第17話 新しい住居と歴史の教員

 学園側に打診して、何故か物凄く嫌そうな顔をした学園長に手配を頼み、つーか嫌いなのは俺の方なのにあの人、どうかしてる。ともあれ仕入れルートを紹介してもらい、現地を見に行って種を確認、質の悪くない一級品を俺の金で支払い、輸送費用は学園側に請求してもらうことにした。

 それをまた学園に戻って報告した頃、ようやく授業が終わったので、事後処理の時間だけ待ってようやく、帰り支度をしたあいつがやってきた。

「じゃ、行きますよー」

「行くってどこに」

「スズシロくんの、一時的な宿です」

「ああそう、決まったの。いらないのに」

「対外的な問題が絡むんですっ」

「…………」

「なんです?」

「学生って、めんどくせえ」

「スズシロくんは学生ですからね!?」

 だから面倒だって言ってんだよ。

 隣や前を歩くのはどうかと思ったので、少し後ろをついて歩いた。

 確か専攻は歴史だったか。

「ちっこいなあ……」

「スズシロくん」

「ん? どうした? だからちょっと聞きたい……あれ?」

 すげー睨まれてんだけど。

「はて……あ、すまん思わず見たままのことを言ってた。気にしてたか、身長」

「気にしてます!」

「気にすることじゃないのに。俺も野郎にしては小さい方だからなー、これも鍛錬の成果だろうけど」

「……そうなんですか?」

「武術、というか俺の場合は格闘術なんだけど、それには技がある。で、その技ができるかどうかって、突き詰めるとできる躰を持っているかどうか、そこに尽きるんだよな。練習って、言い換えればそれ、躰に動きを覚えさせて調整するってことだから。俺はそこそこ幼いうちから、躰を作って貰ってたから、その影響もあって背丈が低いの」

「ほほう、そうなんですね。ところで、クスくんには聞いてないのですが、スズシロくんはどういう格闘術を?」

「んー、理屈それ自体は簡単だよ、できるかどうかは別だけど。いわゆる衝撃用法、力そのものの扱いを主体としたものだ」

「それは打撃、ということですか?」

「見た目はな。たとえば」

 校舎を出たので、歩調を変えて俺は隣にまで移動した。

「でこぴん。さすがにこれはわかるよな?」

「ええまあ」

「指の第一関節、第二関節を曲げて、爪を親指で押さえておいて、――離す」

 見える位置、俺は右手でそれを軽く実演する。なにも難しいことはない。

「この場合、親指で押さえることで〝溜め〟になる。支点となるのが第二関節で、力そのものは第二関節から指先へ流すことで、指先から相手へ伝わる。けど、相手がいなくても、力そのものは生じていて、空気を叩いているわけだ。それを大げさにしたのが、俺の技術」

「大げさというと、全身でそれをやるんですか?」

「そういう感じ。歩くことができても、歩き方を知ってる人は少ないだろ? 俺がやってるのは、それだけのこと」

「あはは、それだけ、とは思えませんが」

「それよか、あんた歴史の教員なんだろ?」

「そうです……が」

「ん?」

「そろそろ名前で呼んでくれませんかね」

「フルネームで言われるのと、どっちがマシだ? 選ばせてやるよ、りり・コノアメ」

「もういいです……」

「そりゃどうも。で、技術革新に関しての知識はどのくらいある?」

「はあ」

 そうですねと、やや間を置いて。

「おおよそ五十年前にあった技術革新、これについては既に生活の一部となっています。電子機器の発達、今では手のひらサイズの携帯端末、しかもタッチパネルで操作可能なものを所持していない人の方が珍しい。これはいわば、電子ネットワークの発達だと言えます」

「発達というよりも、その本質は〝電気〟の伝達が基礎にあるってことだけどな。けど俺から見ると、あまりにも早すぎる――と、感じるんだけどな」

「どの、速度の話ですか?」

 ふいに、落ちてきた挑発みたいな質問に、俺は顎に手を当てた。

「――そうか」

 目の前の情報だけを拾った場合、その説明として技術革新が、その言葉通り、革新的な出来事によって発見されたと捉えがちだし、俺もそう思っていたが――。

「ちなみに授業では、そのまま伝えてんのか?」

「一応、そういう規定になってますけど……あの」

 ――ただ、その事象を現実的に捉えた場合、その通りではない。

「発展速度じゃなく、拡散速度って話だろ。電子ネットワークだけで考えても、こいつの開発、組み立て、整備、いずれにせよ段階が必要になる。商品が似たような感じだな。まず試作品を作ってみて、耐久テスト、品質テスト、その前に設計にだって段階は必要だが、ようやく店頭に並べられる」

 さて、この場合は?

「拡散するのは、完成品だが、発展ならその段階そのものを指すことになる。五十年前にそれが発生してから、発展速度ばかりに着目していたが、ある種の完成品が拡散していたと考えるのなら――より、現実的だ。けどこの場合、じゃあどこから拡散したのかって問題が生じるよな?」

「……」

「なんだ、口あけて。可愛い顔してんだから、誘拐されるぞ、人さらいに」

「え、いや、それはともかく、――よくそこまで、考察が進みますね」

「順を追ってみたんだけど、おかしかったか?」

「いえ、その通りです」

 ただ、その拡散元は、ないんだろうなあ……。

 うちの爺さんや、その友人たちはオワリの四人なんて呼ばれているらしく、まあ実際にはもっと多いのだが、彼らは〝黙る〟と、そう決めている。それは昔、本人たちの口から聞かされていた。

 何がどうなって、今が在るのか。

 探るのは勝手だが、実際にそれを間近に経験した彼らは、言わない。

 ――あるいはそれを、言えないのだと捉えることも可能か。

「もう一ついいですか?」

「いいよ。本来なら俺の質問なんだけどな」

「仮に、拡散の元となる場所があったとして、どんなところだと思われますか?」

「最低限、鉱石なんかがよく取れる場所で、かつ、――落雷の頻度が高い場所だな」

「――」

 足を止めそうになったので、軽く背中を押してやる。

「ここらでも落雷はたまーにあるが、ありゃ面倒だ。誘雷針を設置することで致命的な被害を受けないような配慮をしてる、まずこれが現実としてある。そして電気に関しては、誰だって身近にしてるから、知識があるわけだ――それが、とても弱いものであっても、強くなれば危険だと。これは、どんなものにも該当する真理でもある」

 要は、どう使うかだ。どれほど巨大な力を持っていても、そのまま振るえば馬鹿みたいな被害になるし、疲れてしまう。より効率を求めると言えばいいのかもしれないが――まあ、似たようなものか。

「力の制御。こんなのは、ガキの頃に否応なく学ぶことだ。それを知っていれば、落雷がなければ発想もないと、気付くことができる。そして、そんな場所はここらにない――だ。まあ当然だろうけどな」

 答えがそこらに落ちているなら、爺さん連中だって、黙ることを選ばない。

「実際、歴史の教員ってのは大変だろ。それっぽく説明されているけど、違和も多い。けど嘘を言ってないってのが救いか」

「ええまあ、そうですけど……」

「けど、それで本質に気付こうとする者は、育てられない」

「――え!?」

「前見て歩けー」

 振り向いたので、俺はまた軽く背中を押す。人通りもそこそこ多いし、学生もいるので転ぶと面倒だ。

「んで、どうかしたのか?」

「あ、いえ、その……恩師と、まったく同じ言葉を言われたので」

「恩師?」

「ええ、私はここの生まれですが、高等部を出たあとはカザマエリアの大学で教員資格を取ったので」

「へえ……あの偏屈、あんたの恩師か」

「あれ、ご存知なんですか?」

「リコ姉の付き添いでなー、なんで俺なんだって感じだけど」

「教授が好きそうな人物だと思いますけど」

「俺は口を挟まずに見てただけだよ。あっちも覚えてねえだろ」

「ですかねー」

「ちなみに、あの大学の傍にヴァンプヘッドって喫茶店あるだろ」

「あはは、懐かしいですね。よく通ってました」

「去年までは俺も働いてた」

「……え? 働いてたんですか?」

「そりゃそうだ、生活費も稼がないといけないし」

「えーと、ちなみに一週間のスケジュールはどんな感じだったんですか?」

「んー、四日は工房で働きながら技術を盗んで、そのうちの二日は工房のあとに夕方から夜にかけて喫茶店。日曜日は一日喫茶店で、あとは鍛錬と短期の――現場での日雇いを入れてた感じか。現場に入らない時は学習とかに当ててた」

「それハードスケジュールでは……?」

「一週間ずっと鍛錬してるより楽しかったぞ」

「……それ、比較するものなのかどうか、私の中に判断基準はないですけど」

「嫌ってわけじゃないんだぜ? これだって、俺には必要だと思ったから請うたし、爺さんも必要だと思って教えてくれた。けど鍛錬って、基本的に辛いんだよ。嫌いとか楽しいとかいう以前に、ただ辛い。必要だと飲み込むことも、また鍛錬ってな。だからって逃げ出したわけじゃなく、人生十五年、それでようやく〝基礎はいいだろう〟なんて、爺さんからお墨付きをもらってな? 聞いた瞬間に、マジで目の前が暗くなったけど」

 十五年やって基礎かよ、なんて叫ぶ余裕すらなかった。

「――あ、ここです」

「ん? マンションか?」

「はい」

 入口でカードキーで認証してから、ゲスト登録を行い、一緒にロビーに入ってから、エレベータで二階へ。

「へえ、しっかりしてる。それなりに高いだろここ」

「安い物件ではないことは確かですねー」

 エレベータを降りる際は、一応警戒として俺が先に出る。というかここ、二階に扉が二つしかないんだけど……?

 え?

 二階の面積に対して二つの住居しかないとかこれ、どうなの? 高いよ! 間違いなくここ結構なお値段ですよ! 俺の備蓄がそうたくさんあると思うなよ!?

「はいここです」

「お、おう……?」

「なんで上ずってるんですか」

 玄関が開く。

「ただいまー」

「お邪魔しま……は?」

 今こいつなんて言った?

「どうぞ上がってください」

「ちょっと待て。ここ俺の住居になるんじゃないのか?」

「はあ、まあ、一時的な仮住居だとは思いますが」

「そうではなく」

「え? ――ああ、はい、私の家です」

 俺は玄関で立ち止まり、腕を組み、はてと首を傾げた。

「…………なんでこうなった?」

「学園側には許可を取りましたし、問題が起きたら私が悲鳴を上げるので大丈夫ですよー」

 いや、あえて問題を起こそうとは思わないが、それでいいのか?

「……まあいいや。じゃあ改めて、お邪魔します」

「はいどうぞ。スリッパはいりますか?」

「んや、素足だからいらない」

「あ、そういえば靴というよりサンダルに近いような靴ですね」

「固定はしてあるんだけどな、上から踏まれるとダイレクト足の甲だ。そんな間抜けは晒さないけど」

 通気性が良いことが大前提。そして素足でいるのは、踏み込みの感覚がわかりやすいからだ。

「おおう……」

 リビングが広く、奥にはダイニングキッチンもあった。急な話だったろうに、きちんと掃除もされている。

「部屋の間取りは?」

「え?」

「便所、風呂場だけでいい、あとはリビングとキッチン、俺はその四つ以外に立ち入らないから。これは俺からの〝条件〟だ」

「はあ、でも、寝る場所は?」

「屋根がありゃいい」

「この子は……」

「だからなんでそこで、ため息を落とすんだ? あとスーツ、なかなか似合ってるぞ。着替える前に言っておく」

「ああどうも。じゃあ着替えてきますから、好きに寛いでてください」

「食材は見ておくぞー」

「はあい」

 あんたはとっくに覚悟していたんだろうが、こっちはそうでもないってことを、多少は配慮しろよ。教員と一緒に生活だなんて面倒だ、先に折り合いをつけておきたい。

 俺はそもそも荷物を持たないので、キッチンに入って全体を見渡す――うん、スノコみたいな台が隅に置いてあるのは、そう、なんだ、気付かなかったことにすべきか、その努力に涙すべきか、ちょっとわからないので放置しよう。

 冷蔵庫の中身は、……ふむ、いろいろ揃ってるな。野菜室――も、それなりにあるが、さすがに一人が前提の量か。あとは……なんだこの、冷凍庫に入ってるバニラアイスの群れは。ちょっと小さいカップのやつ。

 いくつかのレシピを頭に思い浮かべながら、戸棚を開いてみる。包丁もちゃんとあるが、鍋やフライパンは小さいものが多いな。パスタ用のものは大きいが……ふむ。あ、サラダ油使ってんのな、あいつ。

 ――は? なんでサイフォン式のコーヒーメーカーがあるんだ? しかも使った形跡がほとんどない。なんつーもったいないことを……。

「ふー、お待たせしましたー」

「んー」

 振り向けば、スーツを脱いで普通のスカートとシャツ姿になっていた。それと眼鏡をしている。

「なんだ、コンタクト外したのか」

「家の中じゃこっちの方が楽なんです」

「俺に配慮しなくてもいいから、化粧も落としていいぞ。いちいち最初から気にすると、あとで面倒になる」

「はあい」

 さてと……茶葉、あと紅茶もあるな。ただカップがわからん。それと完全なシステムキッチンだな……ま、扱いは一通りできるだろう。

 リビングは広い。六人くらいは集まっても余裕だろう。大きなソファが一つ、ガラステーブル、大きいディスプレイ。あと猫型のクッションが二つ。

 ……あいつ、大きいものが好きなのか? いや、部屋のサイズに合ったものを選択したと思いたい。

「ふー、お待たせでーす」

「おう。――なんだ、化粧なんかしなくても充分だろ。肌にも優しさを少しはわけろよー」

「大人はそういうところ、面倒なんですよねえ……」

 どっかりとソファに腰を下ろしたかと思いきや、ほぼ無意識にだろう、猫のクッションを一つ抱きしめ、もう一つを枕にするようごろんと横になった。

「あー……」

「俺がいることを忘れてるなさては……」

「最初から気を張ると面倒だって言ってたじゃないですかー」

 それもそうだが、俺も慣れてないんだから、あんま無防備になるなよ……。

「食事の時間は?」

「十八時過ぎが目安ですねー、作り始める方の」

「ん。じゃあ俺の予定を話しておく。とりあえず一ヶ月は、学園の工房にこもるから、まあ帰宅は今日と同じくらいだと考えておいてくれ」

「教員としては、わかりましたと頷けませんけど、理解はしました」

「それと、夜に服を洗って乾かして、シャワーを浴びる。あんたの部屋は鍵がかかるんだろ? 寝る時に鍵をかけてからにしとく。まあ立ち入ることはないが、そこらは好きにしてくれ」

「いえ、あの、それなんですが」

 むくりと起き上がり、半眼をこっちに向けられた。

「なんだよ」

「替えの服は買いましょう」

「……なんで?」

「必要だからです! 現代人として!」

「めんどくせぇ……」

「明日は日曜ですし買い物に行きますからね!」

「へいへい。少なくとも食費に関しては俺に請求しろ。今日は俺が夕食を作る……どうせ食材を買いに行くなら、いいだろ」

「はあ、まあいいですけど、作れるんですか?」

「リコ姉ほどじゃないけどな」

 だがまあ、これで生活レベルは少し上がったか。これから刀を作る身としては、ちょっと助かったので、ありがたい話である。

 ……面倒もあるけどな。



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