第27話 病院前、サプライズファクト
放課後を迎えて、俺は早速本条先生から教えて貰った場所へと赴く事にした。国吉先生が入院しているらしい病院、制服のポケットにはその場所の住所が記された手書きのメモが入っている。
昼休みの別れ際、そういえばと本条先生が俺の目の前で走り書きをした上で手渡された物だ。
俺自身がこれまで風邪の類すら引いた経験が無かっただけに、教えて貰った病院が何処に存在しているかなど当然知るはずも無かった。その事実を考慮すれば、ありがたいご厚意だったと言えよう。
まるで仕事の出来ない警察官のような体たらくだったが、既に仕事の出来ない探偵という似た経験をしているので深く考えない事にしたい。
そもそもこういった調べ事に向いて無いのだろう、俺は。
龍二の奴を含めたクラスメート達の半分近くが下校か部活目的で教室から出て行ったところで、俺はメモを取り出して内容を改めて再読してみる。授業中にでも確認出来れば良かったのだが、午後の時間割は体育の授業や内職の類を許さない厳格な教師による歴史の授業などがあったのでしっかりと目を通すのはこれが初めてだったりする。
筆跡は人柄が出ると聞くが、本条先生のそれは特別に達筆という訳でも無く、かと言って悪筆でも無い、そこそこに読みやすい字面だった。前者ならともかく後者ならイメージが崩れる気がしたので、俺は内心ホッとした。
別れ際の走り書き程度のメモにそんな感想を抱いても仕方が無いのだろうが、少なくとも読めないからと本条先生に再筆をお願いする必要は無さそうだった。しかし、よくよくメモを読み返してみると、ご丁寧にも病院までの住所以外に、そこへ辿り着くまでの道順が記されている事に気が付く。
どうやら電車に乗る必要があるらしい、それも降りる駅は俺自身がここ数日何度か出掛けたあの名結駅のようだった。そこから徒歩で病院に到着するまでのルートが簡易的な地図と共に記されていた。
……これだけの内容をあの別れ際の僅かな時間で用意して、しかもそこそこに読みやすい字のクオリティを保っているのは凄い事なんじゃないだろうか。前言撤回、やはり本条先生は只者では無かったらしい。
俺がそんなメモの内容に驚嘆していた最中に、一人の人物が声を掛けてきた。いや、正確に言えば紙片を飛ばして来たというべきか。
お隣の席に座っている冷泉から昼休み以来2枚目となる、これまたメモの類が彼女の手から俺の机の上にそっと置かれた。思わず彼女の席をチラッと目視してみたが、案の定何食わぬ顔で荷物の整理をしている。当然目を合わしてくれる様子では無く、俺はやれやれと彼女からのメモに目を通してみると。
『夜に電話する』
……2枚目のそれも、やはり簡素な内容だった。ただでさえ真逆の情報量を有していた本条先生からのメモに目を通していただけに、落差は激しい。むしろ昼休みに貰ったメモより文字数が減っていた。本条先生のそれに比べると達筆な字面だったが、この場合は逆効果では無いだろうか……。どこか威圧的にすら感じられる。
それはさておき、電話という連絡手段については昨日冷泉の家に行った際にお互い番号を交換しているので問題は無かった。
少なくとも、自宅の電話番号を教えて貰えるだけの信頼は得ているという事だ。現在の冷泉の振る舞いも事情を把握しているのだから、俺もそこまで気にしてはいなかった。
俺は彼女から貰ったメモの裏側に、国吉先生の入院している病院が判明したからこれから行ってみると返事を書いて、逆に彼女の席へと置き返した。
冷泉の反応を伺っていると、彼女は俺からの返事に目を通してすぐに鞄を持って立ち上がった。後は任せるという意味なのだろうか。そのまま立ち去ると思っていたのだが、未だに着席していた俺の背後を通りすがる瞬間。
「気をつけなさい」
その一言を、今度は自らの声で告げて教室を出て行ったのだった。
場所という概念は存在している限り、基本的にその機能や装いが変わる事は無い。住んでいる家はやはり存在している限りに住む場所であり、学校も存在している限りに勉強をする場所なのだろう。ならば俺自身が初めて平日の夕方に訪れた名結市はというと、やはり週末と変わらず街の中心部を名乗っていいだけの人の群れ、賑わいを見せているのだった。
流石に家族連れは殆ど見当たらないが、現在の俺と同じ学校帰りの学生や、仕事帰りのサラリーマンの比率が休日のそれに比べると相当数を増している事もあってか、絶対的な人数は然程変わっていないように感じられた。
もう少し早い時間帯に訪れれば違ったのかもしれないが、それはそれで俺自身が警察に補導される危険性の方が高いので確認するつもりは無い。
前回この場所を訪れた時は憂鬱なんて言葉では済まされない、絶望的な心境だった。自分自身の正体、世界の真実を知らされた直後で様々な葛藤に苛まれていたのだから致し方ないとも言えるし、現在の俺がその心境から完全に脱しているとは言えないのも事実ではあったのだが……。
やめよう、考えても仕方が無い事だ。
やはりこの場所を訪れるのは、心を抉られるような気分になってしまう。NPC、作られた存在がこうも大勢見渡せてしまう市街地の光景は、どうしても俺の心に良くない感情を芽生えさせてしまうらしい。
世界の真実を、伝えられた言葉だけでは無く、実際の映像として突き付けられているような、そんな錯覚を引き起こしてしまうからだろうか。
このまま立ち止まっていては前回の二の舞だ、俺は俺がやるべき事をするしかない。本条先生からのメモを取り出すと、そそくさと目的地を目指す事にした。
幸いと言っていいのかどうかは分からないが、メモに記された道順によれば同じ名結市の中でも人通りの多い市街地からは外れるようだった。先日、代行者の少年と遭遇した寂れた通り。そこを通り過ぎて更に人通りの少ない方向へと歩みを進める。
それでも、田舎よりの地元に比べれば人通りは多い方ではあったのだが、少しだけ気分が落ち着いて来た気がした。そうして10分程度の移動を経て、俺はようやく目的地へと到着したらしい。
「青山第3総合病院……確かにそう書いてあるな」
出入り口と思われる場所に、診療科の一覧が幾つも書かれている案内板が存在している。その最上部、一際大きい文字で書かれていた病院名も確かに手元に携えていたメモと同じ名前ではあったので、無事に辿り着くことが出来たのは確かなようだったが……正直言って、驚いた。
病院という存在に殆ど馴染みが無かった事もあってか、これは俺の独りよがりな驚きだったのかもしれない。それでも、普段通っている創世学園の校舎よりも更に巨大な建築物が目の前にそびえ立っていて、ましてや同規模の建築物が更に2箇所連なるように存在していたのだから驚きもするだろう。
遠目には殆ど変わっていない同系統の建築デザインから察するに、まさか第1と第2の総合病院なのかあれは……? 医療施設が充実している事は確かに良い事ではあると思うが、しかしこれは流石にやり過ぎではないだろうか。どう考えても場所を一点集中する必要性を感じられなかった。
ちなみに創世学園の校舎は4階建てで、高等学校の校舎としては標準的とも言えるのだが、この病院は7階建ての上にそれが3棟並んでいるのだから田舎住まいの者としては圧倒されっぱなしである。
……正確に言えば先程までと同様に田舎寄りと表現したかったのだが、ここまで市街地との物理的な格差を見せつけられてしまうと、そんな些細な違いを気にする行為がどこか滑稽に思えたので止めておいた。
別段、さながら都会に憧れる若者のように自らの住まいを卑下するつもりは無い。ただそれでも、人が集う場所にはそれ相応の恩恵があるという事を実感させられたという事なのかもしれない。……そんな良く分からない個人的葛藤を抱いたまま、俺は敷地内へと足を踏み入れた。
実際に病院の建物へと辿り着くまでには、これまた広いスペースの駐車場を通り過ぎる必要があった。平日とは言え、それなりに駐車スペースは埋まっているらしい。
理想を言えば病院に通う人間は少ないほど良いのかもしれなかったが、これだけの医療施設を持て余す事もそれはそれで問題有りと思われるので複雑な心境だった。そうして病院の建物の入り口に、ある意味で本当の到着を果たそうという瞬間――俺は再び驚いてしまった。
入り口前に、見知った少女の姿が存在していたからだ。見知った少女、というのもその服装は俺自身が普段から目にしている創世学園のブレザーであり、また俺が少女と呼称出来る学校の生徒もまた、彼女一人だけだったのだから。
「……結衣?」
「あれ、修ちゃん」
そんなつい先日に自宅前で行ったやり取り、シチュエーションを再現するかのように俺は幼馴染の結衣と思いもよらぬ遭遇を果たしてしまった。そういえば……放課後、俺が本条先生のメモに目を通そうとしていた時には既に教室から結衣の姿はいなくなっていたと思う。
俺がメモの内容を確認してから教室を出るまでに5分程度、そこから寄り道もせず真っ直ぐこの病院に向かった事を考えれば、おそらく結衣の方も最初から今日この病院を訪れる予定だったのかもしれない。
そうでなければ、彼女の方が先に到着しているはずがないからだ。先日のシチュエーションとは違って、今回は意図的というか作為的な待ち伏せじゃない偶然と思われるのだが……。
「結衣、どうしてこんな場所にいるんだ」
「えっと……修ちゃんこそどうしたの? 風邪でも引いたのかな」
「風邪は引いたこと無いよ、前にもそう言ったと思うけど」
「そうだったね。もしかして誰かのお見舞いとか?」
「お見舞い……そう聞かれると即答出来るか怪しいんだが、間違ってはいない」
「でも修ちゃんのご家族って海外に出張中じゃ無かった?」
「そうなんだけどな……」
……困った。なにしろ相手が結衣だけに、俺の交友関係の狭さについては当然知られているだろうから、友達が入院してると誤魔化しも利かない。親戚が入院してる事にするか? しかし結衣の性格を考えればついて来ると言い出しかねない。
俺が拒絶すれば問題無い事ではあるんだが、嘘をついた上でそこまでするのは少々気が引けるところがある。
「……国吉先生、ここの病院に入院してるらしいんだ」
少し悩んだが、俺は結局結衣に本当の理由を打ち明ける事にした。おそらく代行者が絡んだ案件だけに、あまり巻き込みたくは無かったのだが……冷泉が昨日話していたように現在はまだ調査の段階。流石に今から代行者と遭遇して戦闘開始、という展開にはまずならないだろうという読みだった。
そもそも病院という場所で荒事がご法度なのは、代行者だろうと、NPCだろうと同じ事である。NPCの殺害は『違反行為』に当たる、という代理戦争のルールの事もあるから心配無いと信じたい。
……本音を言えば、ただでさえ今の俺は結衣に対して幾つもの隠し事をしている。そんな現状に、これ以上の隠し事を増やしたくなかったという理由もあるのかもしれない。
「そうなんだ……それなら私もお見舞いに行っていいかな。私にとっても担任の先生だから」
案の定というか、結衣は俺に対して同行を求めてきた。俺と同様に国吉先生とはそこまで親しい関係では無かったと思うが、理由としては真っ当と言えたので断る事はしない。……一応、釘は刺しておく必要はあるだろうが。
「構わないが、あくまでも見舞いの件については内緒って事にしておいてくれないか。学校側が先生の家族から見舞いは避けるように言われてるらしいから」
「……それって大丈夫なの? 迷惑なんじゃ」
「龍二の奴に頼まれてな、バスケ部のキャプテンとしては顧問の様子が気になるらしい。かと言って、練習をサボって見舞いに来るのも怒られそうだから代理人として頼まれたって感じだ」
我ながら、上手い言い訳だった気がする。龍二の奴には悪いと思ったが、他に妥当な理由が思い付かなかった。あいつの名前を結衣の前で出す事はなるべく避けたかったのだが、まあこの程度なら大丈夫だろう。結衣本人も、そっか……うん、分かったと納得してくれたようだった。
「でも修ちゃん、よく病院の場所が分かったね」
「そこは色々と手を打った結果というか、あまり気にしないでくれ。ただそんな事情だから、お見舞いに行こうとしても病院側から拒否される可能性があるんだ」
本条先生が病院側に連絡を取ってくれている可能性が無くも無かったのだが、既に病院の場所を俺に伝えてくれた時点で結構なリスクを負っている以上、過度な期待をしてはいけないだろう。そこまで迷惑は掛けられない。最悪追い返されてしまうかもしれないが、その時は冷泉に相談すればいいと俺は楽観的に考えていたのだが。
「……それなら、協力出来るかもしれない」
「ん? 協力ってどういう事だ」
「えっと……その」
結衣にしては珍しい、どこか恥じらいを覚えている表情と仕草だった。そんな彼女の様子を、俺は新鮮な気持ちで見つめていたのだが――再び、都合3度目の驚き、いやその中でも本日最大規模の衝撃的な発言を受けてしまう事になった。
「……ここ、お父さんが経営してる病院なの」
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