第18話 刀の佩き方、扱い方

 一ヶ月。

 俺は刀を作るために、そう期間を定めた。

 鉄を熱し、叩き、折り返す。折って重ねる、折る、折る――ずっと、気が狂うほど何度も、一つのミスも許されない集中をしながら、ひたすらに叩いて折る作業を続ける。

 それだけで完成するわけではないが、それが中心だ。


 一打、その衝撃を把握して。

 一打、鉄の変化を見逃さず。

 一打、完成形を想定しつつ。

 一打、この得物を扱う者を考える。


 ただただ、俺は作業に没頭し、夕方まで続けてきりの良いところで帰宅し、寝て、起きて、そしてまた作業に入る。

 嫌だとか、疲れたとか、そういう感情の起伏すらなくなったように。

 全ての感情を流し込むようにして――そして。

 俺は。

 十本分の材料で、失敗を重ねながら、どうにか四本の刀を完成させた。

 柄の取り付け、鞘へ納め、三本を紐で括って、更に抜けないよう紐を取り付け、それを最後の作業とした日にいたのは、ソウと担任であった。

「――お疲れさん」

「おう。……なんだ、あんたもいたのか。まだ授業は終わってないだろ?」

「私の授業はもうありませんから、いいんです」

「さようで」

 完成品は四本、だがアイツに渡せるのは三本。最後の一本は、まあ、及第点でしかない。

「触ってみるか、ソウ。刃がついてるから気をつけろよ」

「お、いいのか、ありがとな」

 ざっと全体を見渡して、片付けが完了していることを改めて確認した俺は、四本目の刀を手渡して、頭のタオルをほどいて首にかけた。

「結構重いな……純一郎が扱うのをちょっと見せてもらったけど、こんなの扱ってたのか」

「抜いてみろ――ああ待て、待て、駄目だそれじゃ。左手で鞘、右手で柄――刀ってのはくものだ。差すのでも提げるのでもない。研ぎが入れてある方が〝上〟になるよう、佩くんだよ」

「そうなのか? なんで?」

「抜けないから」

 刀は曲がっていて、反っている。

「正面に突き出した状態で、左右に引っ張る時、どっちが抜きやすいかは明らかだろ?」

「ああうん、逆だと一気に抜きにくくなるな」

「あー、お前は背丈もあるし、そのまま引き抜けるか。本来、刀とは腰に佩き、抜く時には腰を使う。そして、両手で刀を持ち、まっすぐ突き付けるようにして構えるのが、正眼といって基本となる」

「片手だと、こんな感じか?」

「もうちょい切っ先を下げろ――そう、喉元に突き付ける感じだ」

「……やっぱ重い」

 だろうよと思えば、ズカさんも顔を見せた。

「これ、逆にすると刀を抜くのに〝無駄〟ができるの、わかるか?」

「おう。手首を返すような動き……致命的だなこりゃ。実戦じゃ使えない。ちょっと抜き打ちをやってみてもいいか?」

「はは、なんだ、ジュンに見せてもらったのか」

「おう」

 迂回しながら俺の方に来るズカさんを目で追いながら、何もない空間に向けて構える。右足を前に出すような半身から、鍔を親指で押し上げて、一気に抜いて振り下ろした。

 ぴたりと、床に当たる前に止める。

「……こんな感か?」

「おう、――全然駄目な」

十三じゅうぞうはもうちょい言葉選べよ……」

「ズカさん、剣と刀、大きな違いは?」

「え? ああ、ええと形状」

「形状が違えば用途も違う。今、ソウがやったのは剣と同じやり方。刀ってのはな、当てるんじゃなく、押すか引かないと、斬れない。剣は叩くだけで済むけどな……」

 厳密には、剣にも剣の運用があるのだが、まあいいだろう。

「ちゃんと聞いとけよズカさん」

「聞いてる」

「ソウ、刀を水平で動かした場合における、刀の〝有効範囲〟は、おおよそ左斜め――そうだなあ、30度から100度ってところが、せいぜいなんだよ」

「は? 実際に動かしてわかるけど、かなり狭くないかそれ」

「更に言えば、刀とは中央部分から切っ先を、押すか引くかして、対象を斬るものだ。その範囲内で、対象を刀の中央付近に触れさせないと、これがまた意味がない――とは言いすぎだが、似たようなもんだ」

「マジかよ……引くか、押すなんだな?」

「そうだ。押す場合は、かなり近い地点で触れないといけないから、つまるところ間合いそのものが近くなる。行動後は切っ先が正面に向くような抜き打ちになるな。逆に同じ水平でも、引く場合はそれなりの距離を保てるが、傷が浅くなる可能性が高い。行動後は切っ先が少し落ちる」

「なるほど、理屈としてはそうだな……」

「正眼から持ち上げ、振り下ろす場合でも、踏み込みと同時に腰を使って、引く。それが刀で〝斬る〟ってことだ。ジュンは簡単そうにやって見せるけどな」

「改めて、あいつどっかおかしいよ」

「ちなみに、抜き打ちはそれほど実戦的じゃあない。あいつが使うのは〝居合い〟だ」

「どう違う?」

「鞘滑りを利用した高速の抜刀術なんだよ、居合いは。そして、抜いて打つんじゃなく、そこから戻すまでを一連の動作にする。ちょい貸してみ」

「はいよ」

 俺は刀を受け取り、腰の付近に構えて、一息。

「――っ」

 竹割たけわり、つまり振り下ろしを行って同一軌道で鞘に戻す。

「……ああ、やっぱ俺には合わねえな」

「かなり早いな……?」

「そうか? こんなんを居合いと呼んだら、ジュンが笑うぜ」

「それは〝待ち〟が主体の戦術か?」

「確かに〝間合い〟を区切って行うものだけど、後の先を取る居合いなんてのは初歩だよ。気付いた時には、いつの間にか間合いに入ってる――それが一番怖い。だいたい、相手を間合いに入れるなんてのは初歩じゃないか」

「――ねえ、十三クンは刀以外も使えるの?」

「だからズカさん、俺は使えねえって言ってんだろ。ただ一通り、試したことはある。そうすることで、俺自身がどうしてその得物を使えないのか理解できるし、相手への理解も深められるからな。じゃなきゃ、そう簡単に刀なんか作れるかよ……」

「十三が持つと、刀が〝長い〟ってのが、よくわかるな。確かに腕だけじゃ抜けねえよ」

「まあな。ちなみに、逆手で抜こうとしても、当然、ほぼ無理だ。そういうふうに、刀ってのは作られてない。まあ小太刀こだちにはそういう運用方法もあるんだけどな」

「ふうん。ところで、居合いの速度ってのは、どのくらいなんだ?」

「さあ……ジュンの場合でも、肘から先が揺れ動くのが見えるけど、ほとんど手が動かないって話を聞いたことがあるな」

「……どういうことだ?」

「だから、肘から先が揺れて動いたと思った瞬間にはもう、首をねてる」

「お前それ対応すんのか!?」

「そりゃするだろ、しなきゃ死ぬし。だいたい居合いそのものは、大げさな技じゃなく、型の一種だと、ジュンは捉えてるんだぜ? 冗談じゃない」

 苦笑が一つ。

 とにかく、あらゆる得物の中でも〝雨〟の名がつく技だけは、本当に参る。空から降る雨のよう、そもそも、回避が難しいからだ。むしろ、避けられないと言っても過言にはならない。やられる前に封じるか、あるいは、受ける覚悟が必要になる――後者は、継続する戦闘において〝最悪〟だ。

「――さてと、工房を占領しちまって悪かったなズカさん」

「いいもの見れたから、べつに」

「その割には、なんでぶさいくな顔を作るんだ……?」

「うるさいっ」

「よくわからんなあ。じゃ、納品してくる」

 あいつらの感覚じゃ短いかもしれないが、一ヶ月も待たせたんだ、とっとと済ませておきたい。

 三本の刀を背負い、一本は片手で持ちながら、学園を出て街を歩く。職場の多いビル群よりもむしろ、雑多としていて人が多いところを選択した。

 あと一時間もすれば学園生も増えるだろう。どちらでも構わないが、いずれにせよ俺が探して見つかるような相手じゃない――。

 俺は、リコ姉の祖父であるサクヤさんに連れられて、未踏破エリアでの経験を積んだ。戦闘はほとんどなく、どういう土地にはどういう魔物がいて、どう対応すべきかなどの知識を得るのが第一だったように思う。

 そして、猫目ねこめ様に出逢った。

 未踏破エリアの三大勢力と呼ばれるうちの一つ、その大将とも呼ぶべき存在で、最高峰の妖魔。

 俺は対峙して、会話をするだけで正直、勝とうとか、勝てるとか、そういうものを意識しないくらいには、飛び抜けていた。

 あまりにも違い過ぎて、届くとか届かないとか、そういう問題でもなく、遠い神を見ているような気分だった。それからハヤカワを紹介してもらって手合わせ――サクヤさんの姿は、それ以来見てはいない。

 ただ、俺は二人を見て、どうも妖魔ってやつを、敵とは思えないのだ。

 ――それは、まるで。


 人間だって、敵になるヤツがいるのと同じだ。


 考えてみれば、まず相手を見てから話してから。付き合いなんてのは、そこから始まる。けどまあ、敬称をつけているのは、敬意よりも畏怖、つまりそれを畏敬と呼ぶのだが、さておき。

 どういうわけか露店の焼き鳥をもしゃもしゃ食べている少女から声をかけられ、ようやく俺は派手な和服を認識した。

 まったく、仕組みがどうなっているのか、さっぱりわからん。

「おー、利定とくさだ

「……楽しんでるだろ、猫目様」

「あっしはいつでも楽しんでるにゃ」

 だろうなあ。

「頼まれていた刀、持ってきたぞ。結局、三本になっちまった……」

「できはどうかにゃ?」

「今、俺が作れる限界だ。なかごに番号が振ってある、それぞれ違いがあるだろうし、ハヤカワが気に入ったのをいずれ、教えてくれ。あんたらの感覚は長すぎる、できるだけ早くにな」

「む……あっしはそうでもにゃいよな?」

「そうでもないよ」

「ぬう」

「ともかく猫目様、早めにね。まあそっちの都合もあるから無理にとは言わないけど、老いた俺に無茶を言うなよ?」

「わかったにゃ」

「では」

 奉納の意を込めて、三本の刀を手渡せば、猫目様の小さな手が受け取った瞬間、刀は消えた。

「きちんと受け取ったにゃ」

「つーか、ハヤカワは扱えるのかよ」

「まだまだ無理。でも使おうとしてるにゃ、良い兆候だと思わにゃいか?」

「誰が教えて、どこまで受け入れるかって問題だろ」

「あっしらでは、真似事も難しく、真に迫ることもにゃい。けど、知識はあるにゃ――」

「待て、ジュンのことは言うな。俺は、野郎の口から出ない限り、聞かないことにしてる」

「そうにゃのか?」

「そうだ。どれほど推察を重ねて、それが俺を口にしても、あいつは否定も肯定もせず、黙ることを選択した。だったらそれは、そういうものだ」

 言えば、どういうわけか猫目様は、嬉しそうに口の端を歪めて、二本目の串に手を伸ばした。

「いいことにゃ。そういう〝関係〟は、あっしらと同じだからにゃあ」

「そんなもんか……?」

「うん、いいことにゃ。――利定は、どうするつもりにゃ?」

「正直、わかんね。実力不足は痛感したけど、それほど無理だとは思わなかったのも事実だけど、じゃあ踏み込むのかって聞かれれば、悩むくらいには、惹かれてない。壁にぶつかってるわけでもなし――術式ってやつを肌で感じながら、腕を磨くのも悪くはないさ」

「時間はあると?」

「それも、まだ、わからん。いつだってそれに気付くのは、後悔した時だろ。俺は毎日、まず目の前を見ることしかできねえ」

「他人の心配もできにゃさそうにゃ」

「んなこたわかってるよ……」

「にゃはは、また顔を見せる時まで、死ぬにゃよ、利定」

「はいよ。あんたも、ほどほどにしとけ」

 一振りの刀を持ち、身軽さを感じながら背を向けて、帰る先はここ一ヶ月、ずっと世話になっている家だが――数歩、ただ歩いただけで自分の中の重心が揺れたのを自覚した。

 荷物だけではなく、この身軽さは、一つの仕事を終えたため、責任の一つが消えたことも原因になっている。

 つまり――緊張の糸が、切れた。

 思ったよりもそれが早くきて、俺は誤魔化すよう人を避けるよう移動に専念する。

 俺は、どうやれば得物が壊れるのかを肌で感じることができるし、刀だって何度も折ってきた。だから、自分が打った刀が、どれだけ脆いかを、おそらく扱う側よりも知っている。

 だからこそ、集中する。

 何よりも、折り返しの作業一つ一つで、その衝撃で〝壊す〟ことを避けるため、衝撃制御をしなくてはならない。

 それは。

 今までの俺を否定するような行動だ。

 だって、俺は壊すための衝撃用法を学んだのに、壊さないようにしなくては、作れない。

 その緊張感は、言葉にできないほどであり、その先にしか完成はなく、俺は壊せるからこそ、壊さないことを学ぶべきだ――と、思うが、こういう時はいつだって痛感する。

 壊すのは簡単だ。

 作る方がよっぽど難しい。

 まあそんなのは、ここ一年でずっと感じていたし、飲み込んできた。そして、それでも壊すのが、俺だ。

 できることと、できないことを自覚する作業なんてのは、だいたいこうやって苦痛を伴うものだ。それに、作るのは嫌いじゃない。難儀なんぎなものである。

 しかし、まあ、本格的な仕事として頼まれたのは初めてってのも、あるんだろうけど、なんか視界がふらふらするな――ああ、見えてきた。

 登録済みなのでカード認証は滞りなく、エレベータに入ったら座り込みそうになったが、我慢して、どうにか玄関を開いた。

「あ、おかえりでーす」

「おーう」

 なんだあいつ、帰ってんのか……と、リビングに顔を出せば、ソファで猫のクッションと一緒に転がっていた。

 俺は部屋の隅、邪魔にならないところに刀を立てかけておく。

「納品したんですか?」

「おう、仕事は終了…………」

「……? どうしました?」

 駄目だ、まずい、そろそろ落ちる。

 とりあえず、なんだ。

「邪魔」

 脇の下に手を通して、ひょいと持ち上げた。

「あー柔らかいなお前、このまま抱いて寝たら気持ちよさそ……あー」

 立たせて、入れ替わるようソファに倒れ、クッションの一つを枕にして仰向け、もう一つを手探りで引き寄せる。

「駄目だもう限界……」

「スズシロくん?」

「寝る、糸が切れる、だめ……あー」

 まぶたが落ちてきた。大丈夫また意識あるし俺、問題ない。

「来客、あんま、入れるな……そんだけ、あと好きで、……りり? 聞いてる?」

「ひゃいっ!」

「頼むぞ……」

 あーこれ、気絶しそうなのを強引に抑えて、意識に染み渡る黒色と内部で格闘するのと似たような感じだなー。

 ――痛みがないだけ、マシか。



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