません。
浦島太郎は漁師。
魚を捕って捌くのが仕事ですから。
浦島太郎はそこで背後の海の方、逃げてきた方を振り返ります」
ザザーン、ザザーン、ザザザザザー。
波の音がする。
そして波の音はどんどん大きくなる。
「何という事でしょう。巨大な津波が押し寄せてきています。
太郎に殺されれた魚達の血のように真っ赤な、赤潮の津波が!」
窓のカーテンが一斉に開く。
窓の外、景色の向こうから赤い壁のようなものが迫ってくるのが見える。
轟音が地響きとともに押し寄せてくる。
照明が消えて部屋が暗くなる。
窓の外は真っ赤。
窓が破れる音と衝撃。
赤い海水が押し寄せる
誰かの叫び声が響くが波の音に消されて……
次の瞬間、部屋は明るくなる。
気がつけばトークショーが始まる前と同じ状態。
窓が壊れていたりする事もない。
「どうも、ご清聴有り難うございました」
一瞬の空白の後、拍手が巻き起こる。
いや、旅行での怪談の時よりより一段と凝っていた。
竜宮城のシーンでは青色系統の薄暗い中、実際に泳ぐ魚の姿が投影されていたり。
3D映像とか音響効果とか使いまくりだった。
まあ全部魔法なんだけれども。
「去年の『聟島残酷物語、山羊の楽園の崩壊』より一段と凝っているわね」
前で三田先輩達がそんな事を話している。
そんなバージョンもあるんだな。
ちょっと聞いてみたい気もする。
そう思った時、ふと服を引っ張られたような気がした。
見ると愛希先輩が僕のダンガリーシャツの裾を引っ張っている。
今の話が怖かったのだろうか。
でも愛希先輩もこのシリーズの仕掛け、知っているはずだよな。
「さて、これでプログラムの方はおしまいですが最後に注意事項があります。
実はちょっとだけサプライズ体験を用意させていただきました。
内容は秘密です。
なお、サプライズで困った場合は大学本館1階中央ホールにある月球儀前がお勧めです。繰り返します、大学1階中央ホールの月球儀前です。
それではお気を付けてお帰り下さい」
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