第5章 夏休みが来る前に

第84話 天才には凡才の苦労はわかりません

 楽しい嬉しい出来事の後にはそうでもない出来事もやってくる。

 7月26日月曜日から金曜日までは期末試験だ。


 高専の試験はかなり厳しい。

 赤点を取ると容赦無く再試験にされる。

 再試験でも合格できなければ留年決定。

 あまりに赤点が多すぎた場合は救済措置もあるらしいけれど。

 それに魔技大に進学する場合、ある程度の成績を取っていれば推薦がある。

 そんな理由もあって試験対策等というものに力を入れざるを得ない。


 なお典明は試験勉強はしない派だと言っていた。

 わからないところが無ければ悪い点を取ることはない、という考えらしい。

 まあそれは天才の理屈なので、僕のような凡人は真面目に勉強に励む事になる。

 結果1週間の試験期間終了後はもう色々ボロボロだ。

 まあそれでも金曜日なので20人分の食事を作るし露天風呂も入るのだが。


「朗人君、何か魂が抜けていますね」

 露天風呂のぬる湯で横に入っている沙知先輩にそう言われても反応できない。

 なおこの露天風呂、3ヶ月目にして大分慣れてはきた。

 今は動かなければ普通に会話も出来る。


 誰がどの辺りにいるかもどの辺をまわるかも概ね把握した。

 ぬる湯近辺に来るのはソフィー先輩と沙知先輩。

 あつ湯のぬる湯側に来るのが愛希先輩だ。

 なおOBと学生会現役は一応入浴時間を分けている。

 だったら男女別に分けてくれとルイス先輩が運動中だが実りそうに無い。


「今日でやっと期末試験が……って、全学年日程は同じですよね」

「試験日は授業が無い分普段より楽ですわ」

 おい何様だその発言。


「天才には常人の苦労はわからないんだよ」

 と愛希先輩が僕の思いを代弁してくれる。


「だってテストなんてわからない場所が無いならケアレスミスだけですよね、注意するのは」

「普通の人はわからない分野が2つ3つあるの!」

「だったらそこを絞って勉強すればいいじゃ無いですか」


 この議論はきっとわかりあえない。平行線を辿りそうだ。

 なので少し話題を変えてあげよう。


「そう言えば冬のコミックマーケット、申し込まれるんですか」

 沙知先輩が大きく頷いた気配。


「勿論ですわ。冬に向けて新たな本も作りますし。夏は落ちたけれど知り合いのサークルさんに委託したのである程度は売れると思います。でもやっぱり自分のサークルでブース作りたいですわ。典明君も大分戦力になってきましたし」


 典明はジェニー先輩にこの前まで『ペンタブを使って正しく可愛い女の子の絵を描く方法』の特訓を受けていた。

 そのせいか今は鉛筆でも簡単なイラストは描けるようになっている。

 その前はジェニー先輩と組んで『お兄さんといっしょ!』なんて怪しいWeb漫画を出していた。

 何か全国の大きいお友達にそこそこ好評だったらしい。


 参考までにちょっとだけ読んでみた結果、今のうちに友ヤメした方がいいか考えてしまった。

 確かに具体的な犯罪とか行為は作中に一切描いていない。

 でも精神的に犯罪だし倒錯しているし病んでいる。

 なまじ微妙にリアルな部分があるのが生々しくやばい。

 典明は一体何処へ向かっているのだろう。

 友人ながら不安だ。


「でも典明の嗜好だと先輩達の雑誌と趣向が違うのでは?」

「試験期間を使って描き上げた最新作は見事ですわよ。苦み走った中年男と中学生の男の娘の純愛がもう、突き刺さるように響いてきますわ。もう読んでいるだけで生理的な涙が出そうな位の傑作です」

 おいおいおい、そこまで色々捨ててしまったか典明よ。


「本日0時の更新でWebにUPしますので、楽しみにしておいて下さいね」

 読むべきか読まざるべきか。

 まあ後で本人を問い詰めておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る