第105話 パンに目覚めた日

 翌日は朝食を食べて一服後、強制労働だ。

 実際には強制でも無いのだが、何故か皆がそう呼んでいる。

 まあ高額なアルバイト代と豪華旅行で強制的に働かせるように仕向けている、と言えないこともない。


「それでは先に行ってる」

 愛希先輩は愛用の飛行機械でベランダから出て行った。

 元は僕の製作課題だったのだが、今ではほぼ愛希先輩専用機になっている。

 改造で出力を増強しまくっているので、もう僕には怖くて乗れない代物だ。

 青葉は時々あれで遊んでいるけれど。


 僕らも保養所を出る。

 歩いても工場までは5分とかからない。

 エレベーター待ちが一番長い位だ。

 そういう訳で詩織先輩と愛希先輩を除く18人も工場へ。


 配置は基本的に毎回同じだ。

 つまり僕はまた梱包解きの作業だ

 そしてまた久しぶりのアルバイトが始まる。


 ◇◇◇


 昼食はパン祭りだった。

 詩織先輩と風遊美先輩が時々抜けて買ってきた色々な種類のパンが並んでいる。

 クリームパンやあんパンといった定番からウィンナーパンのようなおかず系、サンドイッチやただのフランスパンもある。

 ドリンクは同じフロアのスーパーから買ってきたペットボトル数本の回し飲み。

 なお間接キスを気になるのは男連中だけの模様だ。


 いただきますの後、それぞれが目についたパンを手に取ってがっつく。

 僕は取り敢えず近くのハード系っぽい長丸っぽいパンを一口。

 あ、これ美味しい。

 単なるレーズンパンなのだが表面の堅さとパンの中の小麦の香り、そしてレーズンが……


 あれ、このレーズンよく見ると種類がいくつかあるような。

 かじってそれらが口の中に広がる感覚は今までの僕には未体験。

 今まで大手のパン専門店までしか知らなかった僕には衝撃的な味だ。


「このパンはどこのパンですか。美味しい」

「それは横浜の多摩に近い方にある前田パンですね」

 風遊美先輩が買ってきたパンか。

 本当に美味しいパンとはこんな味なのか。

 そう思ったところで。


「ハード系が好きならこれも是非食べてみるのです」

 詩織先輩が細長いパンをがしっと半分に折って僕に渡す。

 かじってみると……

 何だこれは、ナッツとかドライフルーツの間にパン生地があるような感じだ。

 そしてパンそのものもナッツ類に負けない位ガチガチに硬くて、でもパン自体の風味やうまみが凄い。

 さっきよりもっと僕の常識から外れた、そして美味しいパンだ。


「これは」

「八王子のぶーる・ぶーるというパン屋さんなのです。私の一押しなのです」

「確かに美味しいです。今までに食べたパンと明かに違って」

 にやりと詩織先輩が笑う。


「なら今日買ってきたパンを一通り色々食べてみるのですよ。私と風遊美先輩が魔法を駆使して買い集めてきたお勧め品ばかりなのです」

「東京の西側メインで、シニフィアン・シニフィエ、徳多朗、前田パン、チクテ、ぶーる・ぶーるですね」


 ひょっとしたらハード系じゃ無いパンも美味しいのだろうか。

 ただのクリームパンを食べてみる。

 あ、良かった。これはわかる範囲の味だ。

 ただしわかる範囲のベクトルに在るけれど、今まで食べたものの中では最上位だ。


「元々案内してくれたのが香緒里先輩なので、東京の西側や横浜の青葉区とかが多いのですよ。あの辺りは有名では無いパン屋も含めてレベルが高いのでなかなか開拓しがいがあるのです」

「今回は全部有名店ですけれど」


 うん、久々に何か自分の意識が変わるような感じの美味しさを感じたぞ。

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