第16話 学園にある工房
工房と呼ばれるものは、基本的に熱がこもる設計になっている。
鉱石や金属を溶かし、成型するための炉が、部屋の設計の全てだ。配置を決めた時点で、排気、熱量、そうしたものを計算して部屋が完成する――が、もちろん、部屋に合わせて炉を設置することもあるが、まあ、その方が面倒な手入れが必要になるだろう。
そして。
火の入った炉に金属を入れて溶かし、それを叩くのならば、防護服を着用するし、マスクをして熱を防ぎ、ゴーグルで目を守り、タオルを頭に巻いて落ちる汗を防ぐのも、当たり前のことである。
まず、俺はネクタイを外した。ちなみにスーツ姿なのは、学生服なんぞ持ち合わせていないし、着た回数を考えれば、あんな高価なものを買って使わないとは何事だと、自分に説教してやりたい気分ではあるが、まあさておき、そんな準備もしていなかったので、正装ならスーツでいいだろと、そんな気持ちで購入したのである。
ともあれ。
俺の来訪に気付きながらも、金槌で叩く姿を見て二十分、振り上げた金槌が叩いた瞬間、異音と共に打っていた金属が二つに割れ、そして。
大きなため息と共に、その人物は炉から離れた。
マスクや手ぬぐいを外し、防護服の上だけを脱ぐのを横目で見ながら、俺は炉の傍に近づいて、しゃがみ込んだ。
「――ちょっと」
あ、なんだ女か。まあどうでもいいが。
「1360度――ステンレス合金を叩くなら、二十回以降はもう少し温度を上げた方がいい。叩く強さと、配合にもよるが、俺なら1400から始めて、1600までやったあとに、最終的には1400に戻すけどな。ガス炉の〝歪み〟まで計算に入れると、もう少し楽になるんだが……」
炉の傍なのだ、すぐに額から汗が垂れてくる。それを気にせずに折れた〝種〟を観察してから、俺は迂回するようにして炉を観察した。
「最新型の熱線炉か」
ガスで火を熾すのでも、薪をくべるのでもなく、いわゆるハロゲンヒーターの要領で炉の内部を熱する方法だ。熱を逃がすダクトは天井を通って外へ、天井には換気扇。熱の流動は……ん、さすがに正常だな。さすが学園の施設、しっかりしてる。カザマにある学園より新しい造りだ。
「1600だと溶けすぎる」
「ん?」
振り向けば、長い髪を首の後ろで束ねた女が、睨むようにして俺を見ていた。――ああ、目が悪いのか。
「過ぎるから、成形ができるんだろ。もっとも、相当な手早さが必要になる作業だ。つまり必要なのは経験則。そのやり方が〝正しい〟ことなんてない――だが、限りなく正解に近い手順が存在しているってのが、俺が知ってる工房長の格言でね」
「そう。……経験者?」
「まともな〝教育〟を受けていないって意味合いなら、経験者だ」
俺の物言いに感じるものでもあったのか、不満そうな顔で炉のスイッチを切り、換気扇を回して室内温度を下げ始めた。
「で、何の用」
「鉄を打てるところを探してるのさ」
「……鉄? 実習で使う基本素材だ」
「セラミックブレードの方が持ちはいいだろう、ほかの鉱石を混ぜればもっと切れ味を上げることもできる」
だが。
「鉄だから、――誤魔化しが利かない」
ゆえに、難しいのだ。
「む、誤魔化してない」
「誤魔化しだよ、俺から見ればな。ただし勘違いするな、悪いとは言っていないし、俺はあらゆる刃物ではなく、――刀のことを言っている」
「刀って、曲剣の」
「お前馬鹿だろ」
「馬鹿だとう!?」
「得物への知識もなくて、得物を作ろうなんて馬鹿のすることだろ、どう考えても。自分が創った何かが、なににどう使われるのか、その想定もせずに創るんだったら、そいつはどこまでも自己満足だけだ。凄いね、良かったね、そう言われたいだけなら、違うことをした方がいいぜ」
「な、な、――なにおう!」
「結果、――その種は壊れちまった。偉そうなことを言うつもりはないが、種だって、望まないことをされれば、嫌がるに決まってる」
「あんた、なんなのよ!」
「今日留学してきた、カザマの鍛冶学科二年、
あとは五本製作するとして、十本分の〝種〟を手配しとかないとな。できれば鉄も、現場で見て判断しておきたい。
「熱線炉の特性を掴むのに、一振りでいければ、御の字だな……」
「……ちょっと」
「ん? なに?」
「あたしの名前は聞かないの?」
「言いたいならどーぞ」
「くっ、このっ……、
「ああそう。まあ合金の実習は三年になってからだから、うちの学園でも似たようなもんだろ」
「……あんたは、どうなの」
「一年間、週四回、九時間は工房に通って躰で覚えた。あれこれ一から教えてくれるような工房長じゃなかったんでね。技術は盗む、わからなければ調べる、炉は基本的に工房の仕事で使ってるから、俺が使えたのは半年後の、就業後に一時間だけ。まあ、恵まれてたよ」
「その扱いで恵まれてた!?」
「バイトの給金もあったし、仕事の手伝いついでに技が盗めるなら天国だろ。やっぱお前馬鹿だな」
「馬鹿って言うな!」
「ああそう。で、ズカさんのスケジュールは?」
「ズカ……!?」
「控えめに言うけど、鬱陶しいなこのクソ女は」
「こいつ! 喧嘩売ってんの!?」
「いやまさか、そんな気はこれっぽっちもないし、売る相手は選んでる。ただ素直に言っただけ」
「ああもうなんなの!?」
それは俺の台詞だ、どうしたズカさん。今朝食べた納豆が腐ってたのか……?
「――ん?」
「なに!」
「いや、来客。たぶん俺が目的だから、悪いなうるさくなる……ん? ズカさんも充分にうるさいから、似たようなもんか。忘れてくれ」
「く、こ、な、――なによう!」
足音を隠しながら、けれど怒りの気配を滲ませて、扉を開いた。
「よう、リコ姉」
「――
あーなんか、髪型変わってる。触手が二本、なんか出てる。
「寝癖を誤魔化したか……?」
「このっ、話を聞け!」
ネズの学生服は、上下に分かれていて、上着は前面が短く、後部はやや長い。スカートの上から押さえるような形状は、ふんわりとしており、そこには、ナイフや拳銃を収めるスペースが存在する。
手を回して引き抜くまでに一秒、つまり二秒後には俺も、左足を軽く上げた踏み込みを見せた。
発砲は三度、それを左手で二発、肘で一発、受け止める。
もちろん加減はした――ゆえに、45ACPはひしゃげて小さくなり、音を立てて床に落ちる。
「落ち着いてないのはリコ姉だろ、弾を無駄にするなよ」
「上司からも言われてるわよ! ――そっちじゃ手配が面倒だからな? うっさいわ! その手配すんのあんただろうが!」
上司の愚痴を俺に言うなよ……。
「はーっ、はーっ……あれ、誰かいる」
「先に気付けよリコ姉。それと、芯をズラされて何もできなかったって間抜けな話を聞いたんだけどな? ――前線を部下に任せてっから、鈍るんだよ」
「これだからあんたは……」
「何がだよ」
「べっつに」
ああそう……っと、弾丸は拾っておくか。
「で」
「なんだリコ姉、まだいたのか。トイレはここじゃないし、鎮痛剤は保健室。頭が悪いなら授業を受けろ」
「……」
「うおっ、至近距離はやめろよ!」
腹部を狙うだけの優しさはあったが、距離がかなり近い。まあ指の動きを追っていたので、右手を下から上へ跳ねる動作で、弾丸を壊し――落ちてきたところを、拾う。
「気が短いのは医者でも治せないってな。ズカさんこれ捨てといて」
「……え? ええ?」
「なにどしたの。この短気が落ち着くまで話を聞くけど」
「いやこれ弾丸……」
「ああ、簡単な話だ。弾丸ってのは直線運動と回転運動の二種、放物線を描いて飛来する。それを止めようとするのなら、まったく同一でありながら、逆の力をかけてやればいい。つまり人間でも、きちんと衝撃用法を学べば、踏み込みや手の力だけでも、そうやって壊せるわけ」
「鵜呑みにしない方がいいわよ。そのためには、こいつみたいに武術のために人生を費やさないとできないから」
「俺をジュンと一緒にすんな。俺はただの格闘家だ」
「それこそ詭弁じゃない。いいあんた、こいつは、対武器格闘の専門家――こと、武器破壊において、壊せない武器なんてない。あったとしても、壊せる武器の総数の一割にも満たないわよ」
総数ときたか、厭らしい言い方だな。量産品の方が世の中には多いだろうに。
「あ、そうだ。リコ姉、あのナイフ持ってる?」
「今も使ってるわよ」
「ちょっとズカさんに見せてやって。どうせ壊せないし、どの程度の分析ができるかは知らないけど」
「あんたはそうやって……大事なことを話さない純一郎に、口が悪い十三ってのは、本当に参るわ」
「なに言ってんの。大事なことも見抜けない姉に、度量の足りない姉が原因じゃない?」
「くっ、この……!」
「あー待て、ナイフを抜くな、壊しちまうだろ」
「ったく……はい、ズカ。これが十三の作品。去年のだけど」
「ズカじゃなくて! 春雨・シズカ!」
「ああそうなの。じゃあ春雨、はい。私は霧子・キリノ。三年でしょ? 私もそうだから霧子でいいわよ」
「どうも……え、これ……?」
「質問はあとで。――頭は冷えたか、リコ姉。まずはすげー面倒そうで嫌だけど、そっちの要件を」
「ああそうだった。純一郎が消えたんだけど?」
「あそう」
「――知らないのね?」
「それは違うよリコ姉、――知ったことじゃない。半年後、あいつが顔を見せないのなら、俺を頼ってくれ。まあ、仮にそうだとしても、いくつかの可能性を考慮するだけ」
「
「へーそう。彼女持ちは大変だなあ」
「あんたは……」
ミリも一緒に、か……ジュンと似た存在の〝ズレ〟は俺も感じていたが、外的要因が絡んでいないとしても、ジュンにとってはある種の決断だろうな。あるいは、そのために早い段階での慣れが必要だったのか。
いや、ジュンの場合、そこまでの思考があったとしても、慣れさせるための誘導はできない。逆に悪影響を与えている方を懸念するはず……となると、そこまで織り込み済み。下手を打って、まずい結果にならなければ良いが――それを、ここで俺が心配しても、仕方がない。
祈るのがせいぜいだ。
「……最悪の時は、俺が殺すしかないか」
「――
「まっとうな人間なら、良かったのにな、ジュンも。まあそれは俺の事情、そっちはあれか? 仕事の関係か?」
「そうなのよ……抜けたいっていうから、駄目って言ったんだけど」
「ああ、帰る場所はちゃんと残しておくって、そういう意味の。ジュンがそこらは察するだろ」
「風深には伝わらなさそうだけど……ま、一応ね。けど挨拶もなしで消えるから、十三なら事情を多少は知ってるんじゃないかって」
「――経歴」
「え?」
「ミリの経歴、一度洗え。といっても、普通の手段じゃなく、じーさん連中から上手く聞き出せ」
「……十三から聞き出すのと、どっちが大変かしら」
「俺が知っていることは、あくまでも、確証のない推察でしかないよ? あと労力の問題を考察するなら、顔の皺が増えてからにしろよ、リコ姉――まさか」
「まさかもなにも皺なんかないわよ!?」
「んなもん見ればわかる」
「こいつ! ちょっと春雨こいつ!」
「あたしに振らないでよう……返す、ありがと」
「はいどうも。で、何してんの十三は。あんた宿決めた?」
「それはまだ、どうとでもなるし。ここの設備を使えるかどうかの確認。まあ使えそうだから、これから学園に打診して――あ、学園長に〝貸し〟があるから、それを使うか」
「あんた何してんのよ」
「あの学園長に……?」
「あいつ、精神汚染系の術式使ってたぞ。といっても、俺にやったのは好意を植え付ける程度の軽いやつだけど。それを防いで、気をつけろよーって忠告してやったから、貸しだろ? だから――ん? なんで額を押さえてんだ、この女連中。ついに馬鹿が脳まで……?」
「馬鹿はお前だ」
「そうね、馬鹿はあんたよ」
なんでだよ。
どうしてそうなる。理解できないお前らが馬鹿じゃないのか……?
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