第56話 頑張れ僕の理性もしくはSAN値

「いや、今魔法工学科の例の課題をやっているんですけれど、どうも自分の作ろうとしている物がみすぼらしく感じるようになってしまって。

 他に作っている人の作品や構想を聞いたら何かスケールの大きい夢があったり思わぬ発想があったりして。

 そういうのを聞いてから自分の今作っている物を見ると……」


 詩織ちゃん先輩は頷く。

「それは良くある事なのです。隣の芝生が青く見えるというだけではないのです。

 とんでもない発想を持っている人もいるし、自分よりも出来る人間もいるし、自分よりも器用だったり色々魔法が使えたりする人もいるのです。

 上には上がいるしその高みから自分の位置を見てしまえば小さくみすぼらしく見えたりするのはある意味当たり前なのです。

 でも、本当はきっと違うのです」


 そう言って詩織ちゃんは僕の方を真っ直ぐ見る。


「例えば飛行機を作っている人と靴を作っている人がいたとするのです。そうすると飛行機を作っている人の方が凄そうに見えるものなのです。

 でも靴を作る人がいないと裸足で歩かなければならないのです。それはきっと飛行機が無いより不便なのです。

 だからきっと大切なのは大きい物、目立つ物、凄い物を作る事では無いのです。自分しか作れない物を精魂込めて作る事なのです。自分の手の内にある物を大事にして作る事なのです。

 と、美少女アンドロイドしか作らない先輩が言っていたのです」


 おいおい。

 最後の一言で感動の助言が台無しだ!

 でも心当たりがあるのでついでに聞いてみよう。


「その先輩って、オリエンテーションに出ていたあの全自動ダッチワイフを作った人ですか?」

 詩織ちゃん先輩は元気に頷く。

「そうなのです。通称オスカーちゃん先輩なのです」

 やっぱり……


 でも、それでも言いたい事は伝わった。

 それに言ったのが変態であっても言っている事はきっと正しい。

 ならば。


「確かにそうです。ありがとうございます」

「礼には及ばないのですよ、先輩なのですから」

 詩織ちゃん先輩は立ち上がって胸を張る。

 あ、少しは胸があるんだ。

 下もちゃんと生えているな……

 と思わず上から下まで見てしまって気づく。


 おいおいおいおい全裸丸見えを観察しちまったぜ。

 やばいやばいやばいやばい。

 お湯が白く濁った入浴剤入りなのがせめてもの救いだ。

 なお本人は全く気にしていない様子。


「それでは私もそろそろルイスをからかってくるのです」

 詩織ちゃん先輩は文字通り姿を消す。  

 一瞬後にたる湯の一つで起こる水音と水しぶき、そして始まる前回と同じ騒動。

 ただ今日はたる湯は満員御礼なので逃げられない。


「朗人は詩織先輩と仲がいいんだね」

 ふと真横で声が聞こえる。

 この声は金井、いや青葉の声だ。

 というか今のこの状態でクラスメイト女子の攻撃は無いだろう。

 理性がサンドバック状態になっていくのを感じる。


「最初にここに誘ってくれたのが詩織先輩だしね。」

 僕は声の方を見ないで一応平静に装った声で応じる。

「それにここの雰囲気も結構いい感じだしね。この露天風呂が、っていうのじゃなくて。まあこの露天風呂もなかなかいいけれどね、実際」


「まあね、まさか混浴とは思わなかったけれど」

 そう言ってささっと流してしまおう。

 理性の耐久値が大分危険だ。いやむしろSAN値の方だろうか。


「この状態で何か起きる事も無いし、私としては問題無いな。

 まあ今日はちょっとざまないけれどね。

 でも朗人の料理美味しかったし。あんな特技があるとは思わなかったな」

 おいおいこれ以上いじめるのはやめてくれ……

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