第24話 不審者、パートナーシップ


「榊原君、あなた今日の昼休みに玄関口で誰かと話していたでしょう」


 過去に一度経験した冷泉瑠華からの詰問。言葉遣いこそ丁寧だが、どこか威圧的に自分の聞きたい事を深く切り込んで無理矢理にでも情報を引き出そうとするやり口。経験者の俺としてはあまりいい思い出とは言えなかったが、どうやら予想外のタイミングで2度目の到来となったらしい。


「……どうして知ってるんだ」

「私、あの時外から見てたのよ。校舎内に入るつもりは無かったけど、玄関口にチラッと人影が見えて、その人は外へ出る訳でも無く誰かを待ち続けている様子だった。それから間も無くして、あなたが玄関口に現れた……後は言わなくても理解出来るでしょう?」


 気になる点はあったが、彼女が一体何を知りたがっているのか大体の見当が付いた。

 

「冷泉、あの人は本条先生。お前が学校を休んでる間にうちの学校に赴任して来たんだ。今はうちのクラスの担任代行を務めてる」

「担任代行? 国吉先生はどうしたの」

「今は入院中らしい、詳しい事情は聞いてないが元々副担任として転任予定だったのが急遽担任代行を任されたって話だった」


 そこまで話すと、冷泉は溜息を付いてからこう言い放った。

 

「榊原君……まさかその話を全部信じてる訳じゃないでしょうね」

 

 彼女は明らかに疑いの眼差しを向けている。それは目の前の俺に対してでは無く、話題の本条先生に対しての物だと思われた。


「全部……と聞かれれば確かに不審な点が無い訳じゃないが」

「私から見れば、何もかもが疑い深いと言わざるを得ないわね」

「冷泉、疑っているのか。あの人の正体が代行者だって」

「転校生の私がその代行者だったのだから、当然でしょう?」


 こちらの意見に対して、間髪入れずに即答してくる。まるで事件の容疑者に事情聴取する刑事のような口振りだ。しかし今回彼女から疑いを掛けられているのは、俺自身では無い。その事が、少しだけ気持ちにゆとりをもたらせてくれた。

 

「なあ冷泉、そもそも学校を休んだはずのお前がどうしてそんな場所に居たんだ。昨日だってそうだ、市街地の方に買い物へ行っていたというお前が俺の前に現れたのは、学校から程近い河川敷だった」

「それは……」


 不意を突かれたのか、それまで滑らかに口を動かしていた冷泉の言葉が止まった。俺自身そこまで彼女の行動に不信感を抱いていた訳では無かったのだが、反論を述べるには良い状況だったので畳み掛ける事とした。

 

「……仮に、先生が代行者だったと考えるとあまりにタイミングが良過ぎやしないか。俺や冷泉がお互いに正体を知った週明けに、いきなり他の代行者が教師として転任してくるなんて出来過ぎな話だろう」

 

 俺が本条先生に対して、冷泉ほど疑ってかかれない理由の一つがそれだった。

 

 それに、先程の話を考慮すると冷泉が転校生だったのはあくまでも『置き換わったNPC』の環境に起因した事であって、当初から俺に感心を持った上で転校して来た訳では無いだろう。……理由が理由だけに、言葉に出す事は避けたが。


 ただの偶然の出会い。本条先生の転任を同列に考えるのは無理があった。


「榊原君、あなた随分とその本条先生を庇うのね。いいわ、話してあげる。代理戦争に関するルールの説明も一緒に出来ると思うし」


 しかし、俺は冷泉瑠華という人間をまだまだ侮っていたらしい。彼女は自らのここ数日間の行動と理由を打ち明けると、本条先生に対する疑惑の根拠まで見事に反論してみせたのだから。

 

「長い話になると思うけど覚悟しなさい。まず榊原君、私たち代行者は他の代行者を探し出すんだと思う?」

「……どうやって?」


 考えたことも無かった。それは俺自身の中に、『こちらから打って出る』という攻撃的な思考が一切浮かんでいなかったからだろうか。

 

「その鍵になっているのが、代行者達の所有している転送武器ウェポンよ。あれは対代行者用の唯一の武器でもあるけど、同時に『』も秘めている。……それは、転送武器を取り出す際に代行者にしか伝わらないある信号が、発動した周辺一帯に広がるようプログラムされている事よ」


 転送武器……冷泉の青龍刀や少年の拳銃、代行者を象徴するような武器類がそれに該当する。確か俺のもう一つの人格の覚醒にも一枚噛んでいた代物だと、彼女や月影が話していた事を覚えていた。


「信号ってどんな感じなんだ、目に見える物なのか」

「目には見えない、感覚で捉えられる物と言うべきね。発動地点から距離の近い代行者ほど、その信号を明確に感じ取る事が出来る。距離が遠ければ、当然感覚も微弱な物となるわ」


 なるほど……つまり転送武器は強力な攻撃手段ではあるものの、乱用は出来ないという意味か。一度取り出せば、可能性が高くなってしまうからだ。俺自身が転送武器の信号を感じ取れた経験は無かったが、これは代理戦争におけるルールの中でも重要な物に違いない。

 

「私があの少年と榊原君との間に割り込んだ時も警戒したわ、他の代行者が監視していたらこちらの手の内を晒す事になってしまう。私自身が発動した時点では大丈夫だったと思うけど……予想以上に戦闘が長引いてしまった。出来ることなら、早々に決着を付けてあの場を離脱したかったのが本音ね」


「つまり、戦いが終了するまでの間に他の代行者が到着して監視されていた可能性があったって事か……」


「あの場で新たな代行者に襲撃されていたら、とてもじゃないけどお互いに生きては帰れなかったでしょうね。私自身少年から受けたダメージは大きかったし、榊原君に至っては気絶して戦闘不能。あれから大変だったのよ、あなたの家に到着するまでは試行錯誤したわ。一応周囲の気配に気を配ってはいたけど……正直言って、万全の状態じゃ無かった私がどれだけ集中したとしてやはり不安材料が残ってしまうわね」


 そうか……翌日俺が目を覚ました時には既に自宅のソファの上だった。その事については今まで気が回っていなかったが、どうやら命を救われた後も俺は彼女に迷惑を掛けていたらしい。


「……悪かったな、手間を掛けさせて。しかしそれなら流石に大丈夫じゃないのか、わざわざ手負いの敵を見逃すような理由があった訳じゃないだろう」

「今の所は……ね」


 冷泉の表情が、少し曇ったように感じられたのは気のせいか。まだ他に隠している事があるのだろうか、しかし今は追求を避けようと思う。

 

「転送武器の性質については理解出来たが……その事が、冷泉が今学校を休んでる理由と関係しているのか」

「その通りよ。仮に榊原君の自宅に私達が到着した所を敵に見られたのならば、必然とあの創世学園が標的にされる可能性が高くなる。あの時の私は制服を着ていたし、この付近に住んでいる高校生の大半はあの学校に通っているのだから。だから私は、ここ数日学校の周辺を監視していたのよ。今のところ、不審人物は見つかってはいないけど」

「……そうか」


 ようやく、冷泉が取っていた謎の行動に合点がいった。

 彼女は先の戦闘が終わってからも警戒し続けていたのだ。

 新たな代行者が、自身の前に現れる事を予感して。


 転送武器の発動、それはその場限りの戦いにおける狼煙などでは無く……下手をすれば、その後も津波の様に押し寄せて来る敵との邂逅を起こしかねない『諸刃の剣』に近い行為という意味を持っていた。


「誤解の無いように言っておくけど、私は後悔していないわ。遅かれ早かれ、転送武器を使わなければならなかったのは事実なのだから」


 俺の思考を読んだかのように、冷泉は力強い視線と口調でそう断言した。

 分かっている、これ以上詫びを重ねた所で意味は無いと。 


「話を戻しましょう。学校の周辺では、不審人物は見つかっていない。でも、としたらどうかしら? 当然話は変わって来る。そして本条という教師が転任して来たタイミングは、あまりにも怪し過ぎるわ。まるで私達の通っている学校が判明したから姿を現したかのように」


 冷泉の話に耳を傾けながら俺自身の中で、少しずつ本条先生に対する疑念の声が強まっていくのを感じた。……それでも、納得の行かない点はあったのだが。


「でもな、本条先生は元々あの学校に転任してくる予定だったと話していた。確認を取ってはいないが、嘘を付いてるとは思えない。嘘だとすれば、露呈した時の危険性が大きいと思うんだが」

「まずは国吉先生の容態、『入院の理由』について調べるのが先決だと思う。勿論、転任の件に関してもね。あなたが本条先生を信じたいと考えるのなら、それは避けて通れない道じゃないかしら」


 おそらく冷泉の中では、本条先生の存在が完全な容疑者として認定されているに違いない。あくまでも譲歩として、俺に提案を持ちかけて来たのだろう。


「そうだな……この件は明日調べる事にしよう。冷泉は明日学校に来るのか」

「一応その予定ではあったけど、数日振りに登校して来た私があれこれと嗅ぎ回るのは不自然だと思われるかもしれない。そこで、この件に関しては榊原君に調査をお願いしてもいいかしら。幸い、既にあなたは本条先生とコミュニケーションを取れる関係になっているようだし」


 冷泉の協力を直に仰げないというのは不安だが、他の人間に任せるよりはましだと思った。それに情報収集の段階なら襲われる可能性も低いだろう、俺は首を縦に振ることにした。


「冷泉、俺達は協力関係を結んだと捉えていいのか」

 

 俺は最後に、重要な確認事を彼女に尋ねた。

 あらためて明言するまでも無く、俺達はなのだから。


「……今回の件に関しては、ね」

 そのひと言で、俺達の間に契約は完了した。


 


 初めて訪れた冷泉瑠華の自宅。そこでの話し合いが終わった頃には陽が沈んでおり、ようやく室内の装いに不自然さを感じなくなる夜の時間を迎えていた。俺は徒歩で自宅に到着すると、再び月影が1階のリビングで待ち受けているのではないかと恐る恐る中へと歩を進めた。

 

 リビングには誰も居なかった、その事に少し安心感を覚えると蛍光灯の明かりを灯す。ソファに鞄を投げつけて、溜め息混じりに腰を下ろした。


「……はあ」


 本条先生が代行者の可能性がある、俺だって最初に考えた事だ。冷泉の考えが間違っているとは思えないし、昼休みに職員室で耳にした教師達の会話も気になる。それでも……やはり俺にはどうしてもあの人を心の底から疑う事が出来ないでいた。


 あの人は出会った初日、俺の抱えていた悩みに気が付いてくれた。それでいて、相談に乗ると手を差し伸べてくれたのだから。それはあの日、同じ場所で会話した冷泉にも出来なかった事なんだ。

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