第110話 落ち着けない露天風呂
不意に愛希先輩が僕を手招きした。
「ちょっとちょっと」
この状態で近づくのは非常に心臓に悪いのだが仕方ない。
真横に移動するような形で隣に行く。
愛希先輩は僕の耳元に顔を近づける。
肌が触れてかなり危険な状態だ。
「振り向くなよ。背後250度、理奈がいる」
えっ、どういう事だ。
「カップル状態にしてネタ写真狙っているんだろう。あいつらの考えそうな事だ」
愛希先輩も気づいていた訳か。
「離れてから15秒で反撃する。その間動くなよ」
そう言って愛希先輩は僕の前を通って左側へ。
裸の首筋や肩から背中のラインに思わず見とれてしまったのは許して欲しい。
そして僕の心臓の鼓動がまだおさまらない15秒後。
いきなり愛希先輩の前の温泉の水が高く跳ね上がった。
跳ね上がった水は背後へと飛んでいく。
「きゃっ!」
小さい悲鳴が上がった。
そして。
「もう、浴衣が濡れてしまったじゃないですか」
足音とともに理奈先輩が現れる。
確かに浴衣が濡れて透けて……いけないいけない見てはいけない。
「悪巧みをした罰だ。まあ浴衣はそこへ置いてくれよ。乾かすからさ」
「そうしますわ」
後ろで理奈先輩が浴衣を脱ぐ気配。
おいおいおいおいおいおい!
そんな僕の内心を全く気にせず、理奈先輩が温泉に入ってくる。
幸いにも愛希先輩より向こう側だ。
「いつから気づいてましたの」
「どうせこんな事だろうと思ってさ、念の為にいくつかチェックトラップ仕掛けておいた」
チェックトラップとは簡単な罠系魔法のひとつ。
仕掛けておけばそこを誰かが通った際、仕掛けた魔法使いがわかるというものだ。
使用魔力が少ないので攻撃魔法科では使用頻度が多い魔法らしい。
僕は使えないけれど。
「罠はどちらかというと私の得意魔法なのに、愛希にしてやられるとは」
「悪巧みのもう1人も来たみたいだぞ」
足音が近づいてくる。
愛希先輩の言う通り沙知先輩だ。
「どうでした、沙知の方は」
「駄目ですね。2人でオセロをやっているだけです」
あれ、オセロなんて持って行っていないよな。
それに向こうも露天風呂だろうし。
「もう部屋にもどっているのか、美雨達は」
愛希先輩も同じ事を思ったらしい。
沙知先輩は僕の後ろまで歩いてきて立ち止まる。
ちなみに僕の後ろには更衣室代わりの棚がある。
おい、まさか。
「あの2人は盤やコマ無しで脳内オセロが出来るみたいです。お互いに『1の1』とか言い合って。
盤面無しだと私はチェスまでしか無理ですわ。そういう意味でもお似合いなんですけれど」
いやそんなのチェスだって無理だろう。
そう言いたいけれど頭の冷却が追いつかない。
なぜなら沙知先輩が浴衣を脱ぐ音がしている。
え、これ以上入ってくるの。
そして沙知先輩は露天風呂の空いている場所、つまりは俺の右隣に入ってきた。
「とりあえず愛希先輩が言う通り、ここの露天風呂が一番いいですね」
「だろ」
もう僕にはあまり考える余裕は無い。
今更出るのも何だし。
仕方ないのでせめて煩悩退治に脳内で般若心経でも唱えよう。
観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時……
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