第131話 クトゥルー編はやめてくれ

「そして桃太郎はふるさとの村の砂浜へとたどり着きます。

 そうしたら村人達が大勢、桃太郎の船のまわりにやってきました。

『よくやった桃太郎。これで儂らは大金持ちじゃ!』


 そう、村人達は鬼達の持っている財宝こそが狙いでした。

 何度も島を襲ったものの、鬼達には刃が立たない。

 そこで桃太郎を使って鬼の財宝を手に入れようとしたのです。


 今では鬼達の怨念によって、桃太郎もその事を知っています。

 桃太郎は言いました。

『本当にそれですむと思うのか、お前達は』

 ボキッ、グシャッ。

『本当の鬼はお前達だ!』


 桃太郎はその場の全員を抹殺した後、村を壊滅状態にしました。

 更に村の全ての家に火をつけました。

 燃え上がる炎の中、桃太郎は叫びます。

『まだだ!まだ復讐は終わらない』」


 何か気温が温かくなってきたな。

 ストーブはつけていないよな。


「そして返り血で真っ赤になった桃太郎は、次の獲物を求めて村を去りました。

 そして桃太郎は今も人間への復讐を続けています。

 今宵、貴方の前にも……」


 ガタガタガタガタ!

 窓が不自然に大きく音を立てる。

 悲鳴が聞こえる。


 多分今のは青葉の声。

 見てはいけない、見てはいけない。

 そう思ってもつい見てしまう。


 そう、窓の外には真っ暗な影に赤く光る目が……


 ◇◇◇


「相変わらず洒落にならない怪談よね、美南のは」

 由香里先輩は慣れた様子でそんな事を言う。

「今年のは大分加減しましたよ。物語もわかりやすいように桃太郎にして」


 わかりやすいのは確かだが加減したとは思えない。

 なお効果音とか窓の怪物とかは全て世田谷先輩の魔法による効果だそうだ。

 非常にタチが悪い。


「でもあそこまで鬼畜にする必要ってあったの。例えば皆殺しは避けるとか」

「それだともっと悲惨な話になりますよ。

『数ヶ月後、蓄えを全て奪われた鬼達は誰も生き残っていなかった。

 最後まで生きていたとおぼしき幼子の鬼の亡骸が風に吹かれ岩の下に落ちた』

 って感じで」

 それも考えすぎだろう。


「でも確かに、鬼から見た桃太郎なんてそんなものだと思いますわ」

 沙知先輩は同意組だ。

「私なら、『迎え撃った鬼達の肛門は全て掘られてしまった』くらいまでにしますけれど」

 おいおいおいおいおい!


「ふっ、『俺はノンケの鬼だってかまわないで食っちまう人間なんだぜ』」

 理奈先輩、それは阿部鬼だ!

 いや違う、阿部桃太郎か。


 まあ今の会話で大分落ち着いたのは確かだ。

 何せさっきの話、音響効果の影響でかなり恐かったしさ。

 内容自体はしょうもない話なのに。


「さあ、ここでトイレに行く人!」

「あ、じゃあ私も」

「同じく」

 半分以上が集団でトイレへと向かう。

 ルイス先輩まで混じっていたのが微妙に笑える。


「じゃあ次は金太郎がいい、浦島太郎がいい?」

 語り部の世田谷先輩、まだまだ元気だ。

「もういいから、あ、でも参考までにそれぞれの結末は?」


「金太郎だと江戸崩壊、浦島太郎だと瀬戸内海が死の海に……」

「桃太郎より酷くない、それ」


「うん、だから今日のは初級編。他にもクトゥルー編とかも作ったけれどさ」

「頼む、それはマジやめて」


 でも既に。

 窓から半漁人みたいな影が覗いている。

 だからここはお約束で言ってあげよう。


「ああ、窓に!窓に!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る