第189話 夢の取り分

 ノックして入ると、当番は詩織先輩だった。


 判断ミスだ。

 そう思ってももう遅い。

 これで僕の食べる分は無くなった。


「何か甘い臭いと油の臭いがするのです」

 完璧にわかっていらっしゃる。

 仕方なくテーブル上に買ってきたものを展開。


「愛希先輩はバナナから食べて下さい。詩織先輩はそれぞれ半分まで」

「了解なのですよ」

 詩織先輩は鶏肉からだ。

 まあそうだろうと思ったけれど。


 そして愛希先輩は。

「あ、中がとろっとして美味しい。確かにスイーツだ、これ」


「どれどれなのですよ」

 あ、詩織先輩が鶏肉片手にバナナ粉糖バージョンに手を伸ばしたぞ。


「うんうん、確かにこれはスイーツなのです」

 こうなると無くなるのは早い。

 結局2人ともバナナ2串と鶏1串、完食してしまった。


「確かにこれも美味しかったな」

「甘いのとがっつりとのバランスが良かったのですよ」

 僕の分は後で買うことにしよう。


「ところで詩織先輩、創造制作研究会で聞いたんですけれど、あの甘味処が来春オープンする話って入っていますか」

 詩織先輩は頷く。


「来春の3月31日にオープン予定なのです。場所はバネ工場の場所の、表通り側なのです」

 えっ、何故バネ工場?

 そう思って気づく。

 確かあの甘味処の先輩、学生会OBの奈津希先輩の彼氏だよな。

 それに確か修先輩と香緒里先輩の知り合いだとも。

 という事は場所を押さえているというのはきっと修先輩と香緒里先輩の事だろう。


「箝口令が出ていたのですが、もう情報が流れているようなので話すのです。

 奈津希先輩も江田先輩も来年の1月終わりには戻ってきて開店準備するのです。

 2人とも魔法使いで江田先輩は工作魔法持ち。だから自分の使いやすいように製造設備を作るそうなのです。2人で和菓子、洋菓子、パンを売る店になるのです」

 そんな話になっていたのか。


「バネ工場は移転するんですか?」

「元々店と一緒にやるつもりで借りているらしいのです。そのあたり修先輩と香緒里先輩、奈津希先輩に風遊美先輩を交えた秘密の話し合いがあったらしいのです」

 愛希先輩も驚いているようだ。


「知らなかったな。確かにバネ工場の床にテープで線が引いてあって、ここから通路側に何も置くなって事になっているけれど」


「あれがお店と工場の境なのです。修先輩は『夢の取り分』と言っていたそうなのです。これは奈津希先輩に聞いたのです。

 ただまだ秘密と言う事になっているらしいのです。だから私もこれまで話さなかったのです」

 なるほどな。

 でも何か格好いいな、『夢の取り分』だなんて。


 しかしこうして色々知っている場所なり人なり出てくると、この話も身近な事のように感じられる。

 奈津希先輩は風遊美先輩と同学年だから大学なら4年生、22歳か。

 江田先輩は知らないけれどきっともう少し上なんだろう。

 それでも自分の店を持つとしてはかなり若い。


 ただきっと成算はあるのだろう。

 和菓子だけだと辛いかもしれないが、パンや洋菓子もあるなら別だ。

 ライバルがいないから味次第では充分やっていけるだろう。

 少なくとも和菓子の味は確かそうだし。

 そうやって着々と自分の夢を実現させている訳か。

 僕より6歳かもうちょい上で。


 僕がその年齢の頃には何をやっているのだろう。

 未だに目標とかも見つけていないけれど。

 愛希先輩を始め皆、大丈夫まだ焦るなと言ってくれているけれど。

 どうなんだろうな、実際。

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