第81話 現実と夢と可能性と

「上野毛、厳しいな」

 田奈先生がそう言って少し苦い顔をしている。

 という事は上野毛先輩は田奈先生とも知り合いという事か。

 まあ魔法工学科の先輩なら当然か。


「わかっています。でもだからこそ聞きたかったのです。

 意味がわからない方に説明すると、浮力調整具はある学生のオリジナルな魔法部品です。今のところオリジナルは彼女1人しか作れない。

 複製魔法を使える魔法工学士も、まだ学生の身分の者を含めてすら世界に20人程度でしょう。

 つまり生産力・製造力の問題でそれほど大きな浮力調整具は作れない。それがこの計画の最大の欠点なんです」


 そう、それは僕も気づいていた。

 だからこそ当初の予定を変更して今の飛行機械を設計した。

 そして当然、典明もその辺りの事情を知っている。


「実際、君が気づいている事はこのレジュメ記載のデータを見ればわかります。

 往還機の実用最大到達高度や浮力調整具とペイロードの関係等。これは往還機単体、それも小型の無人往還機として運用する前提としてのデータでしょう。

 だからこそ僕は聞きたいんです。

 この計画は今は実現不可能、それに気づいているのに何故、君はあえてこの計画全体をきっちりデータまで添えて提出したのでしょうか。

 言葉に飾りはいりません。一言でいいので答を聞かせて下さい」


 何か強烈にきつい質問だ。

 僕ならどう答えようか悩んだあげく、結果自分の納得する答を出せないだろう。

 でも典明は怯んだ様子は無い。

 むしろその質問を待っていた。何故かそんな雰囲気さえある。


「それでも僕は宇宙へ行きたいからです。この答でいいですか」


 上野毛先輩は微笑み、そして満足そうに頷いた。

「それが、その言葉が聞きたかったんです。ありがとう」

 そう言って上野毛先輩は着席する。


 田奈先生が若干苦笑いの表情のまま口を開く。

「今質問をした上野毛は君達の先輩だ。今は魔技大の学生だが、既にこの島有数の工学系の魔法使いだ。今回はどうしてもこの課題の発表を聞きたいというので受講を許可した。

 君達の直の先輩である分、厳しい事を言ったかもしれない。緑山の他にも厳しい質問を受けた人は多いだろう。

 でも逆に上野毛に質問を受けた学生は自信を持っていい。

 こいつは本当に興味を持った事しか聞かない。

 逆に言うと質問を受けたのはそれだけ興味を引かれる魅力があったという事だ。

 実際上野毛は今回、意にそわない質問は1回しかしていない。


 上野毛、本当は三輪にこう聞きたかったんじゃ無いか。

『何故あえて浮力調節器を使わなかったんですか?』と。違うか、上野毛」


 上野毛先輩は頭を下げる。


「この質問に三輪が下手に答えてしまうと後の発表に支障が出る。

 浮力調整具が量産不可能という前提に気づかれると支障が出る可能性がある。

 例えばこの緑山君の発想のような、だ。

 だから上野毛は質問直前に無難な内容に質問を変更した。


 さてこの問題は当然私も最初からわかっている。

 使用可能な魔法部品にこの浮力調整具を入れた時から、だ。

 それでもあえて材料に入れたのは魔法工学の持つ『可能性』を考えて欲しかったからだ。

 実際今は生産出来ない魔法部品でも将来は量産可能になるかもしれない。

 魔法工学は今だ発展途上の学問だ。今できないという事は将来も出来ないという事では無い。

 その上で可能性を色々考えて欲しかった。

 例えば緑山の宇宙ステーション計画のような、だ。


 まあ上野毛のせいで先にまとめを言ってしまったが、次は屋外で実機部門の発表に移ろうと思う。

 今回は実機部門で教室内発表が必要な者はいないな。

 いないなら次は運動場だ」

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