第55話 直系先輩に御相談

 洗い場を離れた時間の差でたる湯を修先輩、ルイス先輩、典明に取られた。

 残りのたる湯の1つは既に香緒里先輩が浸かっている。

 もう1つのたるはサウナの後に入る水風呂だ。


 だから僕は仕方なくこの前と同じぬる湯に浸かる。

 ロビー先輩は女性陣を全く気にせずジェットバスに悠々と浸かっている。

 あの神経が真似できれば大分楽になれるのだが。


 なお視線の位置には大変神経を使う。

 何せちょっと右に視線をずらせばもう危険。

 いつもの寝湯に浸かっている4人だけではない。

 本来はあつ湯の浴槽を寝湯にして横になっている5人まで見えてしまう。


 今日は動いている人は少ない。

 でもこの前以上に危険度は高い。

 あつ湯が使えずたる湯が満員。

 つまり落ち着ける浴槽はこのぬる湯しかないのだ。

 そして……


「失礼するのですよ」

 そう、詩織ちゃん先輩が来てしまった。

 僕にとっての危険人物の2番目だ。


 詩織ちゃん先輩は正直色気たっぷりというようなボディでは無い。

 ルイス先輩の彼女だというのも知っている。

 それでもやっぱりここへ入った時の経緯のせいだろうか。

 あの笑顔の印象が未だに残っているせいもあるかもしれない。

 どうしても色々と意識してしまうのだ。


 なお危険人物1番目の青葉はとなりの浴槽で伸びている。

 だからきっと当分は動けない。


「どうしたのですか、端のウッドデッキに何かあるのですか」

 いや、何もないからこそウッドデッキの方を見ているんです。

 もちろん実際にはそう答えない。


「もし調子が悪いのでしたら風遊美先輩か月見野先輩を呼ぶですよ」

「いや、調子は大丈夫です」

 これ以上危険を増やさないでくれ。


「本当なのですか」

 こらこら正面に歩いてきて来て覗き込もうとしないでくれ。

「料理の雰囲気もこの前と少し違っていたから心配なのです」

 ……えっ?


「何か不味かったですか?」

 思わず聞いてしまう。

 詩織ちゃん先輩は頷いた。

「不味いという事は無いのです。とても美味しかったのです。

 ただこの前の料理は味の傾向として優しい料理だったのです。

 酸っぱいし辛かったけれどもそれでも初めて食べる人用に調味料投入のタイミングをあわせて辛さを少し丸くしたり、酸味もわざと一度煮立たせて丸くするとかそんな感じがあったのです。

 時間だって盛り付けて運んだらご飯が炊けるちょうど位で作っていたのです。


 今回は違ったのです。

 味そのものはとっても美味しかったのです。

 でもこれでもかこれでもかという感じに焚き付けるような料理だったのです。

 わざと調味料を入れる時間を変えて味をばらけさせたり、パクチーを刻んで山盛りにしたり、何かを叩き付けるような感じだったのです。

 盛り付け方や食べ方も主張を叩き付けるような感じだったのです。時間も少しオーバー気味だったけれど気にもしないような感じだったのです。

 だから何かあったのかなと思ったのです」


 そうだったっけ、何かあったかなと思って気づく。

 そうだった。

 この風呂のせいですっかり忘れていた。

 典明の課題への答のスケールの大きさに自分の作品のみすぼらしさを感じたり、青葉の露天風呂問題を考えたりでかなりやけになっていて。

 その憂さ晴らしの勢いで今日の夕食を作ったのだった。

 言われて思い出した。


「良く気づきましたね」

 でも思わずそう言ってしまう。

「食べるのは好きなのです。だからそれくらいはわかるのです」

 まあ人一倍というか3倍以上食べているしな、というのは関係ないか。


 でも……と思いふと気づく。

 この人もそう言えば魔法工学科だった。

 それならば……

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