第104話 馬に蹴られろ

 風呂から上がって一服中。

 未成年だから煙草は吸わないけれど。

 というか誰も喫煙者が居ないのできっと二十歳過ぎてもここでは吸えないけれど。

 毎度おなじみカラオケ大会に勤しんでいた時だ。


 曲の合間に悪そうな顔の理奈先輩がやってきた。

 何か全員を手招きしている。

 こっそりと話したい事があるらしい。


 その場に居た僕、詩織先輩、愛希先輩、ロビー先輩、エイダ先輩、青葉が足音を殺して集合する。

 ルイス先輩は夜は早いのでもう例の部屋で就寝中、そしてOBの皆さんは風呂だ。


「実は今、なかなか面白いシーンを展開中ですの。これから沙知の魔法で中継しますので、こっそり聞いて下さいね」

 大広間の北側キッチン寄りのところで沙知先輩がOKサインをしている。

 何だろう。

 そう思った途端、頭の中に音声入り動画が展開された。


 これはここ保養所の一番北側の部屋、現役女子更衣室兼広報部活動室だな。

 テーブルにパソコンとペンタブが置いてあり、2人の男女が話をしている。

 1人が典明で、1人が美雨先輩だ。


「何故貴方の描く恋愛はそう組み合わせが変わっているのですか」

「変わっているという言い方は好きでは無いですね。何かルール違反みたいな感じで。違っているというのは認めますけれど。でも数は少ないけれど可能性としてはある筈だと思います」


 どうも漫画か文学の恋愛論でも話しているらしい。


「恋愛と言っても基本は本能的な性的衝動があるんじゃないかしら」

「それでも同性を好きになる人は現実に居る訳です。ならもっと本能と外れた対象が好きになる人がいてもおかしくない。そして人の想像力そのものは無限の可能性がある。なら恋愛の形だって同じ位の可能性があってもおかしくないんじゃ無いか、と僕は思います」


 うん、典明は少なくとも平常運転だ。

 これの何処が面白いんだろう。

 ちょっと聞いてみようと愛希先輩の方を見る。

 愛希先輩はその挙動だけで僕の意図を察したらしい。


「美雨は基本的に無口なんだ。同性相手でもこんなに話しているのは見た事が無いな」

『私も初めてですわ、こんなに饒舌な美雨を見るのは。これでも1年の時から同じクラスで、一緒に学生会もやっているんですけれどね』

 今の説明は音声とは別の感覚で聞こえてきた。

 沙知先輩がこっちに向かってウィンクしている。

 つまり沙知先輩による補足って事だろう。


「では貴方自身はどうなの。そういった本能からは自由なのですか」

「残念ながら小生はガチガチに縛られていますね。それは自覚しています。でもだからといって他の人間も縛られていると決められる程事例を見飽きてもいないです」


「ならあえて変わったものを描いているのですか」

 典明は首を横に振る。


「私にとっては、少なくとも創作している時の吾輩にとっては恋愛対象とは何であってもかまわないんです。異性であろうと同性であろうと、人だろうと人以外の動物であろうと、物であろうと。例え年齢がどれだけ違おうとも生死どっちでも。

 少なくとも可能性は0では無いと思うのです。かつてベルリンの壁に恋したマウアー女史のように。

 そして可能性が0で無いなら、描く僕にとっては存在として等価値なんです。

 その中で違う対象を選んで描くのは、その方が物語にしやすいからです。普通を普通と錯覚している社会の中では、そんな恋愛の存在だけでも物語になりますから」


 あ、美雨先輩が明らかに笑みを浮かべた。


「そうなんですね。ごめんなさい、わざと意地悪を言って。きっと貴方にとってはそういう自由な考え方が自然なんですね。正直羨ましいです、私には」


 典明は肩をすくめる。


「自然かどうかと言うと正直まだ自信は無いですね。でもそうあろうと、考え方だけは自由であろうと、いやありたいと思っています」


『何かなかなかいい雰囲気です。ついに美雨にも春が来るんでしょうか!』

 ナレーターよろしく沙知先輩がそうコメントした時だ。


「さて、もう少しお話しする前に。ちょっと障子の穴を塞いでいいですか」

「何なら拙者がやりますよ。多分先輩が使うのと同じ魔法だと思います」

「そうなのですか。実は似ているのかもしれませんね、私達。アプローチ方法は違うのでしょうけれども。

 では2人で一緒にやりましょうか」


 典明が頷く。

「そうですね」


 2人がまさに中継カメラがあるとしたらその中心部、こっち目がけて人差し指を向ける。

 そして。


「うわっちゃ!」

 沙知先輩がそんな変な声を上げて吹っ飛んだ。

 同時に脳内中継の画面が切れる。


「沙知、大丈夫?」

 理奈先輩の声に沙知先輩は吹っ飛んだ先で右手をあげ、ふらふらと振る。

 大丈夫だという事らしい。


「いや、まさか気づかれているとは思いませんでした。これでもこの覗き見魔法、自信があったのですけれどね」

 沙知先輩はそう言いながらこっちに来る。

 全く懲りていない様子だ。


「いま反撃されたのは何の魔法?」

「精神感応系のショック魔法ですね。魔法そのものはかなり軽めに調整してくれたようですわ。でも典明君もなかなか曲者ですわね。美雨はともかく、典明君もこんな魔法を隠し持っていたなんて」


 僕も初耳だった。

 確か典明は自分では『構造とか成分とかを分析する地味な魔法』しか使えないと言っていた。

 それは嘘だったのだろうか。

 それとも最近精神感応系の魔法が使えるようになったのだろうか。

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